第三話「転移者狩り、そして」
桜が降る下校途中…夕日が三人の影を移していた。
学園から数キロ離れた位置に学寮は設置されており、生徒専用のバスも何本か用意されているらしい。
『シブヤ』の街並み案内も兼ねて徒歩で帰ることになったのだ。
「櫻子、それは?」
幼女の掌が握り締める御守り(おまもり)に気づいたヒロインが反射的に尋ねる。
「あぁ…大事な御守りです。この御守りに触れている間は〈設定〉が周囲に影響しないのです」
幼女の〈設定〉は『犯罪都市』。
その名の通り、存在そのものが都市一つを犯罪都市にしてしまう。
「私は年齢から見ても分かるようにこの学園の生徒ではありません。犯罪都市にはならないように学園が『シブヤ』が守ってくれているのです」
御守りを効果が切れてしまいそうなほど握り締める。
街全体を黒に染めてしまう〈設定〉…『犯罪都市』
今までどれだけの人々の悲痛の顔を見てきたのだろうか。櫻子の表情に悲しみの色がへばりつく。
この御守りは街を彼女から護っているのは勿論、彼女も守られているのだろう。
「そうか…櫻子も大変だな」
「そんなことありません。私は小説が推理小説だっただけマシです。命懸けの物語をしている転移者さんもいますから」
そんな命懸けの物語を経験してきたヒロインは鼻の穴を膨らましながら言葉を紡いだ。
「それは私のことね!『サレクイアー』を乗りこなし宇宙規模の戦争が核の物語だもの!」
「へぇ…ロボットを操縦するのか?」
「違う!『サレクイアー』よ!」と訂正を挟まれる。が、俺は真意に受け止めず気になることを聞いた。
「なら、君たちも文字で構成された世界なのか?」
「そうです。文字で作られた世界は小説世界を表します」
推理〝小説〟出身らしく博識の櫻子の説明は止まらない。
「漫画ならモノクロでイラストと吹き出しが、
絵本ならカラーイラストと簡易な文字が、
映画やアニメなら人間らしいヌルヌルとした動きと声が、
海外の作品なら全てが外国語で書かれています」
「へぇ〜なら、漫画や絵本出身の転移者は見た目で判断できるわね。一人だけカラーなんだから」
「そうですね」と返事を見送った後、俺はまた質問を重ねる。
「なら、この世界も小説なのか?」
「はい。主人公を軸として話が展開されています。私達『斬鉄武団』は主人公を探すことも目的としているんですよ」
「なるほ…
刹那、轟音が俺の声をかき消した。
「…な、何!?」
胸の中に広がる衝撃にぎょっと驚きの瞳を見せるヒロイン。
三人の前に驚きと影を表したのは一人の少年。
桜の花弁が絨毯を作る帰り道にマントに身を包んだ少年が気づかせるように路地を通せんぼしたのだ。
歳は主人公と変わらない十七前後。背丈もそこまで高くない。
フード中からエメラルド(黒の文字だが)のような双眸を光らせる一つの人影が、無限の橙を背景にノロノロと主人公達に近づく。
柔らかな風が緊張感を運び、主人公の頬を煽るように舐めた。
「我は転生者を狩る組織…『柘榴協会』ー…今日は転生者二名の命、そして銀髪の少女を誘拐しに来た」
顔面傷だらけの少年は櫻子に鞘から解放さした剣を向けた。夕日がキラキラと剣先に光を送ると、幼女のびくりと肩を震わせる。
「出たわね、『シヴァイヴァ』!!」
「違う。『柘黒協会』だ!」
自分の生まれた世界での敵軍の名前を放つヒロインをご丁寧に訂正する少年。
主人公は浮かんだ疑問符を解消する為に、櫻子に視線を送る。
「『柘黒協会』?」
「『柘黒協会』とは転生者狩りに努める組織です。因みに組員は全員転生者故〈設定〉は通用しません」
焦りを覚えながらも説明してくれる幼女に感謝し、誘拐目的である櫻子を庇うように前に出た。
「あんたは櫻子を護りなさい!!私はこいつをぶっ殺すから」
「お前…獲物も持たず…
「馬鹿ね。私は優秀よ」
主人公の言葉と心配をかき消すように言葉を紡ぐ。
ヒロインは黒いスクールバッグを捨てると、現代に似合わない聖剣を構える敵に思い切り飛びかかる。
その表情には余裕と戦う喜びが込められた色をしていた。
回し蹴りを身体に沈みこませようとするヒロインを剣を盾に受け止めた。が、少女の第二攻撃はもう撃たれていた。
叩きのめそうと握った右拳が、傷だらけの少年の頬にのめり込む。
鼻血が滴る顔面に変わった少年は一旦距離をとるも、獲物を狩る野獣の目付きを光らせるヒロインは容赦なく間合いを詰める。
反撃に転じた『柘黒協会』の使いは少女が放つ右ストレートに、間一髪の回避を滑り込ませて、聖剣を持ち直す。
「クソ…ッ!!」
悔しそうな疲労感ある声がヒロインの口から盛れる。
速度を乗せた斬撃が少女の身体に襲いかかるが、バク転で後ろへ回避されてしまった。
移動する敵少年の視界がヒロインを捉える前に
少女は風をも切り裂く拳に腕力を貸し、踊りかかる。
しかし、少年は彼女の肩を空間ごと横一文字に斬り裂いた。
「いあぁあああぁぁっ!」
血飛沫がヒロインの肩から噴出される。
悲鳴に似た怒号を叫び散らかしながら、血の生えた肩を間は右手で抑えると、協会の組員から距離をとった。
「クソ…」
吐き捨てるような言葉を口にした後、力強く足を踏み出して加速し、相手の懐に潜り込む。
「ふふふっ!」
エメラルドの双眸と目が合ったヒロインは楽しげに笑みを浮かばせた。
固く握り、鉄拳に変える拳が腹部を貫き、真っ赤な花を咲かせる。
「カ、カハッ…!」
口の中に広がる鮮血が不快感を覚えた。
そして、少女の細い拳一つで吹き飛ばされ、世界が回る。180度、360度と視界が回転する。
「つ、強い…」
ほぼ同年代と言えど男と女。軽々と拳で吹き飛ばしたヒロインに思わず称賛の言葉を送っていた。
「…」
吹き飛ばされたことによりフードがはだけ、少年の頭髪の色が明らかになる。しかし、遠くから見たら文字で連なる黒にしか見えない。
痛む身体に鞭打ちし、獲物である聖剣を杖がわりに立ち上がる少年にヒロインは見下すような視線を送った。血混じりの唾液を吐き出し、こちらに歩みを寄せて戦闘続行を選択した彼に喜んでいるようだ。
すると、眼前に迫る勢いでこちらに止まることなく駆けていく。
速度を乗せた剣先が弧を描き、刃の軌道上にいたヒロインを捉えた時、一直線に刀身を捻じ伏せた。
黒文字色の光の帯を描きながら空を割いた刀は視界を白一色に染め上げる魔法の光を纏い、ヒロインを血の海に染めた…かと思われたが、
カキィィィン!
と、劈くような金属音がモノクロの世界に響いた。どういう原理か、腕から真っ赤な(視覚的には黒だが)刀身を取り出す。
縦一文字に振られた一撃を受け止めた刀身が火花を放ち、剣戟が空間を圧倒させた。
「…」「…」
二人とも言葉を口にすることはない。
両者とも力を刀剣に捧げる。が、少年の方が一歩上だったようだ。
相手の力に押され、ヒロインの手から刀が逃げていく。
「…!」
言葉では表せない驚きを漏らした少女に容赦なく剣を真横に切り裂いた。身体の中が耐え難い熱に犯され、雲のない血の雨が吹き荒れる。
「グゥッ!」
赤く染る刀身を引き抜くと、さらに、鉄臭い血の香りが嗅覚を刺激し、拍動に押し出させるように血液が吹き出した。
「ヒロイン様!」
頭が白黒交互に点滅する程、痛みが炸裂し、体勢を崩す。櫻子の声が届くことなく、前のめりに倒れたヒロインは沈黙を決め込む。
もう終わりかと思われたが、ギチギチと歯ぎしりをして傷口を押さえながら立ち上がった。
「私を傷つけるなんて…許せない…っ!」
血に濡れた手で、右目を隠す眼帯を触りながら相手を威嚇するヒロイン。痛みに歪んだ少女はー…
「そこまでよ!!」
刹那、女子高生の声が四人の転生者の注目を掻っ攫う。声の鳴る背後を振り返ると、そこには
「響蕾…?