首無しお化け 後日譚(2)
「三次のお祖父ちゃん・お祖母ちゃんって、かなりのご高齢だと思うんだけど、お元気なんだよね。」
ハンドルを操作しながら問うと、志保は「もちろん!」と頷いた。
「昭和一桁だけどね。矍鑠としたものよ。」
そして、今でもお野菜送ってきてくれるんだ、と微笑む。
「この前に作ったシチューね、ジャガイモとニンジンはお祖父ちゃんお祖母ちゃん謹製なの。」
今から向かうのが、『そこ』だ。
僕は『そこ』の奥座敷に泊めてもらう予定である。
志保に交際を申し込んだときには、知り合ってからは既に長すぎる春と言っていいほどの年月を重ねていたわけだから、プロポーズまでに要した時間は僅かだった。
それから彼女の御両親に結婚の承諾をもらいに行ったわけだけれど――
「お義父さん、僕に志保さんとの結婚を許して下さい。」
「キミに、父と呼ばれる筋合いは無い!」
みたいな、劇的かつ紋切り型の遣り取りは皆無で
「志保が選んだ人物ですもの。」 「こちらこそ、娘のことを宜しくお願いしますよ。」
という具合に、流れるような和やかさで話は進んだ。
そして少しばかりアルコールが入ったところで、彼女の父上(まだ義父と呼ぶには早いだろう)から
「私たちには全く異存は無いんだが、入籍の前に、一つだけやってもらわなければならない事が有るんだ。いや厳密に言えば入籍した後でも全然構わないのだけれど、出来れば早いうちに。」
と『肝試し』の件を持ち出されたのだった。
「家内の家の風習でね。」
稲生怪談は四谷怪談ほどではないとしても公知だし、その舞台が三次たというのも知ってはいたが、平太郎の肝試しが風習として残っているのには驚いた。
すると彼女の母上が
「一般的な習俗というわけではないのよ。」
と微笑んだ。
「ただ、私の実家には偶々そういう儀礼が伝わっているのね。」
志保も
「肝試しというよりは、鬼の面を被った福の神の来訪を歓待する儀式みたいな感じかも。」
と微苦笑する。
「なんというか……ほら、歳神様とお相撲とる儀式をする地方ってあるじゃない? しかも歳神様との相撲は接待相撲で人間側が『負けないといけない』わけだけれど、私の家の肝試しは来訪神の方が『負けを認めて福を授けてくれる』みたいな、ね?」
僕は手にしていたビールのグラスをテーブルに置くと
「寝ている部屋に、お祖父さんや保存会有志みたいな人たちが、ナマハゲみたいに入って来るというわけではないんだね?」
と確認した。
すると志保は「違うのよ。ホンモノなの。実際に会ってみれば解るわ。」と微笑む。
「一瞬で姿を変えられるし、大きさも自由自在。少なくとも人間ではないのだけは保証できる。」
◇
駅前の交通量の多い道路から、レンタカーは次第に緑の色が濃い山道へと踏み込んで行く。
横合いの生活道路から、人や車が飛び出してくるリスクは減ってくるから、案外リラックスして運転することが出来る。
僕は列車の中で訊きそびれていた最後の疑問を口にすることにした。
「で、志保は肝試しの夜に、結局何を貰ったのかな?」
この質問は、彼女にとっては意外であったらしく
「え?」
と、かなりハッキリと驚いた。
「ミルクセーキと桃山をもらったよ? それに、いろいろな妖怪変化を見ることも出来たけど……。」
僕は「うーん」と唸った。
「オバケを観たいって欲求は、キミにとって必要不可欠というか、渇望するくらいに切実な問題だったのかなぁ、と思ってね。それだけじゃない。健康と知恵のミルクセーキや長寿の桃山は、素晴らしいプレゼントだとは思うけれども、キミはその時それを望んでいたのかな?」
「…………。」
彼女が黙って考え込んでしまったので、僕は勝手に話を続けた。
「おじいちゃんが貰ったのは、水浮きの術は付け足しのようなもので、本質は『幼馴染との再会』だろう。お母さんの時は『健康』こそが宝だったのだから、望みの宝を貰ったということで問題ない。」
僕の意図を理解したのか志保は
「お父さんの時は『母子共に無事』を願ったのだから『宝の地図』でクリアだけど、おばあちゃんは特に何を願ったというわけではないから『桃山』だったということ?」
「それはどうだろう?」
と僕は肯定しなかった。
「おばあちゃんが、その時に切実に望んでいたのは『嫁ぎ先に受け入れられること』だったんじゃないのかなあ? 結婚するからだとは言っても、核家族の時代じゃない。自分の実家から出て、相手の実家に居場所を移すわけだから、心細かったと思う。」
「あ! それで『熨斗目』に『高砂』、山いっぱいの『めでたい、めでたい』なのか。連れ合いから非道を働かれたら報復するという援護確約付きで。」
僕は「そうなんだよ。」と頷いた。彼女は僕の展開する思考実験に付いてきてくれている。
「だから、”山ン本五郎左衛門”や”神野悪五郎”――いや、この場合は『そう自称している存在は』と注釈をつけた方が良いんだろうけど――が敗北の代償として提供する褒美やお宝って、口に出された願いだけではなく、心の奥底に蟠っている想いをケアすることなんじゃないのかな? って思えてね。」




