第10球「ベタでーす!!」
あれこれ考えながら、ネクストバッターズサークルにたどり着いた俺だが、池田勝正時代の記憶を取り戻すのに必死で、立ってなんかいられなかった。
ネクストバッターズサークルにしゃがみこみ、あごに手を当て、必死に思い出す、池田勝正、高校3年生時の夏休み最終日のことを……
それにしても、ネクストバッターズサークルでしゃがみこむだなんて、まるで「ミスター赤ヘル」にでもなった気分だね。
いや、今の俺はヴィクトリア・ペンダーグラスなんだから「ミスター」じゃなくて「ミス赤ヘル」か……
ふと気になって、ヘルメットを脱いで見てみたら、たしかに赤ヘルだったが、さすがにヘルメットに白地で書かれているアルファベットは「C」ではなく、「LA」だった。
LA?
ロサンゼルス?
ここってロサンゼルスなの?
言われてみれば暑いし、カリフォルニア州のような気がしないでもない……
いやいや、ヘルメットの色が、全然ドジャーブルーじゃないよ!!
真っ赤だよ!
真っ赤だよ!!
つたのはっ……
って、今はそんなこと考えてる場合じゃない、記憶、記憶……
俺は再びヘルメットを被って、集中するために目を閉じてから、記憶を呼び起こす。
あの8月31日、大阪市のとある歩道を、なんの気なしに歩いていた時……
車道に転がったボールを拾いに行く幼女を見かけて「危ない」と思った。
果たして、そんな幼女に迫る大型トラック。
たまたま歩道にいた、大阪のおばちゃんたちの悲鳴が響く。
「誰か! 誰か、あの子のことを助けたって!!」
次の瞬間、車道に走り、幼女を突き飛ばした俺がいた。
そして大型トラックは幼女ではなく、俺のことを……
ってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!
な、なんというこっちゃい!!
トラックに轢かれて異世界転生だなんて、ベタ中のベタ、ベッタベタじゃないか!!
TS転生と異世界ファンタジー野球なんて、定めしひねくれた設定にしておいて、なおかつ転生した理由の説明を第10球まで引っ張っておきながら、この
「ドンドンドン! ベタベッタ! ドドンドドン! ベタでーす!」
な、トラックで轢死オチとは、なんという裏切りぞ!!
ああ、恥ずかしい、恥ずかしすぎる……もう死んだ時のことなんか絶対思い出したくない!!
こんなベタな死に方をしたということを思い出すよりも、今ここで全裸になる方がよっぽど恥ずかしくない!!
ならないけど……ここで全裸になったら間違いなく即退場だからな、退場はダメよ、日曜はダメよ……
なんにせよ、トラックに轢かれたことなんて、忘れよう、うん、忘れよう……不快な記憶を消去することができるというのは、神が人間に与えし特殊能力のひとつ……なのに、いちいちネットとかノートとかに書き残して永遠の記憶にしちゃってる人たちはバカみたい……書き残すことによって、不快な記憶を永遠に忘れることができなくなってしまうのに、そんなことにも気づけないだなんて、なんともはや、アホウドリ……或阿呆の一生……敗北……敗北の文学……
って、何を頭の中でひとり連想ゲームをしとるんか俺は……悪い癖だぞ、ホント、改めよう……
閑話休題、トラックに轢かれた時は怖かったよなぁ、そう、まるでこんな感じの猛スピードで俺に迫ってきて……
「って、おわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
『うおおっとぉぉぉぉっ! カトレアの放ったファールボールが、ネクストバッターズサークルにいたヴィクトリアの方に飛んでいきましたが、ヴィクトリア、かろうじてよけましたぁっ!』
金髪ドリルお嬢様のファールボールをよけるため右に傾いた俺はそのままグラウンドにうつぶせに倒れこみ、まるでヘッドスライディングをしたみたいになってしまった。
まだ打席にも立っていないのに、ユニフォームが土で汚れ、観客の失笑が聞こえてきた。
いや、俺に2度目の死を迎えさせるつもりかい! あの金髪ドリルお嬢様はよ!!
もちろん、わざとではないとわかってはいるけれども、大型トラック並みの猛スピードで硬球をかっ飛ばしてきた、金髪ドリルお嬢様にカチンと来て、つい、にらみつけてしまった。
すると、金髪ドリルお嬢様は顔の前で合掌して、謝るような仕草をした。
察するに、
(も、申し訳ございません、ヴィク様。次からはヴィク様の方に飛ばさないように気をつけますから、お許しくださいましね)
とでも言いたいのではなかろうか。
うん、かわいいから許す!!
諦めたまえ、世の中なんてそんなもの……
今はもう、猫も杓子も面食いだらけで、息苦しくて窒息寸前の、殺伐とした残念な世の中だよ……オタクが「顔が好き」って言っても「顔だけかよ!」じゃなくて「ありがとう」って言われる時代になっちゃったんだから、もうダメ、もうダメ……
閑話休題!!
池田勝正が死んだくだりはもういい、ベタすぎて恥ずかしいから細かい描写なんか絶対にしないとして、そのあと出会ったんだよなぁ、誰にって?
閻魔大王にだよ!
閻魔大王は俺の顔を見るなり、こう言ったのさ、
「お主は今まで相当悪いことをしてきたのう、お主のような人に手を貸してくれる者はおらんじゃろう」