第一話「現実転移」
「また、異世界転生!?」
甲高い少女の声が少年の目を覚まさせた。
同じように真っ白なベットの上で、ゆっくりと目を捲っていくと真っ白な天井が広がっていく。ここが天国だと言われても納得できるだろう。
赤い血がカーペットを濁していく光景は忘れることはないだろうが、それ以外の記憶はない。
少年…主人公は異世界に転生した。
大きな桜の木が目印の巨大学園
高層ビルが賑やかな広告を纏い生え揃う街並み
食べ物やらを片手に長方形に向かって可愛い顔を作る少女達
…ここは異世界のはず…!?
令和三年四月十二日…主人公こと俺はシブヤと呼ばれる街に転生してしまった。
第一話「現実転移」
「あなた名前は?」
「…主人公」
「ふーん」と愛想のない返事が返ってくる。
保健室の蛍光灯に照らされふあぁと眠たそうに欠伸をする少女に目線を追う。
俺の名前は主人公だ。主人 公、それとも主 人公?
答えはどっちも違う。
本当はもっとかっこいい横文字があったはず…しかし、主人公は思い出せないのだ。何一つ。
ここでは分からない。と言う答えを出したのだが、話しがややこしくなるため、主人公と訂正させてもらう。
そんな俺は黒髪に黒い瞳。服は患者衣を纏っており、今は外してしまったが人工呼吸器が付けられていた。
「ところでここは?」
目の前を長い髪を揺らしながら歩く少女の背中に問いかけた。
ん?髪の色は何色なんだって?
残念だが、彼女に色はない。反射する窓ガラスで自分の顔を見たのだが、俺にも色がない。
あるのは大量の文字。俺や少女の輪郭線は全て日本語の文字だ。無数の文字が彼女の髪色・目の大きさ・服の素材などを黒色で伝えいてくれる。
気持ち悪いって?確かに文字とのラブコメは避けたい。だが、文字も小さいが故、モノクロの少年少女を想像して欲しい。
驚きを覚えたいが、この時、何の違和感も感じなかった。恐らく、前世もこのようなモノクロワールドだったのだろう。
また、人だけでなく戦前の映像のように背景もモノクロだ。よく見れば文字となっている。
しかし、文字と言えど重さや質感・味はあるのですぐに慣れることだろう。
そんな世界の住人である少女はちょうど保健室に用があったらしく、意識を取り戻した主人公に気づいたのだという。
友達が今教師陣を呼んできてくれているのだとか。
窓からは頑丈そうな建物と五月蝿い音楽やら広告やら…そして、溢れかえる人人人。無論、これらも全て文字で出来たモノクロ人間だ。
桃色ではなく黒白の桜たちが嬉しそうに見送る路地を眺めていると、名前も知らぬ少女が口を開いた。
「…ここは『シブヤ』あなたは転移したのよ」
少女が髪をかき揚げ瞬間、甘すぎない香りが広がる。
「転移?」
聞き馴染みのない言葉を繰り返す主人公。
「覚えていない?死ぬ前の記憶とか?」
物珍しそうに少女は主人公の顔を覗き込む。
紅の長髪に紫色の大きな瞳が…しかし、片目は黒の眼帯に覆われており、色ましてや開いてるのか閉じているのかも分からない状態。
何処かの制服に身を包む美少女は何やら、スクールカバンから免許証のようなものを取り出した。
「私も転生して来たのよ。ほら、これを見て!」
「非政府組織『エルサレク』のパイ…ロット?」
何やら嬉しそうに見せつける一枚の長方形には少女の顔写真と、名前、怪しげな組織の人員であることが証明されていた。
「『エルサレク』…何それ?」
「まぁ、知らないのも無理ないのね。私の世界線では敵軍『シヴァイヴァ』による殲滅を防ぐ為、非政府組織『エルサレク』が誕生したの。私は『エルサレク』が誇る兵器『サレクイアー』の操縦者…これは数人しかいないのよ?…『軌道上の紅姫』『サレクイアー』のパイロットに齢七歳で選ばれた優秀な…
意味の分からぬ横文字が台詞の半分を埋め尽くすものだから、ハテナマークを頭上に浮かべる主人公。
「…はぁ、って言っても私の優秀さが分かんないわよね…」態とらしく呟く少女はこんなことを尋ねてみた。
「で、何処から来たのか分からないの?」
「あぁ…何も思い出せない」
覚えているのは血に濡れたカーペット。赤い香りに意識が消えていく一瞬しか覚えていないのだ。
「珍しいわね。大体の人間が記憶を持って来るんだけど」
参ったというように頬をかく。
ふと、少女はくるりと長髪を揺らしながら時計に視線を送った。
腕組みをし、足には貧乏揺すりが…
生まれた世界は違うとも彼女が何を表しているのかはすぐに察することができた。
呼びに行った友人の帰りを待ちわびているのだろう。
「よく、その…転移者はここに来るのか?」
「えぇ、転移・転生はしょっちゅうあることよ。この学園の…ふぁぁあ…生徒にも何人かいるわ?」
途中、欠伸を挟みながら説明を紡いでいった。寝不足なのだろうか?眠たそうに目を擦る。
「ここから帰る方法はあるのか?」
「あるけど、あんたには無理ね?前の記憶を覚えてないのなら手がかりがないもの」
指先で色の毛先をつまらなそうにいじる女子高生は続けて「そのうち思い出すんじゃない?」と首を傾げながら言葉を紡いだ。
「絶対に帰らなきゃいけないんだ。分からないけど、帰らなきゃいけないんだよ」
そう、胸の内を占めるモヤモヤは故郷を思う気持ちだろう。
そして、何故俺が血まみれになったのか。他殺としたら誰の仕業なのか気になるのは普通だ。
「そんなに帰りたいの?」
「当たり前だろ。お前は帰りたくないのか?家族とか友人とか会いたくないのか?」
「…!」
とは言っても俺に家族や友人がいるか知らないが、少なくとも彼女には触れられたくないことらしい。
本物の地雷でも踏んだかのように顔に怒りの色わ張り付け、「はぁ、」と態とらし過ぎる溜息をつく。
「そんなこと二度と言わないで!!」
語尾にありったけの感情を込め、目の前の机を威嚇するかの如く叩いた。
バン!という音と共に側にあったコップが小さい津波を起こす。
何だ、この女は…乱暴過ぎやしないか?
今思い返せば黙っとけばいいものの、俺は心に抱いた不満をそのまま口にしてしまった。
「キレ症だな。乱暴過ぎると友達どころか家族も逃げて行くぞ!」
「な、なんてこと言うのよ!」
そして、キッ!と見下すように俺を睨みつけると
「もう!!鬱陶しいのよ!!下級人種がっ!!」
と、鬼もチビる形相で少女は握りしめた拳に勢いをのせ、主人公の顔面目掛けて投げつけた。
病み上がりだというのに容赦がなさ過ぎる。
ぐしゃと鼻血を飛び散らす少年の無様な顔が浮かんだ少女。しかし、
「残念だったな…」
「まさか、あんた記憶なんか忘れていないのね!」
少年は目の前の少女に肉々しい手を伸ばすと桃色の光を放ちながら、少女の細い手を捕らえる。
「な、何…これ?」
目を白黒させる少女。
気味の悪い話は続く。口の端を愉快に歪めながら…
「俺の右腕から放たれる光を浴びたものは俺に服従する奴隷になってしまうのさ」
「…くっ…」と高慢な少女には似合わない苦い色に表情を染め上げていく。
「さぁ、お前も俺の奴隷となー…
「はぃ、終了ー」
気の抜けた声が聞こえると同時に主人公の右腕に宿る光が風に乗って消えていく。
「ヒロインちゃん…ちょっと怒りすぎじゃなぃ?」
ヒロインと呼ばれた少女は「チッ」と舌打ちを落とす。主人公の視線を独占した少女は自然と名を尋ねられる。
「誰だ…お前は?」
ん?と威嚇する主人公に一切動じず、マイペースに言葉を並べていく。
「私はヴァージン!ヴァージンちゃんって呼んでっちょ!転移仕立ての君に学園を案内してぁげんねぇー」
ヒロインと同じ制服を着こなす少女は紺色のショートカットの髪々を揺らしながら、ヒーローのようなダサい決めポーズを決める。
「こいつ、私は騙したのよ!!…こんなやつに学園長に合わせる必要ないわ!」
「んー…君はどこの世界から来たのかな?言ってごらぁぁん」
「ちょっと!?聞いてるのっ」猿のようにキーキーと文句を垂らす少女にはノータッチで主人公に話をかける。
「…」
無言。無言。を貫き通す俺に意地悪そうににやけるとヴァージンは言の葉を並べた。
「君もずる賢いね。態と記憶喪失のふりしてたなんて」
「いや、あれは勝手に…」
奴隷や服従などと口にしたが、頭の中に魔法とやらで思うまま生活していた記憶はない。
しかし、つい癖ででてしまったのだろう。癖になるほど奴隷生活を楽しんでいたのか?
王様のような台詞を口にしたが肝心の少女…ヒロインは嫌悪感を示す目線をこちらに向け、奴隷となった気配はない。絶対服従の力なんて俺にはないんじゃないか?
少し残念な気もするが、そのことをはなしてみると、
「違ぅんょ。私にはこの力があるかんねー」
と、ヴァージンと名乗った少女は首にかけてあったネックレスを自慢げに見せつける。
驚愕する値段の壺とセットで売られていそうな胡散臭いネックレス。これをつけていると賢くなると無料で貰ってもすぐに捨ててしまうだろう。
「これのぉかげで皆の魔力だとか異能力とか効かなぃんだぁー」
口をあんぐり開け、驚きを表現する主人公。
欲しかったリアクションを貰った少女は得意げにえへへっと笑う。そして、
「じゃぁ、学園長がぉ呼びだから案内してぁげんねぇー」
遠くなる彼女の背中を眺めながら、主人公とヒロイン二人だけの時間が流れる。
「…」
「…」
「ふ、ふん!わ、私許さないから」
気まずい空気が循環する中、ぷぅーと頬を膨らませながら、ヒロインもヴァージンの背中を追いかけるのだった。
気づけば、太陽は橙色に染めながら沈んでいく。烏と呼ばれる黒鳥がカァカァと歌いながら街中を飛んでいく…
少年は現実世界に転生した。
主人公はこれから起こる展開を知らぬまま、二人の少女の後をつけていったのだった。
「貴方の設定興味深いです」
暗がりの教室から静かな声が響き渡る。
高校生にしては幼過ぎる銀髪の少女は主人公達を窓の外から見下ろしていた。
その瞳には憎悪の色が映っていた。