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第6球「死球より、子宮が好き」

『さあ、2球目のサイン交換が終わりまして、ヴィクトリア、第2球、投げました! またしても、変化球! バッター、か・ら・ぶ・りぃぃぃぃぃぃっ!!』


 いよーし!!


 2球で追い込んでやったぞ、コンチクショー!!


『ダイナさん、今の球はなんですか?』


『スラーブですねぇ』


『ああ、ヴィクトリアお得意のスラーブですか』


『でも、さっきのバッターに当てたのもスラーブですからねぇ、この打席は投げてこないかと思っていたんですけど、投げましたねぇ』


『バッターの裏をかいた見事な配球と言ったところでしょうか……さあ、ヴィクトリア、2球で追い込みました!!』


 さすがホーム球場だけあって、ヴィクトリアがストライクを取る度に大歓声があがって心地よい。


 でも、なぜだろう?


 女子野球のはずなのに、歓声の大半が黄色いんだけど……いや、むしろ野太い歓声なんかどこからも聞こえないぞ、ホワイ?


 まあ、今はそんなことを気にしとる場合じゃないか……さて、キャッチャーさんよ、3球目は?


(今日のヴィクちゃんは何かおかしいから、無駄球は投げさせない……決め球フォークで3球三振よ!!)


 ええええええええええー?


 今、満塁なのに、ホントにフォーク投げていいんですかー!?


 ヴィクトリアはフォークの変化量も当然7よ。


 パ○プロのキャッチャーだったら必ず取ってくれるけど、ホントに取ってくれるん? あの女キャッチャー……


(大丈夫だから! 何があっても私が絶対に止めるから安心して投げてきなさい!!)


 俺がフォークのサインを見て、戸惑っていると、女キャッチャーが両手を大きく広げるジェスチャーをした、俺はそれを「絶対止める宣言」だと解釈した。


 よし、そこまで言うんなら、投げちゃろう!


 野茂(のも)や佐々木が泣いて謝る、変化量7のスーパーフォークをよぉぉぉぉぉぉ!!


『さあ、ヴィクトリア、第3球、投げました! 空振りさんしぃぃぃぃぃぃぃぃぃんっ!!!! ヴィクトリアの決め球、フォークを前にバットは空を切りました!! わずか3球で仕留めました、ヴィクトリア!! これでスリーアウトチェンジ!!』


 はあ、よかった……


 俺の投げた、変化量7の大落差フォークを女キャッチャーはきっちりとキャッチしてくれた。


 3分の1だけの登板とは言え、5球でチェンジか、早いなぁ……


 これで9回裏に逆転すれば、俺……というかヴィクトリアは5球で勝利投手か。


 いや、別に珍しくもなんともないな、世の中には打者に1球しか投げないで勝利投手になった選手が相当数いるというし……


「やあ、ヴィッくん、さすがのフォーク、見事な三振だったね」


「ん? ああ、ありがとう……」


 マウンドを降りて、ベンチに引きあげる俺に話しかけてくる選手がひとり。


 俺のことを「ヴィッくん」と呼ぶのはもちろんあのイケメンショート。


 誉められているのに無視するのもアレなので、一応返事はする。


「……なのになんで押し出し死球なんか与えてしまったんだい?」


 さっきから思ってたけど、このイケメンショート、一言多いよな。


「うるせーよ、てめえ……」


 だから、ついつい返事が乱暴になる。


「おお、怖い……ボクは死球より、子宮の方が好きだなぁ……」


「ああん?」


 ああ、こいつは何を言うとるんかさっぱりわからん……


 どうせなら、あのお上品なお嬢様方に三振をねぎらってもらいたかったものだが、ここがホームである以上、引きあげるのは1塁側のベンチ、セカンドとファーストのお嬢様方がわざわざマウンド経由で、1塁側ベンチに帰るわけもないのであった。


 逆にショートはマウンド付近を通らないと、ベンチに帰れないから話しかけてくるのであろう。


 そう言えば、あの独り言が不穏な目隠れサードは話しかけてこなかったな……まあ、あんな暗い奴に話しかけられても返事に困るだけだから別にいいけど。


「知ってるかい? ヴィッくん、どんな女の子もね、子宮に届きそうなぐらい、深くちつに指をさしこむと、一瞬でボクのとりこに……」


「いや、グラウンドでド下ネタやめいや!!」


「おおう……」


 まったく、神聖なグラウンドで何を言うとるんじゃ、こいつは……


 俺は、その「神聖なグラウンド」で、ふたなりのこととか考えていた自分のことは棚にあげた。


「いったい、どうしたんだい? ヴィッくん。ボクとキミの間では、このぐらいの下ネタなんて日常茶飯事じゃないか」


「うっせ、うっせー!」


 ああ、めんどくさ……今は下ネタチームメートにツッコミ入れとるヒマはないというのに……ひとりであれこれ考えて、いろいろ思い出したいところであるのに……ていうか、下ネタが日常茶飯事て、ヴィクトリア、どういう奴なんだよ?


 ベンチに引きあげる時に気づいたが、この球場は内外野ともに綺麗な天然芝で、まるでズムスタのようである。


 そして、よくよく見てみれば、選手たちの被っている帽子は赤く、ユニフォームは白が基調で、差し色が赤だ。


 あれ?


 ここって本当に異世界なの?


 ひょっとして、広島市だったりしない?


 もちろん、そんな問いに答えてくれそうな人はひとりもいない。


 俺がベンチに戻ると、いろんな選手たち……もちろんみんな女性選手……がハイタッチを求めてきたので、そりゃあ応じる、拒否るわけにもいくまい、いや、勝ち越されてるんだから、拒否ってもおかしくなかったかもしれないが、拒否れない、俺の心のお人好し。


「ねぇ、ヴィクちゃん、話があるんだけど……」


 一通りハイタッチを終えた俺に話しかけてきたのは、もちろん女キャッチャーである。


 そりゃあキャッチャーとしては、ピッチャーの様子が普段と違ったら、話したくなるのは当然じゃろう。


 しかし俺は、まだぼやけている池田勝正いけだかつまさ時代の記憶を取り戻したい、そのためにも女キャッチャーと話をしている場合ではない。


 ここは嘘も方便、行こう大便……


「連れション」なんて言葉もあるように、「おしっこ行きたいからごめん」などと言えば「じゃあ、私も一緒に行く」などと言われかねないが、さすがに「大きい方」だと嘘をつけばついてこないはずだ、ひとりになれるはず……「連れウ〇コ」なんて言葉は、今までの人生で1回も聞いたことがないぞよ……


「ごめん、ちょっとお腹痛いから、トイレ行かせて」


「え? お腹痛いの? 大丈夫? だからさっきおかしかったの?」


「だ、大丈夫、大丈夫、こんなもん、トイレで出すもん出せば、すぐ治るから……じゃあ、ちょっと失敬……」


「あ、ちょっと、ヴィクちゃん!!」


 俺はわざとらしくお腹をさすり、苦しそうな声でしゃべって「大きい方」であることをアピールしてから、ものすごい勢いで、ベンチ裏にあるに決まっているトイレに向かって駆け出した。


 もちろん、実際にはお腹なんてまったく痛くもなんともないし、便意も尿意も感じていない、すべてはひとりになるための演技である。


 俺は早く記憶を取り戻したい、そして、どうしてもトイレで確認したいことがいくつかあった。


 それは……

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