第四話「魔法少女ピンク」
「響蕾…?
ヒロインが名前を零した相手は転移者ではないはずの女子高生が敵の前に立ち塞がった。
「どうして…お前が?」
「ふふっ!」
期待通りの俺の驚きが嬉しかったのか響蕾は口の端に笑みを浮かべる。
イチゴホイップのような装飾をつけた兎を肩にのせ、夢桃 響蕾は凶器を持った少年に向き合った。
「響蕾、行きます!」
そう叫ぶと兎を携帯にしては持ちにくい玩具に変形させ、突き出した。
「変身!!」
彼女の周りにピンク色の粒子が飛び交う。
「な、何だ!?あれ?」
「さ、さぁ?」
俺同様、櫻子も首を傾げる。
そんな俺らを置いてけぼりに響蕾は兎の原型を残した玩具のボタンを押し、次のようなことを叫んだ。
「魔法少女ピンク 変身!!」
「…」「…」「…」「…」
敵味方関係なく真面目な顔にさせるその台詞は響蕾を女子高生から魔法少女に変えるきっかけとなるのだった。
桃色の粒子がさらに舞い、制服を靴下から髪ゴムまで真っ裸にさせる。
こんな道中でよく裸になるな…
櫻子も「公然猥褻罪です!」と顔を紅潮させながら目を逸らした。
夢桃響蕾
設定…『魔法少女』
説明…魔法少女ピンクに変身できる。
平たい胸を動かしながら無数の粒子を纏い、上半身から下半身と無駄な動きを加えながら桃色を基調した衣装に着替えていく。
どこも守れない衣装に高いヒール。目がチカチカする程蛍光強めのピンク色(実際は文字の黒色なのだが)のポニーテールが靴まで伸びる。
最後に派手な効果音と共にアクセサリーを身につけ、決めポーズを敵でも味方でもない明日の方角に見せつけた。
「夢みるツボミはピンク色!魔法少女『ピンク』!」
「…」「…」「…」「…」
彼女の頭の中では脚光と歓声が響き渡っているのだろう。
何だ…これ?と響蕾…いやいや、魔法少女ピンクに対して何度でも思う。
魔法少女のスカートに付けられたポシェットの中に収まったガラパゴス携帯型妖精…ラビじんは甲高い声でこういうのだった。
「行くウサ!魔法少女ピンク!」
ラビじん
設定…変身アイテム
説明…人参と兎のキメラ。女子高生響蕾を魔法少女ピンクへと変身させる鍵となる存在。
ラビットと人参からきているのか?
名前の由来が幼稚な妖精は語尾に「ウサ」と恥ずかしがることなくつけ、持ち主に戦闘を推奨させる。
「行くよ!ラビじん!」
緊張の色を顔に宿しながらピンクは細い指でポシェットから携帯型妖精を取り出した。
兎にしては機械感が否めないガラパゴス携帯の蓋を開くと、意味ありげな数字を打ち込み、耳に当てる。
「謎ピンクソード」と真剣な顔つきで発すると携帯はみるみる剣に変形していった。
リボンやハート、蝶々と幼女が喜びそうな飾りをつけたプラスチックのような刀を敵の前に突き出す。
「…」
とてもじゃないが殺傷能力があるとは思えない刀にフードの底が笑った気がした。
「これ勝てるのか?」
「わ、分かりません」
純粋な疑問に櫻子は震える手で祈るように御守りを握りしめる。
しかし、敵味方に前評判が悪い「謎ピンクソード」(笑)だったが、次の瞬間良い意味で期待を裏切ることとなった。
「行くよ!謎ピンクソード!ピンクドリームリゾネイトバッド」
何やら長い横文字を口にすると、魔法少女は柄を握りしめ、斬撃を速度に重ねて、空間ごと切り裂く。
すると、派手な刀身の先端から目が眩むような桃色の光が放出された。
「…!?」
現実離れした光景にフード少年が動揺しているのが分かる。〝魔法〟少女らしい攻撃を交わしきれず、文字が表す毒々しいピンク色に全身を焼かれた。
「…ッッッ!」
言葉にならない声を漏らすと、口から涎を垂らしながら体制を崩す。
フードから頭髪が飛び出し、これでもかというほどの文字色の血飛沫が舞う。
「少しやりすぎたウサかね?」
「ホントなら血は出さない方がいいんだけど…」
予想以上の反応を見せてくれる相手も興味深いが、魔法少女ピンクは気になることがあったようで…
「ヒロヒロちゃん!出血がっ!大丈夫!?」
魔法少女としてではなくヒロインのクラスメイト夢桃響蕾として心配そうな面持ちを見せた。
「だ、大丈夫よ」
体の節々から垂れ流す血を抑えながら安心させるような言葉を発する。自分を負傷者として見る相手に劣等感を感じているのか、表情には暗い色がへばりついていた。
「それよりあんた転移者だったのね?」
庇ってもらったことが恥ずかしいのか、きつめの語調で言葉を投げかけた。「うん…」と申し訳ない表情の言葉を期待したのだろうが、その期待は面白い程打ち砕かれるのだった。
「違うの。私はこの物語の主人公なの…」
「え?」
目を白黒させ聞き返すヒロインに
「魔法少女は正体を明かしちゃいけないの」
と、純粋なことを言ってのけた。
「いやいや、教えなさいよ!学園長は主人公を探しているのよ!?」
「えー?!私って人気者なのかな?」
頬をかきながら、分かりやすく紅潮(表記だけだが)させる響蕾をよそに俺と櫻子は歩みを寄せた。
ヒロインから鉄分の香りが鼻腔を擽る。
「大丈夫ですか!?ヒロイン様・響蕾様っ!」
「わ、私は響蕾じゃないですよー。魔法少女ピンクですよー」口笛を吹きながら、下手過ぎる嘘を噛ましながらあくまで魔法少女という設定を貫いた。
「主人公だったのか…!?」
「え?そ、そうですが…そんなに珍しいですかね?」
俺の言葉にえへへと可愛らしく頭をかく魔法少女。
「ま、まぁ、主人公と言えど私は魔法少女になったばっかり。まだ、必殺技もさっきのしか使えな…
「な、何あれ?」
震える指先を前方向に突き出しながら、絞り出した声が魔法少女ピンクの言葉をかき消す。
三人の視線を背負った指先は遠方で血の海を咲かせるフードの襲撃少年を向けられていた。
とめどない血液を生み出しながら、少年はエメラルドらしい双眸を空に向け、天を仰ぐ。
残念ながら蒼穹色ではない世界が広がるだけなのだが、大空を目に涙を流した。
「た、助けなくていいのかな…?」
罪悪感を感じたのか、震える声で魔法少女は言葉を並べる。が、ラビじんのあいつは敵ウサ!という発言を前に救助の手を差し伸べる勇気を出すことはなかった。
すると、ここで少年の様子が一変。
身体中がノイズを浴び、歪んでいく。まるで壊れたテレビみたいだ。
「あ、あれは?」
俺の問いかけに櫻子が「彼は恐らく…」と言葉を紡ぎ始めた。
「彼は恐らく…電子書籍」
「「「電子書籍????」」」
聞き慣れない単語に三人は同時に聞き返す。
未だはてなで埋め尽くされた俺たちの頭を整理するのは櫻子ではなくラビじんであった。
「電子書籍とは画面で読む書籍のことウサ!転移者の中には紙書籍と電子書籍の二種類があるウサ!」
ラビじんによると二種類の見分け方は先程フード少年が見せたノイズだけらしい。
すると、「&‰≨∋∡≅⊗∤∦≈⅕₄㌧㎢¢㎠ (死ねぇぇぇぇ!!)」
と、文字化けした台詞を口に敵少年は聖剣を杖代わりに立ち上がると手を前に突き出し、呪文のようなことを言ってのけた。
「…!」
刹那、横にいた魔法少女ピンクの身体が吹き飛ぶ。
「ピンクーーーー!」と語尾を忘れたラビじんの声が響き渡った。