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化け物になりたかった男

作者: コロコロ





 私は化け物になりたい。





 例えばニュース番組で誰かが死んだ、或いは不幸な目に合ったと報道された時。


 その時、様々なことを思うだろう。被害者の無念に涙し、そして犯人が見つからなかった時は「被害者のためにも早く見つかって欲しい」という風に思うだろう。しかし、大抵の人は「恐ろしいな、戸締りしておかなければ」といった、身の安全のことばかり考える。被害者の人のことを思うことはあまりないだろう。せいぜい、可哀想だとか、お気の毒にだとか、当たり前かもしれないが、被害者とは他人であって、大体の人は会ったことすらない。そう思っても仕方がない。


 例えば本やドラマ、或いはゲームの中の物語で、悲しい、救いのないシナリオを目の当たりにした時。


 登場人物に感情移入しやすい人は、内容に悲しみ、怒り、または絶望するだろう。けれど、登場人物はあくまで架空の人物なのだと割り切れば、こういう話の展開もあるのかとか、ここからどう巻き返していくのかとか、ここで終わってその後の人生はどうなるのかとか、様々なことを思うだろう。登場人物を自らに当て嵌めることのできる人間は、その先を想像することすら辛いかもしれない。


 けど私は、ニュースに出て来る被害者の不運、本やドラマの登場人物たちの不遇な生い立ちや出来事に涙する。その度に私の胸は辛さのあまりに苦しくなり、暗い感情が押し寄せてくる。


 どうしてこんなひどい事ができるのか。どうして罪なき人たちが悲しい目に合わなければいけないのか。


 そして、どうしてこんな目に合わなければいけないのか。





 私は化け物になりたい。





 世の中には、そして創作物の中には、人の心がないような、他者を不幸にしても平然な人間が大勢いる。人が傷つこうが、嘆き悲しもうが、不幸になろうが、そんな人たちを笑いながら踏みにじるような人間が。


 彼らは、壊れているのだろう。生まれた時からか、生い立ちからか、そう教育されたからかはわからない。彼らは、優しさを知らず、愛を知らず、ただただ他者を蹴落とし、自らが優位に立つか、或いは快楽のためだけに人を傷つけるのだろう。


 どのような理由があったとしても、許されてはならない人間だ。


 尊い命だとも呼べない人種だ。


 この世に存在してはいけないような輩だ。


 人の善き部分すら失った、そんな彼らは人じゃない。





 私は、化け物になりたい。





 ある日、思い悩む私に対して君は言った。


「あなたのそんなところが私は大好きになったんだよ?」


 そんなバカな。私の何がそんなに好きなんだ。私がそう返すと、君は迷いの無い目で、笑いながら言った。


「それが、とっても大切なことだから、だよ」


 眩しい笑顔だった。花が咲き誇るという表現は、きっとこの笑顔のためにあるのだと私は思えてならなかった。


 私のこの迷いも、悲しみも、彼女は全部ひっくるめて大好きだと言ってくれた。


 私の全てを受け入れてくれる彼女を、私も愛していた。


 ずっとずっと、愛していくと決めた。





 私は、化け物になりたい。





 けれど、私の目の前にいる君の姿を見て、私は何を思えばいいのだろうか。


 私の目の前で左右に揺れている君を。


 天井に括りつけられたロープに吊るされている君を。


 心臓の音、呼吸の音すら消えた君を前にして、私は何を思えばいい?





 私は、化け物になりたい。





 テーブルの上に手紙を見つけた。君からの手紙だった。


『これ以上、あなたと共に逃げるような生活をして、あなたを苦しめていく自分が許せません。どうか私の後を追わないで。あなたはあなたの人生を生きてください』


 簡潔だった。実に君らしく、わかりやすく、気持ちが伝わりやすい文章だった。


 私と君は、確かに逃げ続けてきた。


 日本の財政をも動かすほどの大企業の一人娘である君が、ある御曹司に目を付けられてから、君の両親が私と君をあの手この手で別れさせようとしてきた。そこから逃げるために、私と君は手を取り合って生まれ故郷を飛び出した。


 どこへ住もうが、君の両親や御曹司の手が伸びて来る。その度に私たちは逃げて、逃げて、逃げて来た。


 日に日に疲労によって君がやつれていくのを感じた。私は、彼女にこれ以上の苦を背負わせたくないと必死に考えた。


 しかし、君からすれば、私も同じような顔色になっていたようだ。


 だから君はそれを苦に命を絶った。


 どこへ逃げても、どれだけ頑張っても、彼らの手からは逃れられないからと。


 捕まるなら死んだ方がマシだと。死んで、私を解放してやりたいと。





 私は、化け物になりたい。





 君は私のよき理解者だった。


 私の考えていることを見透かしているかのように、私のことを常に考えてくれていた。私も同様に、君のことを何よりも大事に思ってきた。


 障害こそあれど、君と私には間違いなどないと、ずっとそう考えていた。


 なのに、君は間違えた。


この間違いを前にして、本気で私が喜ぶと思っていたのだろうか?


 どのような苦難も、悲しみも、君となら乗り越えられると……私が口にしていれば、君はこんなことをしなくて済んだのではないだろうか?


 わからない。最早、問おうにも君は答えてくれない。


 ああ。


 ああ。


 君は、私が今どんな気持ちで君を見ているか知っているかい?


 私は今、君の苦しみを思い、目から止めどなく雫が流れ落ちていることに、君は気付いているかい?


 それ以上に、私は君がいないという事実を前に絶望していることに気付いているかい?


 ああ。


 ああ。


 君のいない人生など、私には意味がない。


 私は、君と同じようにロープを天井から下げた。君が使ったであろう、君の横に倒れている椅子を起こし、その上に乗る。


 その時の心境は……君とあの世で会える喜び? この苦しい世の中から去れることの解放感? いいや、違う。


 君とずっと生きていくはずだったこの世界との別れを、嘆き悲しんでいる。


 私は、命にしがみ付きたかった。


 私は、君と共に生きていきたかった。


 君はひどい人だ。君がいない人生を、私が生きていけると考えていたのだろうから。





 私は、化け物になりたい。





 私は、首にロープを巻き、足に力を入れる。そうして、椅子から足が離れる間際、私は思う。


 もし私が大企業の娘である君を利用し、金を吸い取れるだけ吸おうと考えられる人間だったならば。


 もし私が君の両親から目の前で大金を積まれて別れて欲しいと懇願されて二つ返事で了承できるような人間だったならば。


 もし私が我が身可愛さに君を差し出せるような人間だったならば。


 もし私が君の死に様を笑えるような人間だったならば。


 もし私が君の言うように私が私の人生を歩めるような人間だったのならば。





 私に……君が大好きだと言ってくれた、人の心さえ無ければ。





 ああ。





 嗚呼。





 私は……僕は。





 化け物になりたかった。





息抜きに書いてみました。何書いとんねん自分。

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