OITA 1/1 1973
一月の大分は九州といえどもやはり寒い。嘘みたいに寒い朝は布団の中にいても外の温度が伝わってくる。絶対に布団から出たくない。でも、学校に行かなければならない。
こんなにも体が拒否しているのに。
いったいなぜこんな境遇なんだか。
なんて、毎度そんな何にもならない生産性の皆無なことを考えていると、憂鬱さを通り越して哲学者にでもなった気分だ。
気持ちをかき消すように勢いよく布団をめくると、朝日に照らされた埃が空を舞う。キラキラと輝きながらそれを吸っていることを考えると、どうも気分が悪い。
正月休みを終え、新年も当たり前のように学校が始まった。
身支度を終え部屋を出ようと玄関へ行くと、備え付けのドアポストに大きめの封筒が入っているのが見えた。
なんだろか。
差出人は、国際科学文化機構。一目見て、魔術協会がカモフラージュをして送ってきていることがわかった。中身の便せんには、デタラメの文章が書いてある。便せんは術式となっているので、こちから魔力を送り始動させる。すると頭に内容が浮かんできた。
緊急招集命令
1月1日(月) 18:00~ 大分県立柏雨文化会館第三会議室
詳細は当日発表します。
国際科学文化機構
………
緊急という字が目につく。何か重要な任務についているようなそんな気がして、気持ちが浮かれる。これまでにも、定例会議として周りの魔術使の行動報告だとかの軽い会議は行われてきた。しかし、緊急と書かれているからには、今回は違うようだ。
緊急招集なんかに呼ばれるなんてなんだか自分が少し偉くなったような気がすると少し興奮する。それがあまりに中二病くさくてカッコ悪いと自覚しながら学校へ向かった。
✴︎✴︎✴︎
「はいー、終礼終わり。解散っ」
担任の先生の声が響いた。
「ハルー、今日予定入ってる?」
きっちゃん、が話かけてきた。
「うん、ちょっとね。」
「なに?、いつもの"ボランティア"?」
きっちゃんは怪訝な表情で、こちらを見てきた
「いや、そうじゃないけど。まぁいろいろとあるんだよ。すまん」
「ふーん、まぁ、なんでもいいよ」
きっちゃんは素っ気なく行ってしまった。
学校を僕はよく休んだり早引きしている。ただ別にそれがどうということでもない。なぜならそれが魔術使の典型的な生き方であるからだ。そもそも、魔術使の子供は非魔術使の通っている学校には行かない。
この中高一貫の中学校に来たのも、単にこの県の魔術使が全員この学校に来ているからに過ぎない。魔術を知るものにとって、魔術は絶対に非魔術使に知られてはいけない。学校には非魔術使には感じることのできない結界が張られ、内部の魔術行使が外部へ漏れることを防いでいるし、さらには他の魔術的な襲撃を受けても対処できるようになっている。つまり、完全に私たちとあちらとでは区別されているのだ。
会議の場所は学校からバスで数分のところだった。学校が終わってすぐにバスに乗ったためか少し早く会議室に着いた。室内から声が聞こえる。すでに誰かいるようだった。
中に入るやいなや、そこがとてつもなくこんな中学生にとって場違いだということをすぐに感じた。四角を作るように長机で囲み、そこにはスーツを着た男たちが椅子に座っていた。というかそいつらが一斉にこちらを向いてきたのだ。体がこわばる。
「こんにちは。さぁ、座ってくれ。コーヒーはいるかい?」
なぜか意外と優しい?いいや、どことなく慣れてない手つきだということはすぐにわかる。
緊張しながら、なんとかそこにいる男たちの顔を見るが、その瞬間、その場にいる全員が私のよく知っている協会の重鎮だということを認識したとたんに、私はさっきまでの恐怖がただ驚きへと変わるのを自覚した。
「こんにちは。あの、えーと飽浦会長でございますよね。あの、会長のことはよく存じ上げております」
緊張で言葉がおかしくなっただろうか。しかし、会長は笑っている。
「いやいや、そんなに固くならないで、肩を落としなさい。」
「それでコーヒーは、いるの?」
会長は少し困った様子で話しかけてきたが、しかし、それが演技だと簡単にわかってしまうほどの、何かを感じる。
「すみません。いただきます。」
用意された椅子に座り、ようやく冷静になる。さっきの返事もう少し早くに返答すべきだっただろうか?目の前に紙コップに入ったコーヒーが置かれた。
居づらさを紛らわせるため注がれたコーヒーに砂糖を入れる。その気持ちを助長するかのように室内には異常に張り詰めた空気が漂い続けている。
「それじゃあ。始めようか。今日は少々長くなるかもしれないな」
非魔術使:魔術使が魔術の使えな人間を指して用いている呼称。
ハル: 16才の少年。
魔術協会:国や地域ごとに置かれた魔術使を統括する機関。
飽浦会長:日本の魔術協会の会長。