KYOTO 8/10 1968
今宵も私は夢を見た。それは5歳だった時の私の記憶。
✴︎✴︎✴︎
…衝撃。体に強く人間の皮膚のような何かがのしかかる。そしてそれは一瞬で軽くなる。その瞬間にもっと強い衝撃。のしかかっていた弾力のある何かが、傷だらけの体にベタベタと張り付く。寒さで鼻の感覚がなくなるほどの冷気に負けず、それは妙なほど冷たい。途端に感覚が蘇る。痛い!痛い!痛い!泣こうとするが目が開かない。何が何だかわからない。涙が、言葉が出ない。心の中ではおぞましいほど悲鳴をあげているのに。わからない…
開かない目は想像できないくらいに恐怖だったが次第に意識は遠のいていった。
寒くて、寒くて目を開けた。やっとの思いで開けた目には、霞んだ白い光が写った。目を擦りもっとよく見ようと思った途端、ひどい痛みが襲う。声に出せないが私は叫ぶ。誰か助けて、誰か!しかし、痛みは激しくなる。周りは暗闇で何も見えないし誰もいない。ただ訳が分からなくなりながら、私は最後の力で祈った。
誰か助けに来て…みんな、消えちゃう。
みんな…。そう直感的に、私は触れている物が人間の皮膚だということに気が付いていた。不意に強い光を感じた。すごく暖かい光だ。寒さや痛みが嘘みたいに消えていくのがわかる。光に当たると体の痛みは和らいで行くようだった。辺りは暗闇だが霞む目を通り越して強い光を感じる。そうか、この光はお月様の光なんだ!そう分かった瞬間、私は目を擦り周りを見渡した。
…そこには、覆い被さり朽ち果てた、たくさんの友達の姿があった。
私は自然にソレから目を逸らした。体がソレを拒んだ。しかし、それでもその中に唯一動くものがあった。手を伸ばしその子の手を取るとその手はとても震えていた。私はとっさにその子を暖めるイメージを心の中で祈った。私の能力じゃダメかな?
すこしするとその子の震えが止まった。私は嬉しくなって、立ち上がって繋いだ手をソレから遠ざけるように引きずりながら引っ張った。よくわからないことだらけだが、なんとか今は暖かい。これならなんとかなる。けれどもおじさんやお師匠さんや協会の人はいない。いや彼らは、いらない。
思い出しちゃう、ダメだ。がんばれ赤月。負けるな私!
しかし現実、頼れるのは私だけ。隣ですやすや眠るその子を頼ることはできない。彼女をじっと見つめながら。あれ?
私はその女の子をよく見た。そして私はすぐに気が付いた。その子は私の友達、冬月だった。
ただすぐに意識が朦朧としてきた。倒れるようにして眠る冬月に身を寄せた。
たぶん次の日。
目が覚めた。いつものお師匠の怒鳴り声はない。そのかわり、みんなとおはようの挨拶もない。私は少し寂しくなりながらなんとか起き上がった。すぐ隣に、体をくっつけて寝る冬月がいる。私はゆっくりと彼女のからだを揺らした。
「冬月、起きて」
体がピクッと動いた。あ!生きてる。そう思うと急に涙が出てきた。よかった、私は助けたんだ。
眠い目をこすって、なんとか生きる方法を考える。幸い私の力で寒くはない。多分これが私の魔術なんだろう。しかし、下着を除いて服を着ていなかったのでソレの上にある手触りの悪い袋をとった。底が破けていたので頭からすっぽりとかぶる。
いつのまにか冬月が起きていた。
おはようと挨拶をする。彼女はとても不思議そうだった。
「ここはどこ?」
「わからないけど、たぶん山の中」
「それはわかるよ」
彼女はえへへ、と笑う。だから自分も笑う。
「わからないけど、なんとかなるよ。私に任せて私の魔術はすごいんだから」
とはいったものの、さっきからなんだか魔力の効果が薄れているようだった。理由はたぶん。お月様がなくなったからだとおもう。太陽は登っているけどまだとても寒い。このままだと昨日と同じだ。どうしよう。急に悲しくなった。未来がないように思えた。
「赤月ちゃん。大丈夫?」
頭に手の感触、うしろから優しく撫でてくれているようだった。ありがとう、などと言う暇もなく、すぐに泣いてしまった。
「これから寒くなるかもね。一緒にくっついて乗り越えよう」
泣きながら、うんと答えて私は彼女に抱き着いた。
だけれども、今のままではまた明日も同じ。なんとかして誰かに会わなくちゃ。そう思ってふとソレの反対側を見るとトラックのタイヤ跡らしきものが見えた。あれに沿っていけば何かあるかもしれない。そう考えたが、日が登ってもなお寒さは厳しかった。たぶん魔力が切れた。歩きながらだんだんと寒くなる。でも祈っても祈っても何も起こらない。
「冬月。寒いね」
彼女は今にも泣き出しそうである。その場に座り込み私は彼女をもっと強く抱きしめた。しかし、いくら祈っても暖かくはならない。遂に彼女が泣き出した。私も同じく泣き出しそうだった。
✴︎✴︎✴︎
ここで目が覚めた。
「はぁ…まただ。」
ここ最近同じ夢ばかりみる。だけれどもそれは悪夢とは言い難い。なぜならそれは夢でなく記憶だからだ。確実に私の、5年前に起こった記憶なのだ。
また明日も見るのだろう、この鮮明な夢を。しかしそれは決して心地よくはないが、私の大切な記憶を今一度思い起こさせてくれる唯一の方法なのだ。そこにいる私を救ってくれた一人の少女。飽浦冬月は私の幼馴染で8年前まで一緒にここにいた。
「会いたいな。冬月」