第十話「死神誘拐事件」
その時は突然現れた。フードをかぶった少年…キーパーソンは次のようなことを口にするのだった。
「そこの幼女を渡せ」
まさか、ロリコンか!?と思わせるような台詞だが、彼には彼なりの理由があるようだ。
舞台は午後十七時の寮と学園を繋ぐ学園ロード。文字が描写するように夕刻が降りてきており西日が顔を照り付ける。
春の季節にふさわしい桜が顔を揃える道のりで、少年と出くわした俺・ヒロイン・ヴァージン・響蕾・ヒーロー…そして、櫻子は顔を強ばらせた。
「主人公くん!彼の《設定》って何だっけ?」
「あぁ…それは
主人公こと俺は読了した相手のデータすぎやこれから行う動作まで把握することができる服従の《設定》を持っている。
狩墓レオン (キーパーソン)
設定…即死回避
説明…大量の血や肉片を飛び出すわりに中々死なない。
「なるほど、耐久性がある敵ってわけだな。でもスポーツ小説出身の俺が役に立てるとは思わないな」
「大丈夫よ。非政府組織の人間兵器操縦者の私がいるからっ!」
鼻息を荒くし、相手に視線をそらさず、そう呟いたのはヒロインだった。
身体が重みをなくしたかのように地面を蹴り砕いて飛び上がろうとしたが…
「待つウサ!」
「!?」
刹那、飛ばされた妖精の声に動きを封じられる。
「ど、どうしたのよ」
「キーパーソンの《設定》が正しいなら攻撃したら駄目ウサ!この小説の年齢層は幼女から大きなお友達まで幅広いウサ!血液なんて飛ばしたらこの作品が打ち切られるウサ!」
桃色の小さいフォルムにつけられた口が精一杯縦横に動き、戦闘を止めさせた。
「でも、それじゃぁ〜櫻子ちゃんが誘拐されちゃぅょー」
緊張感を全く感じさせない声がどっと重く張り詰めた空気に流れる。
そのような会話が何回か往復した時、敵は口を開いた。つまらない会話に飽き飽きしたようだ。
「その幼女をこちらへ渡せ、さもなくばお前らの作品を打ち切ることになるぞ」
転移者にとって一番の脅迫を言葉にした相手は恐怖に顔を引き攣りらせる櫻子から目を逸らさず、床を抉りながら、弾丸のような速度で踏み出した。
腰に下げた鞘から取り出した聖剣が陽を照らしている。
「ヒロインちゃん!櫻子ちゃんを今持っててくださいね」
「ま、待って!戦うなら私の方が…
ヒロインの言葉をかき消すように響蕾はラビじんとともに魔法少女へと変貌した。
現実世界で言うと五分ぐらいの時間で着替えた響蕾は「夢みるツボミはピンク色!魔法少女『ピンク』!」と決め台詞を口にして、相手に決めポーズをとる。
「ピンク!絶対相手に手ぇ出しちゃ駄目ウサよ!」
「OK!問題ないよ」
と、テンポよく会話を交わすと眼前に迫る勢いでこちらに止まることなく駆けていくレオンに向けてバリアを発動させた。
「ブラックブライドドリームピーチ!」
バリアと言う情報が一切の必殺技名叫びながら発動したバリアは言うまでもなく文字色をしている。
キンッ!と聖剣とバリアが奏でる甲高い金属音が桜散る学園ロードに響き渡った。
「くぅ…!」と聖剣を通じて伝わる威力に顔を顰める魔法少女。速度を乗せた刃は火花が散し、ついにバリアを破壊した。
「きゃあっ!」
「響蕾さん!」
魔法少女ピンクではなく本名である響蕾と叫んだのは敵の目的である櫻子だった。
「どうしよう。強いっ!」
戦闘開始早々弱音を吐く魔法少女の瞳が不安に襲われいた。
アクション作品出身の転移者がヒロインと魔法少女しかいないため、戦闘シーンに入るとどうもテンポが悪い。
俺も役に立てればいいんだけれども…
と、毎回思うことしかできず、情けなさからくるため息をつくと、何がどうなったのか。
突如、目の前に一つのテロップが現れた。
ピコン!と電子音が響き、表示されたテロップには次のようなことが書かれていた
種族…人間族
レベル…25
HP…1475
MP…125
筋力…580
耐久力…365
魔力…152
耐魔力…147
俊敏性…368
設定…即死回避
ランクアップまであと…12584
な、何だこれは…
どうやら相手の情報らしい。
彼しか寝れないと言う事は服従した人物だけなのだろうか。
聖剣使いと魔法少女が目まぐるしい戦闘を繰り広げる中、俺は突然の出来事に目を白黒させた。
MP?耐魔力?何だこれは?
さらに、記載されていた情報はステータスだけではなく…
弱点…心臓部分に取り付けられた空気入れ替えシステム『ナノ』を破壊すると例外なく阻止することができる。
キーパーソン討伐の弱点を目にした瞬間、俺は魔法少女に向かってこう叫んでいた。
「心臓部分にとりつけられた機械を壊すんだ!」
「え?」
聞き馴染みのない言葉に戸惑いを覚えるがこの情報は間違ってはいない。
敵の戸惑いの色を映した瞳が何よりの証拠だ。
魔法少女もそれに気づいたのだろう。ラビじんから「や、やめとくウサ!」と注意喚起を受けるが、躊躇することなく相手の懐に潜り込む。
「や、やめろ!」
そんな声が鼓膜を揺るがした気がした。しかし、それよりも大きな声で言葉を放った人物がいたのだ。
「ちょっと!待ってくださいっ!」
声の持ち主は櫻子でも美菱でもない…この学園を仕切る学園長…プロフェッサーだった。
学園長にしては若すぎる風貌で同級生にしか見えたい少女は危険をかえりみず魔法少女と敵の間に入っていた。
「ど、どうしたんですか!?学園長!?」
「…」
おとなしく戦闘を止めるのは生徒であるピンクだけではなく、『柘榴協会』のレオンもだ。顔に苦い色を塗りたくって素直に聖剣を下ろした。
「…彼を櫻子達に仕向けたのは私です…ど、どうか、彼の《命》を命を取らないでください」
学園長にしては覇気のない言葉を繰り出す少女の背後に、秘書がこつこつと靴を鳴らしこちらに近づいてきた。
魔法少女イエローを拘束した疑惑がある『斬鉄武団』を取り締まる危険人物は震える口を一生懸命動かし、「櫻子(その子)を一旦こちらに渡してくれませんか?」と言い切るのだ。
「無理に決まっているじゃない!学園長と言うとあなたの良い噂は聞かないわよ。目的をはっきり教えなさいよ」
自身のスカートをぎゅっと握る櫻子を庇いながらヒロインは言葉を紡ぐ。
「いいから、櫻子をこちらへ渡してください!」
「い、嫌っ!」
フルフルと首を横に振り一定の意思を見せる櫻子は側にヒロインの右手をギュッと握った。
「待ってくださいもう時間がないんです!目的は後で教えますから!」
「きゃっ!」
それはほんの一瞬の出来事だった。
真横にいた幼女、櫻子の姿が声を残して消えた。
「さ、櫻子っ!」
俺は思わず大声で叫んだが、彼女を攫った少女の黒い瞳に緊張を覚え、固まってしまった。
誘拐犯の少女に名前を付けるなら、恐らく魔法少女パープル。紫色を基調とした魔法少女衣装が何よりの証拠だ。犬の尻尾のように揺れるポニーテールも眠そうな瞳も全て紫で統一されており、性格もでも毒々しい嫌味のイメージを与える。
そんな魔法少女は助けを呼ぶべく、叫ぼうとした櫻子の口元を抑え、俺たちから距離を取った。
「さ、櫻子を帰しなさい!」
まさかの敵が魔法少女だと言う事実に驚きながらも、ヒロインは相手に向かってそう叫んだ。
重心を低くして、構えをとり、戦闘意思を明らかにする。
しかし、相手は口元を上昇させるだけ。肩に乗っている紫子猫が作るワープ空間に身を投げた。
…
…
空気がぐっと重くなる。
これこそが櫻子誘拐事件の第一章だった。