第17球「お風呂、一緒に入ろうね」
1回表のあらすじ
「幼女を助けるため道路に飛び込み、自らは死亡した、冴えない高校球児・池田勝正は、極楽浄土が定員オーバーというとんでもない理由で、自分が書こうとしていた小説『もえる異世界ファンタジー野球、僕らのアマゾネス』の主人公たる美少女二刀流カンスト野球選手ヴィクトリア・ペンダーグラスとして生まれ変わることになる。それを手引きしたロリ閻魔大王いわく、『自分が創造主たる異世界は、なんでも自分の思う通りに設定できて、極楽浄土以上に幸福』 しかし、疑り深い池田勝正は、しっぺ返しを恐れ、地獄に落とされることに怯えていた。そんな池田勝正……もとい、ヴィクトリア・ペンダーグラスに『幸福』という言葉の本当の意味を教えてくれるのが、幼なじみのキャッチャー、セシリア・ウィルソンなのだ!!」
「ハァー、テレビもある、ラジオもある、自動車めちゃくちゃ走ってる、ステレオある、冷蔵庫ある、中にはコーラも入ってる……」
試合終了後、俺が連れてこられたのはアマゾネスの寮だった。
その寮の最上階にあるスイートルームに入室した俺は思わず、かの有名なラッパーのものまねをしてしまった。
その言葉通り、スイートルームにはテレビもラジオもステレオも冷蔵庫も、家電製品は一通り置いてあった。
まあ、テレビは昔懐かしいブラウン管だし、ラジオもアナログ選局の古めかしいラジオだし、ステレオもCDじゃなくてレコードのステレオなんだけど。
寮には、野球チームらしく、バスで連れてこられたわけだが、その時、自動車がめちゃくちゃ走っているのを目撃した。
やっぱりこの異世界は、俺の設定した通り、1970年代後半から1980年代前半くらいの文明度であるらしい。
なぜ、その文明度にしたのかと言えば、親父がことあるごとに「俺が子供の頃はよかった」と言っていたからである。
親父いわく「俺が子供の頃は、インターネットとかなくて、退屈と言えば退屈だったけど、誰か知らない、顔を見たこともない人の言葉に怯えることもなかったし、何より、今みたいに時間に追われて、セカセカ生きなくてもよかった。のんびり本でも読んで、レコードでも聴きながら暮らせていたあの時代が懐かしい。今はコンテンツが多すぎて忙しすぎるし、ネットのせいでいろんな人に気をつかわないといけないから、生きづらい……」
そんな愚痴を散々聞かされてきた俺は、自分の小説の文明度を親父の言う「のんびり暮らせていた」時代に設定したのである。
設定の話が続いて申し訳ないが、アマゾネスの選手は身分問わず、全員寮暮らしであり、寮は二人一部屋。
部屋のグレードは選手の成績によって決まり、チームの「エースで4番」たる二刀流のヴィクトリアの部屋はもちろん、ホテルのスイートルームのように広くて、豪華な調度品の並ぶ最高級部屋。
煩悩まみれの前世の俺がそういう風に設定したのだ、そしてヴィクトリアと同じ部屋に住んでいるのはもちろん……
「はい、ヴィクちゃん、『ラブスポ』」
スイートルームに入って、手持ちぶさただから、一人掛けのソファーに座っていた俺に、セシリアが何かを渡してきた。
「う、うん……ありがとう」
俺はセシリアの言う「ラブスポ」がなんなのかわからなかったが、とりあえず受け取った。
受け取ったそれは、誰がどう見ても新聞紙だった。
何もすることがないので、その新聞紙の一面を見てみたら、見慣れたひらがな、カタカナ、漢字で、こう書いてあった。
「ヴィクトリアが決めた! 劇的逆転満塁サヨナラホームラン!!」
うん、間違いない。
これは「スポーツ新聞」だ。
ついさっきの試合の結果が載っているということはつまり夕刊か、スポーツ新聞で夕刊て、東スポかよ……東スポよりはまじめな新聞っぽいけれども……少なくとも、一面に河童が載っていたりはしない。
異世界ものの定跡では、謎の象形文字を使用していて、日本人は、異世界人と会話はできるくせに、異世界の文字は読めないというのが普通なのに、この異世界ではひらがな、カタカナ、漢字を使用しているので、文字が読めないわけはなかった。
さすがは自分が設定した異世界、とことん俺に優しい世界だ。
そのスポーツ新聞、セシリアいわく「ラブスポ」を読むに、ヴィクトリアは「領有権シリーズ」なるものに、第4戦から4連投して、チームを逆転の4連勝に導き、それゆえ「チャーリーバード島」という島の領有権が、ラブリンド王国のものになったらしい。
俺が普通の転生者だったら、頭の中が「???」になったところだろうが、いかんせん、これらもすべて俺が設定したもの、意味がわからないなんてことはないのである。
ひとつひとつ説明してみるに、前話でさらっと書いた「戦争の代わりに野球で政争のけりをつけるようになった」という設定を、この作品でも受け継いでいるので、「チャーリーバード島」という島の領有権を巡って、「領有権シリーズ」というのが行われていたのである、「シリーズ」だから当然、7戦して、先に4勝した方が勝ち。
そのシリーズで、ヴィクトリアが所属するラブリンド・アマゾネスは第1戦から3連敗を喫したが、第4戦からヴィクトリアが4連投4連勝してケモミミ・アニマルズをくだし、大逆転で「チャーリーバード島」の領有権はラブリンド王国のものになったのである。
ヴィクトリアはラブリンド王国の国民であり、「アマゾネス」は野球のラブリンド王国代表のチーム名。
ヴィクトリアの4連投4連勝ってのはもちろん、かの有名な「巌流島の決闘」における、稲尾和久投手の4連投4連勝の影響をもろに受けて、そういう設定にしたのである。
現代ではまずあり得ないことであるが、ファンタジー世界だから別にいいじゃんと思ってしまったのだ、現に日本シリーズで中継ぎ投手に4連投どころか、6連投もさせた監督は2010年代にも存在しておるわけだし……
とりあえず、俺は明日からこう呼ばれることだろう、「神様、仏様、ヴィクトリア様」と……
そんな「ラブスポ」……ラブリンド王国のスポーツ新聞だから、略して「ラブスポ」……を読み進め、真ん中のエッチなページにたどり着くと、なぜかそこに一冊の大学ノートが挟まっているのを見つけた。
俺は、異世界のスポーツ新聞にもやっぱりあったエッチなページを読みたい気持ちをおさえ、その大学ノートを手に取り、ページをめくった。
そのノートは……あのロリ閻魔大王に奪われていた、「もえる異世界ファンタジー野球、僕らのアマゾネス」の設定を書いていたノートだった。
そのノートの最後のページに、明らかに俺の筆跡じゃない文字で、こう書いてあった。
「お主が、自分で創った設定を忘れたりしたら可哀想じゃから、この設定ノートはお主に返却することにしたゾ。これでお主は、その異世界でまさに極楽浄土以上の幸福を味わうことができるのじゃ。すべてそのノートに書いてある通りに、ことが進むんじゃからのう。まさにデスノートの反対、リブノートと言ったところじゃな、カッカッカッ……いや、ハッピーノートとでも名付けておこうかの、ホホホホホ。それでは、異世界でのハッピーライフを満喫するがよいゾ。閻魔」
俺とても、自分が設定したことすべてを記憶しているわけではないので、このノートを返却してもらえたのは喜ばしいことだ。
でも俺はまだどこかで、あのロリ閻魔大王のことを胡散臭いと思っている。
いつの日か「ガハハ! バカめ!! なんでもかんでもお主の思い通りになるなんて、そんなうまい話があるわけなかろう!! 異世界で快楽の限りを尽くした、強欲なお主はこれからの700年間、死ぬことも生まれ変わることもできず、魂だけの状態で、無為な日々を過ごすという罰を受けるのじゃ!! ショット・ウェポンのようにな!! ガハハハハ!!!!」とかなんとか言われそうで怖いのである。
そういう、バッドエンドの大どんでん返しがあるような気がしてしまうのだ、野球の本だけでなく、文学小説もたくさん読んできた我が身としては……
およそ、歴史に名を残す、名作文学小説の主人公は9割方バッドエンドを迎えているからね……自分もそうなりそうで怖い怖い……
「ああ、ヴィクちゃん! 何、エッチなページ読んでるのよ!!」
俺から「ラブスポ」を取り上げたのは、もちろんセシリア。
セシリアと俺以外、このスイートルームには誰もいない。
「い……いや、別に読んでないよ……」
「ホントにぃ?」
「ホントだよ! 読んでないよ!!」
こればっかりは冤罪なので、強く否定せざるを得ない、俺が読んでいたのはノートに書かれたロリ閻魔大王からのメッセージなのであって、スポーツ新聞のエッチなページなどでは決してない。
「そんなことより、テレビ見ようよ。そろそろニュース番組が始まる時間だよ」
一度は、上目づかいで疑いの目を向けてきたセシリアだが、すぐに笑顔に戻って、大きいソファーに座り、テーブルの上に置いてあるリモコンを使って、テレビをつけた。
『いやー、ダイナさん、実況していた我々としても、このヴィクトリアの逆転満塁サヨナラホームランには大変しびれましたですね』
『そうですねぇ、カレンさん。ここで打ってほしいってところでホントに打ってくれるんですから、ヴィクトリアってのは実に素晴らしいバッターですね、まさに神ですよ、神』
「ほら、『世界の』カレンアナと、『レジェンド』ダイナさんもヴィクちゃんのこと誉めちぎってるよ!」
セシリアにそう言われて、目を向けてみたテレビに出ているアナウンサーと解説者は女性だった。
しゃべっている言葉だけを見ると、おっさんだと思ってしまいがちだが、声は明らかに女性の声だったし、実際画面を見ると、誰がどう見ても女性だった。
その理由を俺はもちろん知っているが、あんまり説明ばっかりしているとお互い疲れるので、また後日にしよう。
それにしても、改めて見回してみるに、このスイートルームというのは、なんともエロい。
スイートルームには当然、お風呂もトイレもベッドもある。
そんな部屋に、かわいいセシリアと二人きり。
鍵かけてるから、誰にも邪魔されることなどない、あり得ない。
そんな状況で、
テンション上がらぬわけがない!
変なことし放題でねーの!!
「どうしたの? ヴィクちゃん。私のこと、ジッと見て」
「い、いや、別に……」
スイートルームの放つ「妖しい」色気に惑わされた俺は図らずも、セシリアのことをガン見していたようだった。
そのことを指摘された俺は、あわてて目を閉じて、ソファーに思いっきりもたれかかり、天をあおいだ。
そうしないと、今すぐにでもセシリアに飛びかかってしまいそうだったからだ、いくら今は女同士でも、さすがにそれはまずかろうて、かろうて……
ユニフォームの時よりも薄着、Tシャツ姿のセシリアをガン見して、俺は興奮隠し切れない、でも興奮を沈めねば、ねばねば……
「フフッ、ヴィクちゃん、さすがにお疲れみたいだね。4連投だもんね、そりゃ疲れるよね」
「そうだね」
「今、お風呂にお湯入れてるから、いっぱいになったら一緒に入ろうね」
「なんですと?」
セシリアの思いもよらぬ発言に、時が止まった。