くびなしオバケがやってきた!(1)
シホちゃんが保育園の夏休みに、広島のおじいちゃん・おばあちゃんの家に泊まったときのことです。
おじいちゃん・おばあちゃんの家は、三次というところにある、山の麓の古い古い大きな藁ぶき屋根の家でした。
家の中にいても、まるで森の中にでも座っているかのように、少しばかり薄暗くて涼しく静かなのでした。
ある日、お昼ご飯に素麺を食べていると、おじいちゃんが
「シホちゃんは、オバケが怖いかい?」
と訊いてきました。
するとお母さんが
「ちょっとお父さん、やめてください。この子はまだ小学校にも上がっていないんですから。」
と少し怒ったように言いました。
おばあさんも
「そうそう、おじいさん。シホちゃんには、まだ早いですよ。そろそろ”あれ”が来るころだけど、今年でなくてもよいじゃないですか。」
と、うなずきます。
シホちゃんがお父さんを見ると、お父さんは素麺を箸でつまんだまま、口に持って行くこともできずに困ったような顔をしています。
おじいちゃん・おばあちゃんは、お母さんのお父さんとお母さんなので、シホちゃんのお父さんは気軽に話ができないみたいなのです。
お父さんの困った顔を見たシホちゃんは
「オバケなんか、ぜんっぜん怖くないよ!」
と言いました。
〇 〇 〇 〇 〇
その夜、居間でテレビを見終わったシホちゃんが布団を敷いてもらったのは、奥座敷という、居間からは長い廊下を通らないと行けない部屋です。
窓は、障子という紙が張ってある窓で、開けるとまるで糸をひくように蛍が飛んでいるのが見えました。
それも一匹や二匹ではありません。
暗くなったお庭に、クリスマスの飾り付けのように薄緑色にたくさん光っているのでした。
シホちゃんは
「あれ? まだホタルがいるよ!」
と嬉しくなりました。
だって、ホタルを見ることが出来るのは、梅雨のころだ、とお父さんに教えてもらったことがあったからです。
以前お父さん・お母さんとホタル見物に行ったときにも、シホちゃんは大喜びでホタルを追いかけたのでありました。
奥座敷にまで付いて来てくれたお父さんとお母さんも、窓の外を見て
「やあ、すごい数のホタルだ。」
と驚きました。
そしてお父さんは
「ヘイケボタルなのかもしれないね。ゲンジボタルが出るのは6月ごろだけど、ヘイケボタルなら夏の終わりまで光るそうだから。」
とシホちゃんに言いました。「あしたの昼間に、さがしてみよう。」
「じゃあ、虫かごがいるね!」
とシホちゃんがウキウキすると、お父さんも「買いにいこうね。」と約束してくれたのでした。
けれどもお母さんは
「夏は夜。月のころは更なり。闇にもなお、蛍の多く飛び違いたる。」
と呪文のような言葉をつぶやいています。
「なぁに? それ。」
不思議に思ったシホちゃんが首をかしげると、お母さんは「枕草子よ。」と教えてくれました。
「清少納言っていう女の子が書いた、昔むかしの本にあるの。」
そして
「その、昔むかしのころは、死んだ人のタマシイがもどってきたのがホタルの光って思われてて、気味が悪いって考えていた人が多かったの。」
と続けてから
「でも清少納言っていう女の子は、ホタルの光って素敵だな、って本に書いたわけ。」
とニッコリ笑いました。
それから
「ひとりで怖くなったら、お母さんとお父さんが寝てる部屋に来ていいからね。ずぅぅぅっと起きて待ってるからね。」
と言いました。