くびなしオバケがやってきた!(3)
お母さんが肝試しをしたのは、小学校に入った年でした。
子供の頃のお母さんは、身体が弱くて、よく熱を出しました。
入学したばかりの小学校も、休みがちだったのだそうです。
ですから肝試しの夜も、学校を休んで布団の中で絵本を読んでいた、ということでした。
「なんの絵本を読んでいたの?」
とシホちゃんが訊ねると
「忘れもしないねぇ。『えすがたにょうぼう』だったのよ。」
とお母さんが教えてくれます。
「あれから25年も経つのにね。」
「エス型?」
シホちゃんはビックリしました。
保育園で、磁石にはエス極とエヌ極とがある、と教わったことがあったからです。
にょうぼう、というのはお嫁さんのことですから、お嫁さんにもエスとエヌとがあるのでしょうか?
「違う、違う。」
とお母さんが笑います。
「絵に描いた姿で、絵姿。お婿さんが、お嫁さんのことを好きで好きで、ちょっとの間でも離れていたくなくて、絵に描いて眺めながらお仕事してたっていうお話なんだ。」
シホちゃんは「お父さんみたいだね!」と言いました。
「お父さんも、携帯電話の画面が、お母さんとシホの写真だよ!」
シホちゃんが得意そうに言うのを聞いて、おばあさんが
「ほんと、絵姿女房と絵姿娘だねぇ。」
とニッコリします。
すると、お母さんがコホンと一つ咳払いをして、真面目な顔になりました。
そして天井の方に目を向けると
「布団の上に、大きな蛇がボトリ落ちてきたのよ。絵本を読み終わったときに。1メートルくらいは有ったかな?」
と言いました。
オバケが出てくる、と思っていたのに、出てきたのがただのヘビだったので、その時お母さんは「なぁんだ。」とガッカリしました。
家が田舎だったから、1メートルくらいのアオダイショウなら、いつも見ています。
「だって、ホントウのオバケが来るってワクワクしてたからね。”一つ目こぞう”とか”ろくろ首”が出てきたら素敵じゃない?」
お母さんの話を聞いて、シホちゃんもウンと頷きます。
「ちょっとガッカリだよね。」
でもね、とお母さんが悪戯っぽくニヤリとして
「『これは違うんだ!』 って障子が震えるような声がして、そこの障子が開くと、毛むくじゃらの大きな腕が伸びてきて、布団の上のヘビをヒョイと抓んだの。」
「出たぁ。」とシホちゃんは嬉しくなりました。
「お母さん、ビックリした?」
「した、した。」とお母さんも笑うと
「だから慌てて布団を飛び出すと、障子戸から外に出てみたよ。何がいるんだろう? って。熱があるのも忘れてたね。」
奥座敷の外には、月の光に照らされて、屋根と同じくらい背丈の大きな鬼がしゃがんでいたそうです。
鬼は「困ったなあ。」と頭を掻くと、右手の指で抓、んでいたヘビを、そっと屋根に逃がしました。
「この蛇は家守よ。オマエを脅かしてやろうと思っていたのに、邪魔をされた。」
「ヤモリって、小さなトカゲみたいなヤツじゃないの?」
とシホちゃんが不思議がります。
「オニのくせに、間違いだね。」
「動物図鑑のヤモリは、シホの言う通り爬虫類だけど」
とお父さんが教えてくれます。
「家屋敷を守る動物のことも、大きく一括りに”家守”っていうんだよ。ほら、ヘビはネズミなんかを食べてくれるだろ? ネズミがいたら、食べ物とかを荒らされちゃうから。」
へえ~、とシホちゃんは感心しました。
「オニって物知りなんだねぇ。」
お母さんは笑顔でウン・ウンと頷くと
「その物知りの鬼はね、『邪魔が入ったと言い訳しても仕方がない。オマエの勝ちだ。』って勝手に自分の負けを認めてね。『見たところオマエは身体が弱いようだから、強くしてやろう』って言い出したのよ。」
鬼は、お母さんを両手で抱えると、赤ちゃんを”高い高い”するように、屋根より高く持ち上げました。
ずっとずっと遠くまで、まるで山の展望台からの眺めのように見渡せて、お母さんは
「すごい、すごい!」
と笑いました。
昼間であれば、海まで見えたかもしれません。
「それから物知り鬼はね『これで、よい。』と、お母さんをソッと下ろすと『元気で暮らせ。』と言ってから、もっともっと、どんどん大きくなっていったの。もう、山より大きいくらいにね。」
大きくなりながら次第に姿は薄くなり、月にも届こうか、という頃には天の川に紛れて見えなくなってしまった――お母さんは、話をそう結びました。




