第一報Ⅱ
会議の話はひどく簡潔なものだったが、それ以上に信じられない話だった。
「まぁ要するに、マーラニアで魔術干渉が起こる危機に瀕しているということだ」
魔術干渉。学校であきれるくらいに習った言葉のその意味は理解できる。しかし、そう簡単にその言葉は発してはいけないはずだ。それに、この場にいる誰もが、そのことを知っているはずだ。
しかしながら会長の説明は、事の重大さに比べると簡単に要約ができるくらいにひどく単純なものだった。とある独裁国家のとある反政府勢力が魔術を持って政府に対抗しようとしている。その言葉で説明の全てを尽くせるくらいに。それはあまりに異常だ。本来ならばその国または地域の魔術協会が精神系魔術でも使って魔術の存在を知ってしまった人間の記憶を改ざんするはずだ。
「話は分かりました。しかしその辺りはダリアの協会も積極的に関わりながら管轄している地域です。そんな簡単に起こる筈はないのでは?」
「まぁねぇ。確かにマーラニアはいざこざがあるたびにダリアの協会が対処してきた。この前だって、マーラニアの協会のお偉方がカジノで負け続けて、結局魔術でディーラーを操ってその人を自殺させる事件があったが、その時だって、新聞に載りながらも、結局魔術のことなんて一切でなかあった。当然記者を洗脳しているし、その場にいた全員のことを魔術的に追跡して必要に応じて浄化しているからね。私だってそんなことが起こるなんて微塵も思っていないが、ダリアがちょうど昨日緊急の通達を出してきてね」
いったい、どんな凶悪な事件が起きているんだと、思うが、マーラニアという国はそれほどまでに荒れているのだろう。その後、会長は隣に座る職員へ視線を送り、職員は何枚かの写真を私の前へ置いた。
そこには、炎上し崩壊しているビルが写っていた。
会長の説明によると、昨日の午後に、マーラニアの魔術協会への襲撃があったそうだ。すでに、事態は鎮圧し、終息へと向かっているらしいが、その晩に襲撃者の一人が自殺未遂を行ったらしく、政府系の施設へと輸送されたという。そのことを日本の魔術協会では、訝しんでいるようであった。
というのも、マーラニアの書記長であり、ダリア魔統の工作員であるエルゲンが急速に権力を私物化しているよいう実態が、去年の終わりごろから急に悪化していたらしい。特に昨年から、軍への私的な情報伝達システムの構築を行ったとされるらしい。
本来魔術使の統率はその国の教会が行うものだが、マーラニアはその情勢から裏でダリアが直接管理していた。仮にも魔術の総本山の国がバックにいる。たかだか現地の魔術使が数人死んだだけでその掌握がほころぶようなことはあり得るはずがない。
会長はつづけた。
「まぁ、文字通りありえない状況なんだけどね。ダリアの協会だって対処はしていて、水面下で魔術使を派遣しているし。ただね、ここからは、魔統の方からも公開されていない うち等とあちらだけの独自情報なんだがね。どうやら、今回の襲撃の裏で、月影教との小競り合いがいくつか起きているらしんだ。」
「月影教ですか。まさか、彼らがテロを企てているんですか?」
月影教は、太陽教の統治へ反抗するために、アメリカで作られた第二の魔術的なコミュニティの一つである。彼らの信じる理想は3つ。魔術の科学的な研究。魔術使のより公平な統治。非魔術使とより多様な交流。である。つまり、魔術使の主流である太陽教の思想に真っ向から反対し、ある意味で魔術干渉へ積極的に駒を進めているとして、太陽教から厳しい弾圧を受けていた。
「流石にその可能性は低い。月影教の人々のほとんどは、それにそのほとんどがノームスの程度の低い魔集団さ。」
「以前から問題視していたと思いますし、何らかの対策済みですよね。」
「もちろんさ。ただ、いざこざがあったことは事実だから、君のような将来有望な魔術使には事前に話しておきたくてね。もちろん君だけではないさ。」
「お褒めの言葉、ありがとうございます。」
分かりやすいお世辞も何度も聞くと慣れてしまうが、面と向かって褒められるのは嬉しい。
その後、少し待ってと会長は言って一枚の資料を見せてきた。
「そこでだ、折角の機会なので、君にはそのダリアの協会へ行ってもらいたいんだ」
「はい?」
ダリアへ行く?さすがに話が飛躍しすぎじゃないか。
ただ、会長は笑っていない。
「わかりやすく言うと、派遣だ。」
意味が分からない。日本の魔術協会は、自分を日本からの応援部隊としてダリアへ派遣させるらしい。全く意味が分からない。協会襲撃事件に派遣というそんな重大なことを言われる心当たりなんて一切ないし、なにより私の力ではあまりに足手まといだ。
「しかし、本当に私でいいんでしょうか?そんな問題を私が行って調査するというのは、かなり…難しというか、無理というか…」
「不安があるのは当然だろう。ただ派遣員には大人もいるし、君と同じく同行する子供もいる。それに何より、君にはそれ相応の能力があるじゃないか。なにも心配する事はないよ」
先ほどからやたらと褒めれくるが、能力とはつまり自分の魔術のことか。しかし、“それ相応” とはどういうことだろうか。学校でも特に目立った成績ではないし先生から一目置かれた記憶も心当たりがない。
「しかし、それ相応と言えるほどの魔術力が私にはあるのでしょうか?」
「あれ。知らないのかい。それなら、ぜひ向こうに行って能力をふるえばいい。自分の能力がどういうものか、わかるはずだ。」
「能力をふるうということは、ダリアで行うのは情報収集だけではないのですか?」
「もちろん、情報収集が任務だよ。君には戦闘に巻き込むことは無い。とはいえ、情報の収集は大人にだってできる。向こうに行ってなにもすることがなければ暇だろう。活動のない日には、向こうで自分の能力について学べば良い。ダリアは魔術の総本山だ。かなり詳しく学べるだろうよ。」
「わかりました。ただ、申し訳ないのですが。少し考えさせもらえますか。私だけでは決められないです。両親にも聞かなければならないので」
「あぁ、もちろんだ。こちらから、両親には伝えておくよ。まぁ、一週間でもしたら帰ってくることになるだろうからそこまで気負う必要はないさ。それとくれぐれもだが、この会議のことは他の魔術使に対しても公言しないでくれよ」
✴︎✴︎✴︎
薄暗くなった室内に蛍光灯が白く光る。
「会長。本当にいいんですか?子供なんか連れて行って」
会長の顔がみるみる曇っていく。発言した男の後悔が伺える。
男を睨みつけて強い口調で怒鳴る。
「親父の意見に反対するのか?」
「ひいっ、いえ。も、申し訳ありません」
睨み付けられた男はプロ歌手顔負けの甲高い裏声をあげた。
この頃協会内で変な噂を聞く。現会長の飽浦憲造は前会長の飽浦大造に操られているのではないのかと。
飽浦という日本の伝統ある魔術一家に生まれ、その圧倒的な実力社会の中で何かが崩壊しているという、協会の行く末の暗い噂が。
「誰にもわからんさ、赤月が消えて、親父は壊れちまったんだから。」
会長は少し間をおいてそう捨てるようにつぶやいた。