OITA 1/11 1973
飛行機は夜空のもと空港へと降り立った。その瞬間に大きな振動が機内に響く。周りの乗客が悲鳴を上げながら席にしがみついている。僕は手に大量の汗を感じながら、初めての着陸に声が出そうなのを必死でこらえた。
機外へ出た。屋根のないタラップの一番上。鼻にあたる生ぬるい風。周りは見る限りの平面で、点々と輝く空港の明かりでその広大さがうかがえる。まるで自分以外誰もいないみたいに、空港の夜景は自分を主人公のように自覚させてくる。
「これが東京の空気か」
エプロンを流れる雑音と混ざりながら一緒に乗ってきた客たちの話す声が聞こえる。何人かはやはり魔術のことについて話しているようだ。当然といえば当然に、魔術という得体のしれない物が陰謀の渦巻くソ連の衛星国で起きた事件だからだろう。政治や社会になんて感心のない輩にも今や魔術という言葉は轟きわたっているだろう。私にとって魔術だの魔法だの言って盛り上がっている姿はバカにしか見えないが。
「冒涜だな」
そうつぶやき、ゆっくりとタラップを下る。そこから先の空港の人々の誘導は手慣れたものだった。
手続きを終えターミナルの椅子に座った。体の緊張がどわっと解けていくのを感じる。
飛行機の轟音を頭で思い出す。耳にくっついて離れないその音は、大分空港のホバークラフトよりも少し静かなくらいだった。
時刻を見ると夜の八時前。こんな一人建物一人きりなのは、心細い。
大きく開放的な窓からは飛行機の夜景とともに、大きなビルたちがが燦然と輝いて見える。
東京はこんなにも大きな町なんだ。
少し待っていると、黒いスーツの男の人がこちらへやって来た。
「高山ハルさんですね?」
「はい、そうです」
「初めまして。ISCOの者です。それでは行きましょうか」
礼儀正しく挨拶する姿に少し戸惑いながら、私は誘導されるがままに車へと乗り込んだ。
ISCOつまり「国際科学文化機構」は、魔術協会が裏で操っている組織だ。非魔術使社会との連絡役としてたびたびその名前を耳にする。これから起こることもすべてその名の下で行われることになるらしい。
「我々が思っているよりも、世間は魔術に懐疑的です。あの映像が捏造だという人間も多くいます。」
スーツ姿の男は車を運転しながらそう言った。
信じられないのも無理はない。懐疑的というよりそもそも否定している人間が大勢だろう。急に漫画のようなことがテレビの中で起こっても、だれも信じることはしない。それに、そのほうが好都合だ。
「今のところ、流失した映像もあの映像だけにすんでいます。」
一方的に説明されるがまま、車はビル群の夜景を抜ける。
やがて車が停車した場所は、さっきまで遠目に見惚れていた夜景そのものだった。
「驚きましたか。」
「すみません。ただ、東京に来るのは初めてで」
「無理もないです。今までテレビや写真でしか見たことがないならなおさら、想像が膨らんでいたでしょう。」
「そうですね。」
急に漫画のようなことがテレビの中で起こっても、だれも信じることはしない。しかし、ひとたび目の前に現れてしまえば、それは驚きとともに大きな期待をもたらす。車が進み続ける間私はソワソワしながらそのと景色を眺めていた。ただ、その感情は常に不安定だった。たとえばこの車が急に止まり車外へ放り出されたら、私は生きていけないだろう。時間は流れ続けるけれど、私のこの境遇はいつか止まるかもしれない。
そう思うと、私は嫌な予感がした。




