8 罪の自覚のない……者たち
五人の頭の中に、重いため息を吐く美麗な男性の姿が浮かんだ。愁いを含んだ眼差しが彼らを射抜くように見つめていた。
『言いたいことはそれだけか? あとでいろいろ言われるのは手間だから先に聞いてやるぞ』
その言葉にムッとした顔をした宰相ことタドリックが、突っかかるように言った。
「いい加減、神のふりなどやめろ! 我らの罪? そんなものがどこにある。我らはクシュリナの予言どおりにならないように、尽力をしただけだ」
「そうだ! 男爵の庶子により、学園が混乱しないように、我々が手を打ったのだ。それなのにジェスト様は我らの言葉を聞かずに、あの者を寵愛してクシュリナを悲しませた」
「立場をわきまえないあの者が悪いんだ。下賤な平民のくせに。ジェスト様の隣は自分の物だと、大きな顔をしていたではないか。少しばかり頭の出来は良かったかもしれないが、学園を出れば身分がものを言うというのに」
タドリックに続いて騎士団長ことブレストと、大商会の会頭ことガラティも続けて言った。この後しばらくは学園でのことを語る三人。いかにクシュリナが素晴らしかったかと、逆に王太子が男爵家の庶子に骨抜きにされて、不甲斐ない行動をしたのかを、話した。
三人が肩で息をして言葉が止まったところで、また声が五人の頭の中に響いた。
『お前たちが言いたいことは言いつくしたようだな。だが、その言葉たちは私が聞くべき言葉ではない。それに、結局は自分たちの罪がわかっていないようだ。ノヴィサド・ピエルタン、この者たちに、自分の罪を教えてやったらどうだ』
言葉をかけられた魔術師長ことノヴィサドは、床から顔を上げた。涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔をしている。
「あっ、……あっ、……うっ、ううっ」
口を戦慄かせて、必死に言葉を言おうとした。だけど言葉にならず、ノヴィサドは必死に首を振って言うことが出来ないと、伝えようとした。
『仕方がない、か。そこまで罪の意識に捕らわれているのなら……。さてお前達、今からお前たちの罪を教えてやろう』
「はっ! まだ、偉そうに。私たちの罪だと。神を信じないことだとでもいうつもりか?」
『私は別に神のことを信じないことを罪に問うつもりはないよ。だけどお前たちは絶対にしてはいけないことをしたのだ。それは、私が次期王に指名したジェイドを殺したことだ!』
クシュリナは驚きに目を見開いて口を押えた。
「う、嘘でしょう。ジェイド様は事故で亡くなられたって、聞いたわ」
「そうだ。あれは事故だったのだ」
「不幸な事故だったんだよ。ジェイド様を助けられなかったのは、私の不覚でしかなかった」
「そうなんだ。まさか橋があそこまで老朽化しているとは思わなくて」
慌てたように弁明を始める、宰相、騎士団長、大商会の会頭。そんな彼らの姿に微かに違和感を感じて、クシュリナは震えながら一歩彼らから離れた。その様子に焦りを浮かべた顔で、必死に自分たちに非はないと言う三人。彼らが言葉を重ねるほど、クシュリナの中で不信感が増していった。
クシュリナは視線をさ迷わせて、最後には蹲る魔術師長へと目を向けた。
「ノヴィサド……嘘よね。ジェイド様を、殺したなどと……そんなことはないのでしょう」
「ご、めんなさい、クシュリナ様。……だけど、ジェイド様が気づいてしまったから……彼を殺さないと、クシュリナ様が罪に問われるから、と」
グジグジと泣きながら顔を上げて、魔術師長は答えた。クシュリナは言われた言葉を、その意味を考えて、含まれたことに気がついて顔を蒼くした。
そんな魔術師長の胸倉を、騎士団長が掴み上げた。
「きさまー! 寄りにもよって、クシュリナにそのようなことをー!」
「ほ、本当の、こと、じゃない、か!」
首を絞められて苦しみながらも、魔術師長は切れ切れに言い返した。まだ涙は溢れてくるが、先ほどよりも目には力が戻っていた。
「あんな偽りが、神に、通じるわけが、ない、だろう」
「まだ言うか!」
騎士団長は腕を振りかぶって、魔術師長の顔を殴りつけた。反対の手が魔術師長の胸倉を掴んでいるので、魔術師長は吹き飛ばされることはなかった。殴られた魔術師長は口の中を切ったようで、口の端から血を流している。再度腕を振りかぶったところで、クシュリナの悲鳴のような声が響いた。
「やめてーーーーー!」
騎士団長は腕を下ろすと忌々し気に「チッ」と舌打ちをして、魔術師長のことを放した。支えを失った魔術師長はそのまま頽れるように座りこんだ。
騎士団長はクシュリナのそばに戻ろうとしたが、クシュリナが彼の行動にビクリと肩を揺らしたのを見て、離れた椅子へとドカリと音を立てて座った。
しばらく誰も何も言わないので、沈黙が部屋の中を支配していった。
『さて、そろそろいいだろうか? お前たちが罪の自覚をしようがしなかろうが、お前たちへの罰は変わらんからな。だが、それは死後のことだ。今生で犯した他の罪は、この後、この国の者たちがお前たちを裁くだろう。ああ、だが、彼らも今宵は疲れていることだろう。裁きは明日の昼間に行うようにさせるとしよう。お前たちをこの宮から出ることは出来ないようしておけば、彼らも余計な手間をかけることはないな。……ああ、そうだ。今さら罪の意識に駆られたとしても、死して逃げようと思わないことだ。裁きを受けるまで、其方たちの死を封じておくからな』