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第3球「ただいまの決まり手は、押し出し」

 ……なんて、一部の人にしかわからないブラックジョークをかましてる場合ではない、投げなければ。


 女キャッチャーが俺に指示したサインによらば、ヴィクトリア・ペンダーグラスの球種はストレート、スライダー、スラーブ、フォーク、シュート。


 池田勝正(いけだかつまさ)の時と一緒の球種だけど……おかしいな、ゲームの中のヴィクトリアはこの他に、シンカー、ナックル、超スローボールを投げられるはずだが……まあ、いずれもこの局面では必要ないと、あの女キャッチャーが判断したんじゃろう。


 冷静に考えれば、満塁のこの局面で、ナックルと超スローボールを投げさせる勇気のあるキャッチャーはおらんじゃろうな。


 でも、シンカーぐらいは投げてもいいんじゃないかと思うんじゃけど……すごいよな、ゲームの中だとサイドスローでもアンダースローでもないヴィクトリアがシンカー投げられるんだぜ、スリークォーターなのに……


 って、また女キャッチャーが大きなジェスチャーで、(サインを見ろや)的なことを言っている、見ないと、見ないと……


(ああ、やっと見た……2球目はストレート、内角低め。相手は、球種の多いヴィクちゃんが、2球続けてストレートは投げてこないと思っているはずだから、裏をかくよ)


 ええー、やだ。


 俺、スラーブ投げたい。


『おおっと、ヴィクトリアがサインに首を振りました』


(ちょっ……なんで首振るのよ? じゃあ何が投げたいの? フォーク? シュート? スライダー?)


『ヴィクトリアがまたしても首を振っています。これは非常に珍しいことです』


 理由なんかない。


 俺はスラーブが好きなんだ、だから投げたい。


 それだけ……


(じゃあ、スラーブ?)


 ああ、やっとスラーブのサイン出たよ……


 うん。


『さあ、ヴィクトリアがようやくサインにうなずきました。振りかぶって、第2球、投げました!』


 投げた瞬間、俺は思った。


 あ、ヤバい……と。


 でも、もうリリースしちゃったんだから、あっ、どうすることもできやしないわよねぇ……


『うわぁぁぁぁっとぉぉぉぉぉぉ!! なんとなんとぉぉぉぉぉっ!! ヴィクトリアが投げた2球目は相手のバッターに当たってしまいました! これは押し出し! 押し出し!! 押し出しぃぃぃぃぃぃぃっ!!! なんと、アニマルズ、押し出しデッドボールで1点勝ち越し。4対5、アマゾネス、ヴィクトリアを投入しながらも、1点リードを許すはめになってしまいましたぁぁぁぁぁぁっ!!』


 ああ、いっけねぇ……


 全能力Sでカンストのヴィクトリアは当然、すべての変化球の変化量が最大の7だ。


 それなのに、せいぜい変化量が1か2の池田勝正の時と同じ感覚で放ってしまった。


 そりゃ当たるよな、パ○プロなら、わざと死球を当てることはできないようになってるけど、これ、パ○プロじゃねぇもんな……


『なんとなんと、ヴィクトリアの変化球が曲がりすぎて、バッターのお腹をちょ・く・げ・きぃぃぃぃっ!! 思わぬ形で勝ち越しを許し、静まり返るスタジアムであります』


 今が9回表であることと、対戦相手が得点してもお客さんが静まり返っている辺り、どうやらここはホーム球場であるらしい。


 ホームで、押し出し死球で勝ち越し許すて、とんでもないことしちゃったな、俺……でも、まだ9回表だし、試合終わってないし……


『おおっと、この押し出し死球を見て、ベンチからトム・ベル監督が登場であります』


 ヤベェ、ベンチから誰か出てきた……俺、もう降板させられんのかな?


 まだ2球しか投げてないのに……


『監督の登場に、アマゾネスの内野陣もマウンドに集まります』


「おい、ヴィクトリアのいとはん。何、押し出ししてくれとんねん」


「あ?」


「監督。さっきからヴィクちゃん、おかしいんですよ。暑さにやられてるのかもしれません」


 ベンチからやって来た、顔がしわだらけの色黒おじいちゃんは、女キャッチャーいわく投手コーチではなく、「監督」らしいが、なんで関西弁なのか?


 ここって異世界じゃなかったの?


「ええか、ヴィクトリアのいとはん。『この局面、私なら必ずや無得点で抑えてみせます』といういとはんの言葉を真に受けて、マウンドに送り込んだんやおまへんか。それをいきなりなんだんねん、たのんまっせ、ヴィクトリアのいとはん」


 それも、いつの時代の関西弁だよ!


 今時、こんな関西弁でしゃべってる人いねえよ!!


 曲がりなりにも、大阪市 住之江区(すみのえく)に約2年半住んでいた俺が言うんだから間違いない!!


 そう思えども、初対面でどんな人物かもわからない監督相手にツッコミを入れられるほど、俺は破天荒ではなかった。


「まあ、この局面を抑えられるピッチャーはヴィクトリアのいとはん以外にはおらへんのやから交代はないで。あと1アウト、しっかり取りなはれ、しっかりな」


「はい……」


「ほんまにたよりにしてまっせ、ヴィクトリアのいとはん」


 監督は自分の言いたいことだけ言って、さっさとベンチに帰っていった。


 俺はそんな監督の古典的な関西弁に圧倒されて、「はい」と言うことしかできなかった。


 今時、あんな関西弁でしゃべる人、日本にはおらしまへんえ……谷崎潤一郎(たにざきじゅんいちろう)の小説の登場人物じゃねぇんだからよぉ……今時「いとはん」て……「いとはん」て……たのんまっせ、マチカネイトハン!!


 閑話休題、監督も言ってたけど、あと1アウトなんだよ。


 ストレート最速175キロで、すべての変化球の変化量が7のヴィクトリアが1アウト取るなんてたやすいに決まっている。


 当てちまったもんは仕方がないんだから、ここは切り替えていこう。


 マウンド上でそう決心した俺に話しかけてくる内野手がひとり。


「ヴィク様、押し出しだなんてらしくありませんわね。いったいどうなさいましたの?」

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