リフレーミング酒場 〜お味噌汁の愛〜
『第3回「下野紘・巽悠衣子の小説家になろうラジオ」大賞』投稿作品です。
指定キーワードは『お味噌汁』。
前から構想はあったリフレーミング酒場のネタに載せてみました。
どうぞお楽しみください。
「マスター! もう一杯!」
「かしこまりました」
落ち着いた雰囲気のバーに似合わない苛立ちの声。
女は酔っているのか、注文をするとカウンターに溶けた。
「くそー、何で私の誕生日に急な仕事が入るんだよー。断れよー」
「大変ですね彼氏さんも」
「何よー。こんな癇癪持ちが彼女じゃ大変でしょうって?」
「いえ、お仕事の話です。余程頼りにされているのでしょう」
「……んー、まぁそれはそうなんだけどさぁ……」
「『仕事と私、どっちが大事?』なんて事、考えてます?」
「……ちょっと……」
「ならばお仕事を辞めていただいて、鈴木さんが養って差し上げますか?」
「……いじわる……」
「失礼いたしました。ではこちらを」
マスターが鈴木の前に置いたのは、湯気立つ味噌汁だった。
「え? 何でお味噌汁?」
「僕の賄いです。この具、何だかわかります?」
「……? 具、入ってなくない?」
「ではお飲みください」
言われるまま口を付けると、ふわりと味噌の香りと野菜の甘味が広がる。
「玉ねぎだ!」
「ご名答でございます」
「ほんのり甘くて好きだなぁ私」
「人と人も長く共にいると、関係性の境界が溶けていきます」
「? 何の話?」
「彼氏さんともう三年でしたか。彼氏さんにも鈴木さんにも、『言わなくてもわかってもらえるはず』という気持ちがあるのではないでしょうか」
「! ある、かも……」
「でもそれは見えないだけで、直に味わって初めて分かるという事もあるものですよ」
「見えないだけ、か……」
「説教じみた事を申しました。失礼をお許しください」
「……メールしてみる」
鈴木が切っていた携帯の電源を入れると、通知が溢れていた。
「わ、あいつ、何でこんなに……。あ! 仕事終わらせたから合流したいって!」
「それはようございました」
「マスター、ここに呼んでもいい?」
「構いませんが、彼氏さん、お仕事終わりでお腹が空いてるのでは? 一度どこかでご飯を食べてきてからいらしたらどうでしょう」
「そうする! じゃあ一旦お会計!」
「かしこまりました」
鈴木は代金を払うと、満面の笑みで店を後にする。
「後で絶対来るからねー!」
「お待ちしております」
鈴木を店の外まで見送り、店に戻ったマスターは、
「……これは他のお客様が驚くなぁ……」
苦笑いをするとそのまま扉を開け放ち、洋風な佇まいの店とは少々ミスマッチな味噌汁の匂いを追い出していく。
冬の澄んだ空気が店内に流れ込み、店はいつもの色を取り戻していった。
読了ありがとうございます。
最後まで『毎日僕のお味噌汁を作ってくれプロポーズ』が頭から離れませんでした。
何これ呪い?
次回キーワードは『サーファー』。
……頑張ります!