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第8球「私の名前、覚えてる?」

 なんだよ、あと少しで大事なこと思い出せそうな感じだったのに……俺のことを「ヴィクちゃん」と呼ぶということつまり、今、トイレのドアをノックしているのはあの女キャッチャーか。


「ヴィクちゃん、いるんでしょ? 早く出てきてったら!!」


 それにしても、この女キャッチャー、まるで種○梨○さんのような王道ヒロイン声をしとるのう……


「ごめん、まだちょっと……痛くて……」


「いや、痛くても出てきて! もうすぐヴィクちゃんの打順が回ってくるから!!」


「いや、ピッチャーなんだから、代打だろ、普通」


「何言ってるの? あなたは『二刀流の女神』ヴィクトリア・ペンダーグラスでしょ、あなた以上のバッターはアマゾネスにはいないんだから、打席に立ってもらわなきゃ困るのよ!!」


 そ、そうだった……ヴィクトリア・ペンダーグラスは投打ともに能力カンストのスーパー野球選手なんだった。


 投打すべての能力がEかFの池田勝正いけだかつまさとは違うんだった……ああ、そうだよ、投げる方がダメなら野手に転向しようかなって思ったこともあるけど、打撃ダメ、守備は普通で、足遅い、では、スーパー野球高校生たちからレギュラーを奪えるわけもなかったよ、あんちくしょう、こんちくしょう……


 にしても、「二刀流の女神」って何?


 ヴィクトリアには、そんなキャッチフレーズがついてんの?


 いやー……ダッセェなぁー……


 閑話休題、打席が迫っているのに、このまま個室にこもっていては、トラブルメーカーか何かだと思われてしまう、出るしかないか。


「あ、やっと出てきた。ほら、早く準備しないとだから、急いで……」


「う、うん……」


 女キャッチャーは俺の手を取り、ベンチに向かって駆けていく。


 不意に、かわいい女の子に手を触られて、ドキドキするかと思ったけど、キャッチャーの手が柔らかかったり、スベスベだったりするわけもなく、別にドキドキしなかった。


 そんなことよりも、走る度にブルンブルンと震える巨乳爆乳を見ている方が、ドキがムネムネ……


「何?」


「いや、別に……」


 いけねぇ、いけねぇ、いくら女同士と言えど、おっぱいガン見してたら、そりゃあ怒られるわな……


 それにしてもデカい胸……いったい何を食べれば、こんなデカさになるんじゃろうか……


 などと、俺がよこしまなことを考えている間に、気がついたらベンチだった。


「はい、アームガードとレガース! 着けてあげるから手出して!」


 そして、女キャッチャーは、何も頼んでいないのに、俺に各種野球用具を装着し始めた。


 まず、アームガードを装着し、俺の前にひざまずいてレガースを装着した。


「はい、ヘルメット! それからバット!」


 さらにはヘルメットまで被せてきて、バットを手渡してきた。


 おかげで俺は何もせずとも、打席に立つ準備を整えることができたが、これじゃあまるで、「女房役」というより、「世話女房」である。


「はい、これでよし!」


「どうも……」


 二刀流打者に欠かせない防具をすべて装着してくれた女キャッチャーに一応お礼を言ったが、まだネクストバッターズサークルに行かなくてもいいらしく、手持ちぶさたになってしまった。


 なんだよ、これならもう少しトイレにいてもよかったじゃないか、あと少しで核心を思い出せそうだったというのに……


 そう思えども、女キャッチャーに文句を言えるわけもなく、手持ちぶさたゆえに眺めてみたならば、俺が手に持たされているバットは赤かった、上から下まで真っ赤っ赤、深紅のバットだった。


 赤バット……って、わしゃ、川上哲治かわかみてつはるかい!!


 そう思って、背番号を見てみたが、16番じゃなくて、1番だった。


 まあ、エースだもんね、そりゃ1番よね……池田勝正時代は夢のまた夢だった背番号1をヴィクトリアは当たり前のように付けている……うーん……


「ねぇ、ヴィクちゃん?」


 棒立ちしながら、いらんことを考え続けている俺に女キャッチャーが、上目づかいで話しかけてくる。


 上目づかいで気づいたけど、ヴィクトリア・ペンダーグラスって、168センチでストップした池田勝正より絶対背が高いよな、池田勝正時代には見えなかった景色が見えてるもんな……たとえば、胸の谷間とか……?


 野球のユニフォームに、胸の谷間が出る隙間なんてあろうはずもないが、この女キャッチャーの胸のサイズは規格外だからか、露骨にではないけれど、かすかに見えているのだ、胸の谷間らしきものが。


 谷間じゃないのかもしれないけど、なんか見えてる。


「う……何?」


 俺は胸の谷間らしきものを見るのが恥ずかしくて目をそらしたが、女キャッチャーは話を打ち切ったりはしない。


 目線をそらしても必ず追いかけてくる。


「ヴィクちゃん、本当に大丈夫? なんか今日のヴィクちゃん、昨日までとは別人のような気がするんだけど……」


 ドキッとした。


 女キャッチャーの爆乳谷間らしきものに……ではなく、この女キャッチャーに、今のヴィクトリアの正体が池田勝正であることを見抜かれているような気がしてドキッとした……もし、それを見抜かれてしまったら、俺はいったいどうなってしまうんだろう?


 想像さえもしたくない、バッドエンドが待っとるんじゃろうのう……ここは慎重に会話しなくては……いわゆる「破滅フラグ回避」ってやつやで、これ!


「え? そ、そうかな……そんなことないと思うけど……」


「さっきもトイレで何か叫んでなかった? よく聞こえなかったけど……」


「え? そ、空耳じゃないかなぁ……アハハ、ハハハ……」


 話を(にご)してごまかそうとする俺のことを、女キャッチャーがまっすぐ見つめる。


「な、なんですか?」


 その大きくて力強い、黒い瞳からすべてを見透かすビームでも出ているような気がして、俺は思わず敬語になってしまう。


「なんで敬語でしゃべるの? 私たちそういう仲じゃないよね?」


「あ……う……」


 ヤバい……誰が見てもわかりやすく動揺してしまっている。


 女キャッチャーのかわいいお顔に疑念が浮かんでいる……ように見える。


 そろそろネクストバッターズサークルに呼ばれんもんかのう……このままだと本当にまずいなって思う……危ないね……


 そんな俺に、女キャッチャーが、思わぬ質問をあびせてきた。


「ねぇ、ヴィクちゃん、私の名前、覚えてる?」

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