3 やっと来た……と思ったら
ホオ~、と息を吐きだした後、私はその後のことを思い出して、眉を寄せてしまいましたの。
どうして、こうなってしまったのかしら?
どうしようもないと分かっておりますが、それでも、愁えてしまいますわ。
もう一度ため息を吐きだそうとして、聞こえてきた音に息を飲みこみました。
キィ
と、扉が開く音が聞こえて、私は座っていたソファーから立ち上がりました。部屋の中に入ってきたのは、もちろんフォルグワンダ様です。
「メイティア……」
ですが、フォルグワンダ様は私の名前を呼んだだけで、扉の前から動こうとしません。それに、私と目を合わせないように、右肩のほう……つまり、窓の方を見ています。いえ、窓ではなく、視線は下向きなので、床を見ていらっしゃるのでしょう。見れば拳を握りしめておられます。
「フォルグワンダ様?」
しばらく待ちましたが、何も行動を起こそうと致しませんので、不本意ながら私から声をかけさせてもらいました。私の声に反応して、フォルグワンダ様の肩がビクリと揺れました。
それから、ゆっくりと顔を上げたフォルグワンダ様のお顔には、何やら決意の色が見えました。
「メイティア、すまないが私は君を愛することは出来ない」
「はあ?」
何を言いだすのでしょうか、この方は。もちろんそんなことは知っておりますとも!
「私はミルディのことを愛しているんだ。婚姻は……母上の望みでもあるし、神託によるものであるから仕方なくしたけど、君のことを抱くつもりはない」
私は暫し答えずに考えました。それから、慎重に言葉を選びながら、口を開きました。
「それではフォルグワンダ様は、私とは白い結婚でいたいと、申されるのですね」
「ああ、そうだ。それに君はもうすぐ学園に入学するだろう。妊娠してしまったら、学園に通うどころではないだろう。だから、君にとっても悪い話ではないはずだ」
私に答えているうちに、この言葉こそが正解であるかのように、自信を持って言うフォルグワンダ様。先ほどまでの疚しさは、どこかにいかれてしまったようですわね。
本当に愚かな方ですこと。まだ、理由をつけて、そのようにおっしゃるだなんて。
それに相変わらず、クシュリナ様に弱いようですし。
「メイティア、わかるだろう」
答えずにいたら、フォルグワンダ様は窺うように声をかけていらっしゃいました。
「ええ、わかりましたわ。ですが、私からも、一言よろしいでしょうか」
「な、なんだ」
あらあら、そんなにびくつかなくてよろしいのに。これから言うのは、建前ですのよ。
「側妃の条件を覚えていらっしゃいますか」
「……ああ、もちろんだ」
「でしたら、私が学院を卒業するまで、彼女が妊娠するようなことはなさらないでくださいませ。もし、そのようなことになりましたら、彼女が側妃になることを、私は認めませんから」
「なっ。それでは子供が生まれたら……」
「あら、おかしなことをおっしゃいますのね。側妃を迎える条件は、正妃が嫁してから三年の間、お子を授かれなかった場合のみですわ。それ以前に妊娠なさるようであれば、その子は生まれると同時に儚くなるしかありませんもの。そう決まっているではありませんか。まさか、王太子であられるフォルグワンダ様が、知らないということはありませんわよね」
私がそう言いましたら、フォルグワンダ様は青い顔になり「知っている!」と、怒鳴るように言いましたの。でもそうしながらも、体は震えていますわね。
ということは、すでに彼女とそういう仲なのかしら?
本当に愚かですこと。王家に関わる、特に子供のことに関しては、かなり厳しい決まりがありますのに。例え、お手付きにより子供が出来ても、その子供は王位継承権がないどころか、王家の血を引いているとは認められないというのに。
本当に憐れなお方だわ。もう少しやり様はございましたのに。あの方も、フォルグワンダ様から言われることを、待っていらっしゃったのに。
もう一度言いますけど、本当にフォルグワンダ様は、いつから節穴におなりおそばしたのかしら?
「まあ、いいですわ。承知いたしましたので、フォルグワンダ様は速やかにご自室にお帰り下さいませ」
「なっ! お前は私を追い出すのか!」
驚愕した顔でフォルグワンダ様は言いました。
ハア~、本当にこの方は何を言いだすのかしらね。この部屋の意味がお分かりになられていない……ということはないわよね。ただのキングサイズのベッドがある部屋だと、思っているのではない……ですわよね。
私はフォルグワンダ様のことをキッと睨みました。
「追い出すのではなくて、それぞれ自室に戻りましょうと言っているのですわ。今宵、同衾しなかったことについては、結婚式で疲れた私を気づかったと言えば、よろしいでしょう。神託の乙女ですのよ。わたくしは!」
「あ、ああ、そうだな。わかった」
フォルグワンダ様は自室へと繋がる扉の方へと向きを変えました。ですが扉に手を伸ばしたところで、こちらへと振り返ったのです。
「その、すまな……かったな」
そう言うと扉を開けて、自室へと戻られたのでした。
私はそれを見送り、ゆっくり十まで数字を数えてから、ハア~と息を吐きだしてソファーへと座り込みました。