第4球「金髪ドリル、ペッティング」
あらまあ、古典的な関西弁の次は、これまた二次元でしか聞いたことのない、旧時代のお嬢様言葉でございますわよ、オホホのホ、あんたバカね、オホホ。
閑話休題、俺はその声の主の方を見て、ギョッとした。
その声の主は、これまた二次元以外で見たことのない金髪ドリルのお嬢様だったからだ。
俺……というか、ヴィクトリア・ペンダーグラスは綺麗な金髪ストレートだが、このお嬢様はドリル。
「うわー、すげー、金髪ドリルじゃー、モノホンじゃー」
初めて生で見る金髪ドリルの衝撃に、俺は思わずふるさとの訛りを出してしまう。
「ちょ……ヴィク様、いきなり何をなさいますの?」
「え? 何って……うわぁっ!!」
その金髪ドリルに言われるまで気づなかった。
自分が無意識のうちに、その金髪ドリルのドリル部分を思いっきり触っていたことに。
つまり、ツインテールのテールの部分を触っていたのだ、そして、どっかの独裁者一家の末っ子の坊やのように、クルクルしちゃっていたのである、金髪ドリルのドリル部分を、クルクルミュークルドリーミー……
「ご、ごめん、つい……」
いくらなんでも、初対面の女性の髪の毛に触れるなどという無礼を働いたことを俺は詫びたが、
「い、いえ、別に構いませんことよ。むしろ、ヴィク様にわたくしの髪の毛を触っていただけるなんて、こんなに光栄なことはございませんわ。わたくし、もう一生髪の毛は洗わないことにいたしますわね」
「いや、それは洗った方がいいと思うけど……」
金髪ドリルの反応はなんとも予想外なものだった。
誰か知らんが、この金髪ドリルはヴィクトリア信者のようだ、ヴィクトリアのことを「ヴィク様」と呼んでいるぐらいだからな、だから髪の毛触ってもセーフなのだ……そう、セーフ! セーフ!! セーフ!!! オレは村田だ、文句あっか!!!!
「あらあら、ウフフ。よかったですわね、カトレア様」
そんな金髪ドリルに、これまたお嬢様口調で話しかける内野手がひとり。
長くてツヤツヤストレートの髪が美しい清楚系美女。
「ああ……押し出しデッドボールのせいで、みんな打ち首獄門か……死球で死刑……ああ、世界残酷物語……」
暗い顔して、抑揚のない小さな声で何やら不穏なことをブツブツつぶやく内野手がひとり。
ショートカットの目隠れ女。
目隠れとはまた、二次元にしかおらん、前髪で左目隠して、ちゃんとボールが見えるんか?
「せめて流罪がよかったなぁ……流罪はいいぞぉ……流人は誰とも会わずに生きてけるんだからなぁ……アハ、アハハ、アハハハハ……」
……こ……怖いから無視しよーっと……
「フフフフフ、いきなり公衆の面前でペッティングとは、君もなかなかやるじゃないか、ヴィッくん」
「ブハッ!!」
内野手の最後のひとりの発言に、俺は何も口にしていないのに、思わず何かを吐き出す素振りをしてしまった。
これもまた二次元にしかないやつじゃのう……なんか飲んでる時に、変なこと言われて、飲み物吹くやつ、現実では一度も見たことないが、二次元ではよく見る……
「な……な……何を言うとるんじゃ、この女は!?」
思いもよらぬ言葉に興奮してまたしても、ふるさとの訛りを隠せない俺が見たその女は、これまたショートカットで、女のわりには美少年顔の、いかにも女子にモテそうな感じの女子だった。
そう、イケメン女子。
女子だよな……いや、ここまで来て、内野手の最後のひとりだけ男とは言わんじゃろう、さすがに……
「何をって、なんのことだい?」
「髪の毛触ることのどこがペッティングなんだっつってんだよぉぉぉぉぉっ!」
女子とは言え、イケメンに対してコンプレックスでもあるのか、ついつい大声になる俺。
「おやおや、バカげたことを言ってくれるじゃないか、ヴィッくん。髪の毛を触るのだって、立派なペッティングだよ、髪の毛触られただけで感じてイッちゃう女の子もいるんだからね。このボクが言うんだから、間違いないよ、フッ」
そう言って、イケメン女子は突然、帽子を投げた、まるでジュリーのように。
そして、それを自ら拾いに行って、すぐにマウンドに戻ってきた。
「いや、なんで帽子投げたし!!」
「いやぁ、つい癖で……」
「どんな癖だよ!!」
このボケボケイケメン女子を前にしては、俺はツッコミ役にならざるを得ない。
……っていうか、髪の毛触るのってペッティングなの?
おかしいな、ペッティングってのはたしか、性器、あるいは胸部・臀部 等に触れることじゃなかったのか?
え? 俺の知識が間違ってるの……?
「ねえ、エンマ、ペッティングってなんですの?」
「さあ?」
お嬢様口調のふたりには下ネタはわからないらしく、ニコニコ微笑んでいるのみ。
もちろん、ペッティングの説明をいちいちお嬢様たちにしてあげるような野暮な奴は、このマウンドにはいない。
「島流しになったら、アホウドリを捕まえて生きていこうかな。それとも菅笠でも編んで生き延びようか、フフフ、フフフフ……」
もうひとりの暗い女は不穏な一人言が止まらず、いちいち聞いていられない。
「そんなことより、いいのかい? ヴィッくん」
さっきから、このイケメン女子は俺のことを「ヴィッくん」と呼んでいるが、どうにも俺にはその呼び方が気に入らなかった。
その理由は……
「いや、ヴィッくんって呼ぶなよ、お前! いやらしい意味に聞こえるじゃろうがよ!!」
俺の抗議を聞いたイケメン女子は、まったくひるむことなく不敵な笑みを浮かべた。
「おやおや、いやらしいってどういう意味なのかなー? ヴィッくん」
「それはー……そのー……女の子の敏感なところを触って、感じた女の子がヴィックン、ヴィックン……」
「いい加減にしなさい!!」
自分でも何を言うとるんじゃろうかと思いながらも、勝手に開く口をどうすることもできずにいたら、くだんの女キャッチャーに一喝されてしまった。
「神聖なマウンドでなんの話をしてんのよ、あんたたちは!!」
俺とイケメン女子が下ネタを連発したせいか、女キャッチャーは顔を真っ赤にしてプルプルと震えていた。
これはあれだ……これまた二次元でよく見る「ゴゴゴゴゴ」ってやつだ……
ここでこの女キャッチャーにキレられて、補球をサボタージュされてしまっては大変に困るし、女キャッチャーの言ったことはまったくもって正論で、100パーセント正しいのだから、ここは素直に謝ることにしよう。
「ご、ごめん……」
「ヴィクちゃん、いつもと調子が違うから心配してたのに、そんなド下ネタ話す元気があるんなら、大丈夫そうだね!!」
そう言った女キャッチャーは笑顔だったが、これまた二次元でしか見ないような怒筋がほっぺに浮かんでいるような気がして、俺は震えた。
「ご、ご、ご、ご、ご、ご、ご、ご、ご、ごめんて……」
恐怖のあまり、謝罪の言葉が震えまくってしまった。
「ねえ、エンマ、下ネタってなんのことですの?」
「さあ……」
お嬢様ふたりは鷹揚なのか、はたまた世間知らずなのかなんなのか、なんの邪心も抱くことなく、ニコニコ微笑んだまま、俺たちのことをのんびりと見つめていた。
「下ネタ……流罪になったらネギ育てて生きようかな……でも3食全部ネギってのもなぁ……」
目隠れの女はずっと不気味な一人言を言い続けていて、誰とも会話しようとはせず、はっきり言って、気持ち悪かった。
それにしても……女子だらけのマウンドがこんなにもかまびすしいものだったなんて、知らなかったよ……隣にいつもいたなんて……
「おおう、公然と浮気されたもんだから、君の正妻が激怒しているよ、ヴィッくん。ちゃんとご機嫌取らないとダメじゃないか」
「は? 正妻?」