第二話「入学、推理小説からきた死神」
「私としたことが油断したわね…転生(移)者なんだから〈設定〉を持っているはずなのに」
「まぁーまぁー気にすることなぃって…」
「〈設定〉…?」
文字で出来た廊下の前を歩く二人の女子高生に転移者…主人公こと俺は問いかける。
「この現実世界には転生者が結構ぃるんだよー!んで、彼らが持っている能力?的なものを〈設定〉ってぃぅのー」
「あんたで言う〈服従〉みたいなもんよ」
黒で描写された赤い髪を揺らしながら少女が補足を挟む…良心的な部分もあるのかと思いきや、この女はすぐに自分売りを始めるのだった。
「因みに!!私の〈設定〉はものすごく強いのよ!」
「へぇー」
「興味持ちなさいよ」とジト目で睨んでくるヒロインは聞いてもいないのに〈設定〉の解説をし始める。
「私は『絶対的勝利』!!どんな困難でも最後に私が勝つことができるの!!」
えへんっ!と胸を張りながら少女はドヤ顔を表情にうつした。
「結局、あんたは何処から来たのよ?思い出せないの?」
自分語りが疲れたのか主人公の過去には話題をふる。
「分からない。まだ、死因も思い出せないのに」
殺人でほぼ間違いないとしても相手が男なのか女なのか…そもそも、人間なのか否かすら分からない。
「へぇー、それは大変ねー」
「心配してぁげるなんて優しぃ〜」
「い、今のは皮肉よ!」
フン!と鼻を鳴らすヒロインを横目にヴァージンはニヤニヤと口元を緩める。
「君は何処から?」
会話が乏しくなって来た頃、何やら楽しそうに二人の会話を聞くヴァージンに主人公はふとこんなことを尋ねてみる。が、しかし…
「私はね…ふ・ふ・ふっー秘密ぅー」
意地悪をするようにニタニタ笑う少女は一つの扉を指し、「ほらほら〜見ぇてきたよ〜」とゆっくりと言葉を紡いだ。
「…」
白を基調とした階段や渡り廊下を伝い大きな扉の前に辿り着いた俺はあまりの高さに言葉を失う。
「ここが学園長室だよぉん」
大樹から切り取った頑丈な扉はマシンガンやチェーンソーを使っても顔一つ変えず扉の機能を果たして居そうだ。
「学園長ぉー!転生者&転校生っ連れてきましたぁー」
勢いよく重そうな扉を開けるヴァージンに続き、転生者二人も入っていく。
しかし、学園長の姿は夕日に飲み込まれないほど偉大で美しく…あれ?
「初めまして…学園長の…プロフェッサーです」
美魔女か幼女か…イメージと違う陰気な女子高生が大きすぎる椅子に腰掛けていた。
生徒会長の間違いでは?と思ってしまう程、街中で会っても気づけない「普通」の風貌を纏う少女は主人公に歩みを寄せる。
「君が…転生者さんですね…」
「はい」
三つ編みに編んだ黒髪をいじりながら学園長は必死に口を動かす。
「とりあえずこの学園に入学してもらいます。現実世界には『転生者狩り』という単語が存在するように、転生者に優しくない世界なので」
「転生者…狩り?」
「はい。転生者が学園などの組織に属さず一人で生きていくなんて無謀過ぎます!!…その、余計なお世話かもしれませんか、私たちは全力で貴方をお護りしたいのです!!」
彼女は続けてこう言った。
「また、この学園の転移者は私が作った軍団『斬鉄武団』に入ってもらうことが条件です」
「ざんてつ…ぶだん…?」
「はい。"打ち切る“…という意味です。構いませんね?」
熱量が加速していく学園長は主人公が頷きを返すまでこの調子で説得するのだろう。
少女の優しさが十分に伝わった主人公は「入学させてください」と頭を下げる。
「良かったです。後、基本的に〈設定〉は表に出さないようにして下さい。この世界には転生者じゃない一般人が多く住んでいますので驚かせてしまいますから」
「はい…」
行儀のいい返事を返しながらもヒロインのような勝手に出てしまう〈設定〉ならどうすればいいのだ。と疑問に思いつつ、一先ず展開される会話に身を任せることにした。
「学園長ぉー、櫻子ちゃん借りてぃぃー?」
と言うと、学園長室のソファーで本を読んでいる幼女の方へ近づく。無論、少女も無数の文字に輪郭線を描かれていた。
「赤ずきん」などの可愛らしい絵本かと思いきや、「赤く染る殺人事件」という推理小説を真顔で読んでいた幼女…
学園長の了承を得ると、ヴァージンの優しい呼びかけによりついて行ってくれることとなった。
「何あの子…優秀なの?」
「知らないのか?」
右腕の位置からボソボソと声が飛んでくる。
主人公は目線は幼女のまま、ヒロインと会話を弾ませた。
「えぇ…あんな下級人間なんて知るわけないでしょ?転生者なの?」
「恐らくそうだろう。なら、幼女がこんなところなんかに来ないんじゃないのか?」
「確かに、ここは小学校じゃないしね…」
首に手を当て思案するヒロインは楽観的な声色で
「まぁ!私より優秀じゃないと思うけどね」
と、フン!と鼻を鳴らした。ポジティブに生きる本かなんかを最近読んだのか?と思わせるほどの思考回路だ。
その高慢なプライドは簡単に崩れてしまいそうだ。優秀過ぎる転生者は表れないでくれ。
「やっほーヒロヒロちゃん!転校生さんですか?」
明日から通うこととなる教室に辿り着いた途端、一人の女子生徒が高校生(17さい)にしては大きすぎる二つの山をたゆたゆと揺らしながら近づいてくる。
同じく文字が語る桃色一色の髪はポニーテールと言われる結び方を使われており、横髪にはカラフルなピン留めが至る所につけられていた。
「あ、あなたはまだいたの?」
「うん!今日は学校に残って宿題をしてたの!」
午前五時四十二分…もう、生徒は残っておらず、自宅や部活動や飲食店やら各々次の目的地へ足を運んでいるところであろう。
「あっ!あなたが転校生さんね!私は夢桃 響蕾だよ!宜しくね」
眩しい笑顔を振り回すクラスメイト…モブは転生者…じゃなかった転校生である主人公に挨拶として右手を差し出した。
「よ、宜しく」
腕組みをし、二人のクラスメイトが友達になる瞬間をジト目でつまらなさそうに眺めるヒロイン耳打ちで警告を鳴らす。
「絶対に〈設定〉を使ったり、バラしたら駄目だからね」
「あぁ、分かってる」
「ん?どうかした?」
小声で会話する二人に違和感を覚えたのか響蕾は首を傾げながら尋ねる。
可哀想だが、言ってはいけない事情があるのだ。「なんでもない」と信用性のない言葉しか返せない。
「ふーん。じゃあ、私はこれにて失礼しますー!」
空気を読んだのか、単なる偶然か…事情を知らされてない少女は自分の机から鞄を取ると教室から出て行ってしまった。
(大丈夫だ。お前は空気を読む能力で生きていける)と適当な評価を俺に付けられているとは知らずに…
響蕾を見送った後、ヴァージンは大切な説明を始めようか。と二人に目線を送った。
「この子が色々解説してくれるにょー」
ついて来た幼女の肩に手を置きながら「宜しくね」と会話の主導権を譲る。
ヴァージンは用事があるらしくここでお別れとなった。彼女を見送った後、残された幼女は口を開く。
「(私は風明 櫻子です。気軽にお呼びください)」
「ふう…めい?…君も転移者なのか?」
主人公が尋ねると、幼女は首を横に振った。
「いいえ、私は転生者です。〈設定〉は『犯罪都市』…私の住んでいた街は名の通り犯罪都市と呼ばれていました。毎日のように死人が出るのです。」
「死人…マジ…」
ヒロインは恐怖に眉を顰める。
転生者と転移者…一文字違いだが、意味は大きく異なる。しかし、この世界では双方に差はないらしい。両方とも〈設定〉を扱えるのだという。
「当時、私は探偵をやっていました。小学生低学年にして難解事件も難なく解決していく姿を見て、とある日から誰かが言い出すのです。「私の近くで毎回事件が怒る」と…『死神』とまで呼ばれました」
悲しげな声色を使って過去を打ち明ける少女。
彼女の過去話は止まらない。
「目立つのを恐れた私は事件を無意識に生み出し続け、解決することなくただただ部屋に引きこもっていました」
「…」「…」
大きな双眸に水晶のような涙を溜めて話す櫻子に俺達は無言を貫く。今、何を言っても無駄な気がしたからだ。
「無限に起こる犯罪。事件を解かないといけないはずなのですが、私は…ただ怖くて…」
「…まさか、君の死因は」
オチを悟った俺の言葉に幼女は同調するように首を縦にふる。
「街の人達は『死神』である私を殺そうとしたのです」
「…」
またしても言葉を失う。さらに、言葉だけではなく、口すら奪ってしまうような衝撃的な内容が小さな唇から零れ落ちる。
「私を殺そうと街の皆様が動いていたことは何となく察することが出来ました。何人もの命を奪ってきたのですもの、死ぬのは怖くなかったのです。しかし、私を殺そうとした方も〈設定〉によって全員死亡してしまいました…私は悲しかったのです。また、平和に朝がやって来た。でも、嬉しくないのです」
「…」「…」
「だから、私は自殺を決断しました。首を吊ってこの世界に来たのです」
齢十二歳の口から吐かれる重すぎる過去。こんな光景小説だけにとどまってほしい。
「ごめんなさい。空気を暗くしてしまいましたね」
「いや、大丈夫だよ」
その言葉に安心したのか口元に初めて笑みが生まれた。
「では、早速説明に移りましょう。私やあなた達二人を含め、転移者・転生者はキャラクターと呼ばれています」
「「キャラクター!?」」
俺だけでなくヒロインも驚きのあまり言葉を復唱し、仲良く言葉をハモらせる。
というか、あれだけ偉そうな態度をとっていたのに知らなかったのか?
「キャラクターの由来は私達が物語の世界から来た人物であるというところから。この世界も物語…小説世界。だから、輪郭が文字で成り立っているのです」
「小説…」「世界…」
いや、突然そんなことを言われても…
俺達は文字が支配する世界でしか生きてこない。これが仮に赤や青、色とりどりの世界から転生してきたキャラクターなら納得するのだろうが、
唐突に馴染みのある世界に根拠をつけられても疑問しか湧かないのだ。
「キャラクターには〈設定〉と呼ばれる異能力が操れます。転生(移)前の世界から使える身体的特徴や特技や性格・魔力や異能、スキルなどを指すものです」
「なるほど、私の場合は特技が反映されたのね」
「そういうことになります」
カァカァと烏が夕刻を告げた後、幼女が「今日は帰りましょうか?」と解散の合図を発した時、俺はようやくとあることに気づく。
「ちょっと、待て…俺は何処に住めばいい!?」
野宿?それとも学園の隅っこで?
いや、転移者も自宅がないはずだ。転移者専用の部屋があるはずだろう。
「安心してください。我が学園には寮がありますのでご使用下さい。制服や教科書類も部屋に用意させていただいています」
そう言うと、幼女櫻子は主人公に鍵を手渡す。
「因みに、二人一部屋なので同じクラスの男子生徒さんと同棲することになります」
「ど、同棲って言うな」
都内某ビル 地下三階
「転生者…二人…現」
細々とマントに身を隠した少年が魔王のような豪華な椅子に腰をおく老人に告げる。
顔中シミの生えた老人は杖を魔法使いのようにカツン!と床で鳴らすと、室内の温度が急激に下がったような空気が泳ぐ。
そして、老人の前で膝を立てる痩せこけた傷だらけの少年に見放すように言葉を放った。
「ならば、そ奴らをお前が駆除してくるのじゃ…失敗したらどうなるか…分かっておるな」
「は、はいっ…」
「『髑髏教会』の恥にならぬよう努力するのじゃな」
緊張感を隠しきれていない少年は、聖剣を片手に薄暗い小部屋を逃げるように飛び出た。