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首無しお化け 後日譚(1)

 新幹線から芸備げいび線に乗り換えると、僕たちは三次みよしで下車した。


 志保しほから子供の頃に見たという妖怪の話を聞いたのは、これが初めてではなかったが、ここまで詳しく思い出話をしてもらったのは、この車中が最初である。


 彼女は小・中学生時代には『不思議ちゃん』扱いで、友達こそ少なくはなかったものの、気の置けない親友には恵まれなかったということだったから、無理も無い。


 高校に入ってから怪力乱神かいりきらんしんを語らぬようになっても、中学時代の知り合いの口から『志保のお化け好き』の噂話が流されると、やはり気の重い出来事も多かったようで、大学に入ってから地元を遠く離れることによって、ようやく普通の学生生活が送れるようになった、という事だった。


 彼女みたいに素敵な女性が、大学に入るまでボーイフレンドと言えるような相手に遭遇することが皆無であるのは不思議に思えるが、つまりは”そういう事情”であったのだ。

 大学のキャンパスというのは奇人・変人の巣窟そうくつだから、多少のボロなら目立つことはない。


 かく言う僕だって、中学時代までは同級生たちの”今風の”話題には全く付いて行けず『クラシックパズラー ヲタク』のド変人扱いだったのだから。


 もっとも外見も能力値も平凡な僕とは違って、志保は容姿端麗・頭脳明晰・運動神経抜群のハイスペックだから、彼女が仮に恋愛の競争相手となった場合には勝ち目が無いと踏んだ小・中・高の同級生(女性)たちが陰でコッソリ牽制弾を放っていたという可能性は捨てきれない。


 ただし仮定が正しければ、その”おかげ”で僕は彼女との『特に親しい友人』関係を得ることが出来たのだとも考えられるわけで、そうだとすると彼女を敵視した高校までの同級生たちが僕の恩人に当たるとも言えなくはないが――その女性たちが志保を傷付けたのを思えば――全く感謝する気分に成れないのも事実である。


 僕のどこが良かったのかはサッパリ見当もつかないが、馬が合ったというのか、彼女との付き合いは卒業後も順調で、社会人に成ったのを機会に『親しい友人から恋人への昇格』を打診してみたところ

「……いつ言ってくれるのかと、ずうっと待ってたんだけどね。」

と笑顔を見せてくれたときには、正に天にも昇る心地だった。


 ◇


 駅からはレンタカーでの移動と決めていた。

 本数の少ないバスを利用したとしても、ネットの地図を参考にする限り、最寄りの停留所から目的地までは、まだそこそこの距離があるからだ。


 志保をレンタルしたコンパクトカーのナビシートにエスコートすると、僕は運転席に座って、まずはカーナビに目的地を入力する。

 実を言うと運転は――いや運転に限らず運動神経を必要とする何もかもが――彼女の方が上手なのだが、ここは僕にも立場ってものがある。


 目的地近傍にまで接近したときに、僕が彼女に運転をさせて自分がナビシートに”ふんぞり返って”いたのでは『土地神とちがみ様』のおぼえが目出度めでたくないという可能性があるからだ。


 僕は志保と彼女の家族の前に現れた『魔王』たちが、実は『魔王』の名をかたった土地神様だったのではないだろうか、と当たりをつけている。

 いわゆる天津神あまつかみの系統とは異なる国津神くにつかみの系統で、志保の故郷の土地に纏わるか、もしくは彼女の血筋に纏わるところの、通過儀礼をつかさどる存在なのではないだろうか、という推測からだ。


 なぜかと言うと、『山ン本五郎左衛門』とそのライバルの『神野悪五郎』という二人の魔王は、本来ならば広島藩士 稲生いのう正令まさよし(幼名 平太郎 当時16歳)が1749年7月1日から同月末までに経験した怪異を纏めた聞き書き書『稲生物怪録いのうぶっかいろく』に登場する魔王だからである。


 その書物の中の『山ン本五郎左衛門』は、志保の語った経験にもあるようにユーモラスな一面を持ち合わせていることは確かなのだが、比べ物にならないほどストロングスタイルのドッキリを仕掛けてくる。

 時に暴力的、時に脱力系シュール、またある時はグロテスクと、手を替え品を替え次々と攻撃を仕掛けて約1ヶ月の間、平太郎を屈服させようとする。

 今日日きょうびネットで『稲生怪談』と検索すれば『山ン本五郎左衛門』の行状の詳細を読む(あるいは観る)のは簡単だし、なんなら図書館にまで足を伸ばせば稲垣足穂いながきたるほが現代語訳した『山ン本五郎左衛門只今退散仕る』を読むこともできる。

 また幻想文学の大家である泉鏡花いずみきょうかも『草迷宮』という『稲生物怪録』にインスパイアされた小説を書いているし、その『草迷宮』は寺山修司てらやましゅうじが映画化していてDVDで鑑賞することも可能だ。


 それらの原著および創作物に登場する『稲生物怪録』本来の『山ン本五郎左衛門』は、志保が会ったような『ハナから負ける気満々で、目的は負けた代償として福を与える事』のような裏・福の神的存在ではなく、ストレートなファイターであり、キャラクターが違い過ぎるのだ。

 だからこそ、僕は志保が出会った魔物の王の善神ぶりが気に掛ったわけだ。


 もっとも神と呼ばれる存在は、荒々しくまが々しい『荒魂あらみたま』と優しい『和魂にぎみたま』という両側面を持っているというのは知識としては知っているし、まつられることによって更に、幸運を与える『幸魂さきみたま』や奇跡を起こす『奇魂くしみたま』の性格を露わにしていくということも読んだことはある。


 そう考えると『山ン本五郎左衛門』や『神野悪五郎』が、『稲生物怪録』の時代から250年を経て『あからさまな善神化』した結果だと読み解くことも出来ないわけではないのだが……。


 ◇


 「じゃあ、出すよ。」

と言うと、志保は微笑んで頷いた。


 安全運転でね、みたいな余計なことを彼女は口にしない。

 彼女を横に乗せている以上、僕が不注意な運転をしたり無謀な運転をしたりはしないというのが判っているからだ。


 コンパクトカーは、抜けるような青空の下を滑らかに発進した。


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