プロローグ
夕暮れの森の中荒々しい息遣いが聞こえる。
少女は逃げる…自らの命を奪うであろう存在から、おそらく逃げ切ることは出来ないだろう。
なんの抵抗も出来ずに紙屑のようにその命を奪われるだろ
う。
ただ…何の意味もなく、何の価値もなく、何も残すことなくその命を散らすことだけはよしとしなかった。
自らの為に命を落とした父母の為、何もできない私を育ててくれた人達のために私は…この命を使いたかった。
口減らしで見捨てられてもおかしくなかった私をどれだけ苦しくても見捨てなかった村の人達を私は助けたかった、それだけだったそれができるならこの命なんて惜しくは無かった。
少女は木の根に躓き倒れてしまう。
慌てて立とうとするがとうとう追いつかれてしまった。
そこに居たのは魔獣だ。この世界が狂ってしまった原因、理由の無い悪意。
大昔に現れた魔王と呼ばれる存在。そして魔王から生み出された悪意、それが魔獣…人を殺す為だけの存在は人が生きる領域を侵し続けて来た。
少女は、そんな異形を前に怯える事しかできなかった。
命を捨てる覚悟はあっただがこうして死を目の前にして少女は神に祈る事しかできなかった。
魔獣の凶刃が迫るなか見たものは…走馬灯だった。
「今年も凶作だ。」
お父さんが悲しそうな顔をしている…お母さんもだ。
もう何年も作物が実っていない。理由のはよくわからなかったけど魔王が居るかららしい。
魔王という存在がこの世界の大地からマナというものを奪ってしまったからだそうだ。
「お母さん。」
不安そうな顔をする私を見てお父さんもお母さんも私を勇気付けてくれた。
「大丈夫!心配する必要は無いよ。お父さんもお母さんも頑張るから。」
そう言っていつも私の頭をクシャクシャと撫でてくれた。確かにいつも食べるものが少なかったけど家族と一緒にいる間は、どんなに苦しくても幸せだった。
そして私が1番好きだった時間、眠るまでにお母さんがいろんなお話をしてくれる事。中でも好きだったのが、
「お母さん、勇者様のお話しして!」
「ふふ。貴女は本当にあのお話が大好きね眠るまでよ。」
むかしむかしこの世界はとても平和でした。
優しき王によって統治されたこの世界、大地にもマナが溢れて沢山の作物が実り、誰一人不幸な人が出ない、人々が戦などを起こすこともなく、仲良く手を取りながら暮らしていました。
ところがある日突然、その平和は終わりを告げました。
そう。自らを魔王と名乗る存在が現れたのです。
その魔王と名乗った存在は、7人。その7人の魔王の引き連れた魔族、魔獣の軍勢により世界の大半が壊されてしまったのです。
しかし人々は諦めません。魔法使いが、王国の軍勢が集まり魔王を打ち倒すべく戦争を始めたのでした。
…結果は人間の敗北。魔王たちによって大地のマナは枯れ果て魔法使いは魔法が使えなくなってしまったのです。そして魔獣、魔族たちには魔王の力によって魔力を帯びた攻撃でしか倒すことが出来なくなってしまいました。
人間たちは魔王を倒す手段を失いただ滅ぼされるのを待つばかりでした。
しかしそんな絶望の中に一つ希望が生まれたのです。
それが勇者様。
今、人が滅びていないのは彼のおかげなのです。
勇者様は、大地の力を借りずに魔法を使うことができるただ1人の存在。神より賜わった力を手に、7人いた魔王の6人を倒すことが出来たのです。
ただ、最後の魔王を倒すことが出来ずに志半ばに勇者様は倒れてしまいました。
けれど勇者様が倒れた後も新たな勇者達が現れ魔王を倒す為に今も世界のどこかで戦っています。
「…これでこのお話はおしまい。」
お母さんは私の頭を撫でながらそう言う。
「うー、続きもお話してよぉ。」
「続きは私にもわからないわ。でもいつか勇者様が魔王を倒した時もしかしたらこの村にも来てくれるかもしれないわ。その時に沢山お話を聞きましょう。」
「はーい。」
こうやって何度も私は、お母さんに勇者様の話を聞かせて貰った。懐かしい本当に懐かしい記憶だ。
そんなに長い時が経ったわけでは無いのにとても遠く感じる記憶、なのに鮮明に思い出せる記憶。
死んでもいいと思っていた。
村の人を助けたいと思っていた、けれどそれは建前で本当は理由のある死を求めていただけなのかもしれない。
精一杯生きたという証を死の国で父や母にする言い訳を。
けれど私は…最期にこう思ってしまった。
この世界のどこかにある勇者様の旅の、物語の終わりを知りたかった…と。
少女に魔獣の爪が迫るそれは唯の人間ならば容易に命を奪うであろう一撃。
少女は、最期に目を瞑り呟く。
「やっぱり生きたいなぁ。」
その一言と、同時に爪が振り下ろされた…はずだった。
どれだけ経とうと何も起こらない。
少女が目を開けるとそこには、先ほどまで自分を殺そうとしていた魔獣がいた。
それも首から上が吹き飛ばされた状態で。
吹き出す血を見ながら彼女はあまりにも現実離れした光景を見て意識を手放す。
最後に見たのはボロボロの剣を持ち返り血を浴びて赤く染まった少年だった。