素直になれない皇女ユリーディアと美男将軍との恋。貴方に婚約破棄を申し渡しますわ。
「ロッド・ハレスト将軍。わたくしは貴方に婚約破棄を申し渡しますわ。」
皇女ユリーディアはドレス姿でそう宣言する。
ロッドは長い足を組み、軍服姿で椅子に座り、余裕でユリーディアを見上げ、
「白紙では無くて破棄かね?」
「ええ。そうですわ。」
「私の何が不服か?まるで私に間違えがあったかのような言い草。
確かに…仕事に忙しく手紙を書く暇も無かった。半年も国境へ行き、君の事をほっておいたのは謝る。新しい男でも出来たか?」
「そうですわね。まずは…わたくしは貴方の婚約者なのです。手紙を貰ったら返事を書く。
それは最低限の常識でしょう?」
「それは謝る。私とて忙しかったんだ。」
「それから…」
ユリーディアは白皙の人形のような美貌でにっこり微笑んで。
「貴方のような素敵な方。現地の女性がほっておくはずはないわ。浮気をしていたはず…
そうでしょう?」
「疑う気か?国境の先の敵に睨みを効かせるのに、忙しかったと言ったはずだが。」
ロッドは立ち上がり、ユリーディアを見下ろして。
「君こそ、私がいなくて寂しかったのではないのか?浮気はしていなかったと言いきれまい。」
「まぁ。わたくしが浮気?そうね。貴方みたいな手紙一つ下さらない方、見限ってもよろしくてよ。だから婚約破棄致したいと申し上げたのですわ。」
そして、ロッドの顎に白い手を添えて、ユリーディアは言い切った。
「謝りなさい。今なら撤回して差し上げても良くてよ。」
「私は将軍だ。いかに皇女様とは言え、頭を下げる気はない。」
「解りましたわ。帰るわ。わたくし。」
皇女ユリーディアはロッド・ハレスト将軍家の屋敷を怒り狂って後にした。
なんて酷い人…なんて…
皇女ユリーディアがロッド・ハレスト将軍と婚約を結んだのが半年前。
ユリーディア18歳。ロッドが28歳。
10歳違いである。
ロッド・ハレスト将軍は黒髪で色が白く、黒の軍服を着て、国境を警備する国の英雄であり、将軍で、一目見てその美貌に目がくらんだユリーディアが父である皇帝に我儘を言って婚約を結んだのだ。
しかし、ロッドは国境へ行ったっきり、手紙一つよこさない。
せっかく婚約をしたっていうのにどういう事よ?
現地で浮気でもしているのかしら?
わたくしは婚約者、婚約者なのよ。
ロッドの逞しい胸にしなだれかかる浮気相手を妄想し、イライライライラしまくる日々。
だから強く思ったのだ。
今度、ロッドが皇都に戻ってきた時に婚約破棄を言い渡そうと。
自分に対して無礼であろう?
慰謝料を貰って、しっかりと別れて…もっとマメで素敵な男性と婚約をするのだ。
まだユリーディア18歳。
新しく婚約を結び直すのに遅くない年頃である。
だから皇都に戻って来たロッドを呼び出して婚約破棄を言い渡したのだ。
考えてみれば、ロッドとは一度食事をしたきりで、すぐに彼は国境警備へ戻っていってしまった。
こちらが一方的に彼の美貌に惚れて、皇帝の命令で婚約を結んで。
そもそも愛なんてひとかけらも無かったはずで…
悲しかった。
涙がこぼれる。
わたくしはロッドに愛して貰いたかったんだわ…
謝って貰いたかった…
浮気を疑ってほしくはなかった…
いえ、わたくしだってあの人の浮気を疑ったわ…
わたくしはあの人の事を何も知らない…
先の戦で手柄を上げて、将軍になったってお父様から聞いたことはあるけれども…
このまま婚約破棄をしていいのかしら?
もっとロッドと話し合わなくてよかったのかしら…
その日は悶々とした思いでベッドで眠れない夜を過ごすユリーディアであった。
一方ロッドの方もイライラしていた。
皇帝の命で一方的に押し付けられた婚約。
人形のような金髪の姫がキラキラした目でこちらを見上げていた。
一度だけ、共に高級食事処で食事をしたけれども、
それはもう嬉しそうにユリーディアは自分の事を話してくれて。
結婚したらああしたいこうしたいって、話しっぱなしだった事をロッドは微笑ましく
その話を聞いていたのだ。
国境警備へ戻った時、ユリーディアから手紙が来たが、何て返事を書けばよいか解らなかった。
自分はずっと戦か、もしくは国境警備…洒落た皇都の事など、さっぱりわからず。
国境警備の訓練の事や日常の事なんて書いても、あの姫君は喜ばないだろう。
結局、手紙を返す事も出来ず、日々が過ぎて行き、
久しぶりに皇都へ戻ってみれば、ユリーディア皇女から婚約破棄を申し渡されたのだ。
何だか寂しい?
いや…それとも安堵した?
解らない…自分の気持ちが解らない…
ふと窓の外を眺めれば、満月が煌々と輝いていた。
ユリーディア。君もこの月を見ているだろうか?
ふと、ユリーディアに会いたくなった。
グラスに酒を注ぎ、ぐっと一気に飲み干す。
眠れぬ夜をロッドも過ごすのであった。
翌日の早朝、ユリーディアは王家の馬車に乗り、ロッドの屋敷へ再び向かっていた。
呼び鈴を鳴らせば使用人が出て来て、
ユリーディアは馬車を降り、使用人に頼み込む。
「ロッドに会いに来ました。早朝からごめんなさい。どうしても会いたくて。彼は起きているかしら?」
使用人は慌てて、
「これは皇女様。すぐに旦那様を起こして参りますので。」
客間へ通されれば、しばらくして、ロッドが軍服姿で現れた。
彼は隙を見せない。寝起きとは思えない程、きちっとしていた。
ロッドはユリーディアに向かって、
「朝早くから何の用だ?」
「わたくし、謝りに来ましたの。もっと貴方の事を知りたくて。
だから貴方に機会を与えてあげようと。わたくしとデートをしなさい。
もっとわたくしの事も知りなさい。」
「私とて仕事が忙しい。後、3日で国境へ戻らなければならない。婚約破棄をしたいならすればいい。慰謝料は支払おう。」
ユリーディアは悲しくなった。
涙がぽろぽろこぼれる。
「貴方はそれでいいかもしれないけど、わたくしは嫌。もっと貴方の傍にいたい。
もっと貴方を知りたいの…ロッド…貴方の事が好き。
お願い…傍にいさせて…婚約破棄なんてしないわ。」
ユリーディアは椅子に座るロッドに抱き着いた。
ロッドは優しく抱きしめてくれて。
「私は戦しか能がない男だ。君の傍に居る事も出来ない。だから婚約破棄をした方がいい。」
「お父様に頼みます。もっと貴方の傍にいられるように…だからお願い。わたくしの事を愛して…わたくしも貴方の事を愛します…」
ロッドは頷いて。
「努力をしよう。ユリーディア様。私も貴方を愛するように。」
「有難う。ロッド。」
ユリーディアの頼みで、ロッドの国境警備は一月交代で、別の将軍と変わると言う方式になった。
皇宮の内勤も務めるようになったロッドはユリーディアと愛を育み、
やがては結婚をし、二人の間には可愛い女の子が二人授かった。
不器用なロッドであったが、娘が出来たら猫かわいがりするようになり、更に良い夫、そして良い父親になった。
皇都の街では、娘達とユリーディアを連れて、家族サービスをするロッドの姿がたびたび見られたと言う。