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第7球「上品な言い方をするならば、女性器」

 ベンチ裏のトイレは実にわかりやすいところにあって、迷わずたどり着けた。


 異世界だからと言って、特殊なトイレということはなく、現代日本でよく見る公衆トイレと同じような作りだった。


 試合中のトイレに誰かいるわけもなく、俺はお望み通り、ひとりになれた。


 ひとりになった俺がトイレで真っ先にやったこと、それは鏡を見ることだった。


 髪が長いとか、『アレ』がないとかで、自分がTSしていることはわかっている、だが問題はそこではない。


 美少女化しているのか?


 ちゃんとオタクに「顔がいい」とか「顔が好き」とか言われるような顔をしているのか?


 死活問題だ。


 いくら、いい球投げようが、ホームラン何百本打とうが、顔がよくなきゃ、誰も相手してくれんのが、現代社会の厳しいところ。


 かっこよくなくても、デブでもづらでも葉っぱでも人気が出た水島先生の時代とは違うんじゃ、今は美男子美少女でなけりゃあ、誰も相手にゃしてくれん、苛酷かこくな時代……


 キャラは顔が10割!!


 ああ、これでブスじゃったらどうしようか……


 俺は怯え震えて、何度もためらいながらも、勇気を出して、鏡の前に立ち、自分の顔をまじまじと眺めた。


「こ、これが、俺!?」


 鏡を見た俺は、思わずすっとんきょうな声をあげてしまった。


 鏡に映っていた俺は、まごうことなき金髪美人。


 オタクたちが言うところの「顔のいい女」そのものだった。


 特に目がデカい。


 ビックリするくらいデカい瞳。


 すさまじい目力、この瞳に見つめられれば、どんな男も女も石化すること間違いなし、恐るべし目力……って、わしゃ、メデューサかい!!


 なんにせよ一安心、これはオタクに好かれる顔じゃ、間違いない!


 男だけでなく、女オタクもつく顔やで、よっしゃ、よっしゃ!!


「よっしゃー! よかったー! ブスじゃなかったー!!」


 鏡でヴィクトリアの顔を見た俺は思わず、両手を挙げてガッツポーズしていた。


 誰もいないからいいが、他に誰かいたら完全にヤバい人である。


 そんなガッツポーズのあと、俺は個室に駆け込み、現代日本と同じような水洗洋式便器に座った。


 そして迷うことなく、白いズボンとパンティーを降ろし、まじまじと眺めた、『アレ』のない己の股間を。


「ヤベー! マジでない! 『アレ』がない! あるのは森鴎外もりおうがい先生が『ヰ(ヴィー)タ・セクスアリス』でおっしゃったところの『おかんこ』のみ!!」


 誰もいないからいいようなものの、こんな絶叫を他人に聞かれてしまったら、完全に発狂したと思われることだろう、セーフ、セーフ……


 俺は当然、洋式の便器に座ったまま、まじまじと眺め続けた、上品な言い方をするならば、女性器を……


「すげー、初めて見たー。百合エロ同人だと黒線で隠されていた部分が丸見えじゃー、ゲヘヘヘヘ……」


 自分で自分の女性器を見て興奮しているだなんて、怪しいことこの上ないが、大丈夫、ここは個室だ、大丈夫……


「それにしても知らなかった、金髪の女性って、アソコの毛も金色なんだ、やっぱり、エヘヘヘヘ……」


 俺はその金色もざ……いや、金色の陰毛を見て、よだれをたらしていた。


「なるほど、これがいわゆる、栗と栗鼠。上品な言い方をするならば、陰核(いんかく)。これ、触ったら、どんな感じになるんじゃろうか……?」


 いやらしい気持ちではなく、知的好奇心から陰核に触れてみようと指を伸ばした時、俺は大事なことを思い出した。


「いやいやいや!! アホけ!! アホけ!! 栗と栗鼠、鴎外先生言うところの『おかんこ』を見て、興奮しとる場合じゃないわいね! 何しにトイレに来たと思っとるんじゃ!! 思い出さにゃあ! 池田勝正いけだかつまさ時代のことを!!」


 我に帰った俺は便器から立ち上がって、パンティーとズボンを上げて大事な部分を隠し、再び便器に座って、心を落ち着けるために瞳を閉じた。


 瞳を閉じると、さっきまでまじまじと見つめていた女性器の残像が頭の中にこびりついて困ったが、「これからは見ようと思えば毎日見れるんじゃけぇ……」などと思うことで、ようやく心を落ち着けた。


 そして、自分が池田勝正時代のことをどこまで思い出したところで、ピッチングをさせられることになったのか振り返ることから始めた。


 ……たしか……そうだ、池田勝正がいくら変化球やコントロールを磨いたところで、ストレートの最高球速が128キロじゃ、お話にならなかったってところで、あの女キャッチャーに話しかけられて、試合に引きずりこまれたんじゃ……


 思い出せ……思い出せ……


 そう、俺が高校3年生の時、俺が通っていた住之江松井学園すみのえまついがくえんの野球部は甲子園春夏連覇を達成した。


 もちろんベンチ入りなど夢のまた夢の俺は、その連覇の瞬間をスタンドで、メガホンを手に持ちながら眺めていた。


 悔しかった。


 胴上げ投手になりたかったなどとまでは言わない。


 せめてベンチで見たかった、背番号10の2番手投手ぐらいにはなりたかった。


 だから俺は住之江松井学園の春夏連覇という快挙を、心の底からは喜べなかった。


 暗い気持ちのまま過ごしていた、春夏連覇後の夏休み最終日。


 俺は……


「ヴィクちゃん、いるんでしょ!? 早く出てきて!!」


 ズコォ!!

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