首無しお化け 後日譚(4)
「父が、祖父母や母の手前、照れくさくて『眠っていたから何も見ていない』と言ったのは理解できるとして、じゃあ”さんもとごろうざえもん”の側の理由は、どう考えたらよいわけ?」
そう質問してきた志保だったが、強い口調ではなかった。むしろ優しい。いや、穏やかだった。
もしかしたら僕が辿り着いた仮説に、彼女の読みが既に追い付いてしまったのかも知れない。
「えーと、ね。……女児における『エディプスコンプレックス』って、何て言うんだったけ?」
僕の問い掛けに、彼女は
「フロイトの定義ならエディプスコンプレックスのままね。弟子のユングの方はエレクトラコンプレックスって云う呼び方を提唱しているけれど。極端にザックリで良いのならファザコンかな。」
と淀みなく答えてくれた。
なぜこの場面でそんな事を? とは問わない。
うん。間違いない。
既に彼女には解っている。
「志保は子供の頃――肝試しの夜の頃だよ――には、御両親の事を好きだったのは勿論だとして、敢えて比較するならば『お父さんのことを”より好き”』だったんじゃない? お母さんのエピソードを語るときより、お父さんとの思い出を話すときの方が、若干だけ熱量が高かったように思うんだ。」
彼女は「そんな持って回った言い方をしなくても、ダイジョウブだよ。」と薄く笑った。
「オトナになったらお父さんのお嫁さんになる、って言っていたらしいから。でも、それって子供のころには”よくある子供あるある”なんじゃない?」
そして、大人になった時には親戚の集まりで笑い話になるようなね、と結ぶ。
普通ならそうだろう、と僕も”子供あるある”である事には同意を示す。
「けれどもキミは特別な子供だった。この世の不思議を垣間見るという稀有な体験を経て、特別な『ギフト』を貰うなんて機会は、まず普通の子供には訪れない。」
「それはそうだったかも。」
と彼女も”普通の子供ではなかった”ことには異存を唱えない。
不思議ちゃん扱いで、極端な言い方をすれば”疎外”されていたのだから、アタリマエだ。
「だからこそ、同性の先達は大切だったのさ。姉や従姉、親友が居たなら別だったのかも知れないけれど、キミの話には登場しなかったからね。だから存在しなかったのだと推測する。すると、その役割を担える人物は母親だけ、という事になる。エレクトラコンプレックス気味の娘であるのに、だ。」
「それが判っていたからこそ”さんもとごろうざえもん”は、母が自分の命に代えてでも私を生もうとしてくれていた、と話してくれた――教えてくれた――ってこと?」
志保の口調は穏やかなままだった。
「母は味方だって。何が有ろうと、自分の命に代えてでも味方だって。」
「キミのお母さんだって、特別な子供だった訳だからね。ギフトを貰った。」
と僕は頷く。
「キミの教師役としては、他に代え難い”経験者”だったってこと。」
だからこそ、僕は続ける。
「父と母との両方から、溢れるほどの愛情を注がれているのだ、と『山ン本五郎左衛門』は志保の記憶に焼き付けておきたかったんだね。少しだけ脚色を加えることで。両親からの愛情を感じる上での、バランスを良くするためにもね。」
「納得したよ。」
と彼女は晴れやかに笑った。
「例えそれが、キミの頭の中だけの”見てきたような妄想”であったとしてもね。納得した。」
そして志保は
「”さんもとごろうざえもん”が、そこまで注意深くケアしてくれたのだとしても、私、ファザコンの傾向は少しは残ってしまったのかも知れない。」
と呟いた。
「キミって”どこかしら”父に似ている気がするんだ。」
なるほど。
これで僕の長年の疑問も解決した。
「あの家よ。」
と志保が、こんもりした木立を指差す。
屋敷本体はまだ林の中だが、あそこに彼女の曽祖父の家が建っている。
志保は
「キミはどんなギフトを貰うんだろうね?」
と微笑んだ。
さあ、肝試しの夜が来る。
了




