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ダリア戦記   作者: 獨國薯夫
序章
1/15

プロローグ

木製の大きな本棚が居室を挟むように両壁面にそびえたつ部屋。埃のかぶった本で一杯の書斎で、弟は机に本を並べていた。


Quid(何を)legis?(読んでいるの?)

私は書斎のちょうど入り口で、弟にわざと母国語ではないラテン語で呼びかけた。


「デ・モツ・モエシエ」

弟もラテン語で答える。

彼の読んでいる、"De motu Moesiæ"と題された本は、私たちの家に代々伝わる1500数年に書かれた()()()()のラテン語での年代記だ。


「モエシア動乱ねぇ。」


モエシア動乱、別名"マーラニア蜂起"、私たちの国がかつてオスマン帝国に支配されてい時代、先祖のマーラニア人が起こした帝国への反乱の歴史が克明に記録されている。


──と、されはいるが、この本の題名である「モエシア」は、西暦が未だ始まったばかり、古代ローマ帝国時代に、今のマーラニア周辺を指していた帝国の州名だ。その名がなぜ、執筆された時代から1500年も昔の古い名前を冠しているのか。さらには、オスマン帝国支配のマーラニアで、なぜマーラニア語やビザンツ帝国由来のギリシャ語ではなく、「ラテン語」で執筆されているのか。そのあべこべな題名と内容により、信憑性の薄さは相乗効果となって、我が家では全く関係のない年代に記された架空の歴史書とみなされていた。


「久しぶりに読んだけど、やっぱり興味深いや。」


「当時の魔術使(まじゅつし)が頑張って書いた(いつわり)の「魔導書」よ。なんでそんなものに惹かれるんだか。」


というのも、この本は年代記を模した魔導書なのである。当然、魔術は非魔術使に明るみにしてはいけないため、古代より歴史書や散文、英雄譚などを表向きにして刊行してきた。たいていの場合、魔導書のほうに力を入れる魔術使が多いため、その偽書の内容の方へ力が入っているもの少ない。そのこともあってか、ごく少数の普通の本として名が高い偽書を除いて、どれも非魔術使の間では日の目を浴びることはなかった。「デ・モツ・モエシエ」も然り、それっぽい体裁とそれっぽい言語で書かれた非魔術使にとっての偽書、つまり魔導書なのである。


ところが、この本は魔導書として見ても全く価値のあるものではなかった。魔導書として、魔術を行使して特殊な読み方をしてみても、何を書いているのかさっぱり読み取れないからだ。魔導書が作られる際に、その内容のヒントを題名や実際に書かれている内容に潜ませることがあるが、この本はそもそも魔導書とてしも、その内容が全く空想的なので、ますます題名や書かれている"マーラニア蜂起"についての記述の謎が深まっているのだった。


そして、その謎めいた感じが弟には刺さるらしい。


「お姉ちゃんは、読んでみてどうなの?」


「全部、デタラメ。男子の好みそうな”陰謀論”って言葉が一番しっくりくるわね。」


馬鹿にしたように弟を嘲ると当然のように反発してくる。


「エフタリタエの謎は、陰謀論なんかじゃないぞ!」


失われた歴史を解く気分にでもなっているのかと呆れるが、しかし、魔導書としてのその内容には一部読み取れるものがあった。それが弟がそう呼ぶ謎である。


エフタリタエ、それは中央アジアに大昔に存在した遊牧国家、エフタルの人々のことである。そのラテン語の読みがEphthal (エフタル)itae()だ。魔導書では、手にもって本に魔力を流すことで、頭に文字や情景を浮かび上がらせ読むことができるが、その内容はこうだ。


この本が記述されるよりももっと前の時代、エフタルと呼ばれる民族の若い男が、マーラニア人との交易の中で、面白い話を教えてくれたというものである。


「魔術が未だに非魔術使に知られていないということは、世界を裏で操る魔術があるからだ。

そして、この世界は魔術が非魔術使に暴かれるという"破滅"と、魔術によりそれ以前の状態へ(よみがえ)らせる"再生"を繰り返し存在している。ただし、それは常に勇敢で若く、選ばれた者だけにしか使えない。」と、まぁそんな物語が展開されている。


とても陰謀じみた内容、当然誰からも信用されたものではない。

弟を除いて。


「僕もいつか、その魔術”を操れる選ばれしモノ"になれるかな?」


「何言ってんのよ。なれるわけないでしょ。偽物なんだから。」


偽物。それは、ラテン語でこう記されている。


"Lecti(選ばれし) juven(若者)es, fortissima(勇敢な) corda(者たち)."


「だから偽物じゃないんだって、ほら!彼らの使う魔法具こんななんだよ。」


そういって、弟は、ある魔法具のイラストの書かれた紙を見せてくる。

そこには、イラストと共に名前が記されている。


Chorda(ダリアの) Dahliae()──Grandis () Crystallus()──Parva (地球) Terra()


「いつの間にそんなもん書いてんのよ。絵なら他にもっとあるじゃない。」


それは、その本の中で、術式に使う魔法具として説明されているものだった。

弟曰く、本の中には、その用途も事細かに書かれて、とにかく偽物なんかじゃない。と、かいがいしく説明してくるが、そもそもそんなものあるなら、魔術世界に協会なんか存在していない。


「勇敢な者たち、ねぇ。そんな簡単に人の記憶と精神を操れるんなら、」


「──nonne (そんなやつら)eis ()corda() desunt(なんて無いん)(じゃない?)


”corda”、それはラテン語で人の心のこと。より正確に言うならそれはでは複数形なので、単数形にして”cor”。そしてそれは、弟が言った、”勇敢な者たち”の”corda()"と同じだ。


なぜ"心"と"者"がラテン語で同じなのか。

そこにはおそらく文法的な理由があれこれあるのだろうが。私にはわからない。

とにかく、ここで弟を皮肉れればそれで良い。どうせ所詮は、歴史書的にも魔導書的にも"偽書"なんだから。誰がなんの目的で書いたのかもわからない、くだらない内容だ。


「いちいちラテン語にしなくてもいいよ!このバカ!」


どうしても弟のお熱は下がらないようだったので、私は少し強くこう言った。


「お遊びはほどほどになさい。」


***


「さて、君らは高等部の連中だ。つまり、これまで何度も講義をしてきたが……おめでとう。今日が最後の魔術講習だ。もちろん、赤ん坊の頃から今の今まで教わり続けてきた君たちのことだ、基礎知識は完璧に習得済みだろう。よって今日は魔術社会の規範について話す。いいかい?今日は、お勉強などではなく、文字通りの常識だ。よく聞きたまえ。」


そう、演壇に立つ一人の老翁が語る。講師と思しきその人物の背後には、魔術によって浮かび上がった50インチはあろうかという映像が、明るく写しだされている。


学生たちは所狭しと並んだ備え付けの机と椅子に腰かけ、演壇から遠ざかるほど高く扇状に何段も何段も重なっている。講堂に集った者たちは、目前の講師の言葉に真剣な面持ちで耳を傾けていた。講義も終盤に差しかかり、随分と長く話したはずだが、それでもなお皆の表情は真摯そのものだ。


「五つの分類に分けられる基礎魔術はこの世の原理原則とも言い換えられる。すなわち、この世のという存在を固定する空間、そこに住む我々の足を構成する土、我々を動かせ可能性の彼方へと浮かせる風、我々の意思を強き力と優しき力に変える火と水、疲労した我々を癒す回復、我々実体に作用する精神、そして、我々実体である身体。現在に至るまで、確認された全ての魔術はこの六つの分野に分けることになっている。もちろん君たちも知っているだろう。自分の分類を」


話声など一切聞こえず、ただペンを動かす音だけが響く。

ある者は、ノートに分類名を書き、又ある者は、その隣に括弧書きでその英語名を記している。


「さて。魔術はなんでもできるものである。それは文字通り、自分の願いや考えをなんでも具現化することができるということで、言い換えれば己の意思を具現化したものが魔術である。しかしながらそれはあまりに曖昧だ。地球に隕石を落下させようといくら願ったところでほとんど具現化しないように、曖昧すぎるがゆえに、意思が具現化しない場合も多くある。魔術使は、そのような曖昧な力すなわち具現化する可能性を自身の研鑽によって高めているのである。」


「──しかし、であるのであれば魔術は「なんでも」はできないのでないか?」


「その通り、我々はこれまでの経験により、ゼロに近い確率での出来事、そもそも不可能であろう存在を経験している。ただし、間違ってはならない。なぜならば、魔術の本質というのがそれを含んでいることを。」


「魔術は非常に曖昧だ。おそらく多くの矛盾を含んでいるだろう。そこには確率も法則も存在しない。正確に言えば存在しないのかもしれないし、するのかもしれないが、誰も分からない。その曖昧さこそが、魔術の本質なのだ。」


「しかしながら」


ここで、講師は声を張り上げる。


「あぁあの忌まわしき存在など消えてしまえばいいのだぁっ!!」


講師は演壇の真ん中へ移動し、こちらを見上げる。


「ここから先は君たちが一番知っているだろう。すなわち魔術は科学や数学などではなく、とても無垢だということをな!!!」


講師の声がさらに高ぶる。


「故に我々魔術使というのは、己の魔術を必ず他人に教えてはならない!魔術を知らぬ非魔術に対しては絶対にだ!非魔術使、いいやあの科学者足りうる忌まわしきノンマジは、自然の叡智を物理や化学や数学だのと言って理論立てようとする。それはまさに魔術に対しての冒涜である。もしノンマジ達の思いのままに、その穢れた手が魔術に干渉してしまったらどうなるのか。それは恐ろしい!科学者だって知っているはずなのだ。我々の世界は、この地球は、この宇宙でさえもどこから来たのかわからない。そのような自然主義空間の根幹を揺るがす異端思想は駆逐されるべきなのだ。だから絶対にバレてはならない。魔術の存在が世界にいるノンマジにバレてしまえばこの世界は滅びる!。それを肝に銘じたまえ!」


スッと顔が不気味に笑う。


「もちろん素晴らしい君たちならできるだろう。魔術が生まれてそれ以来一度もバレることはなかったのだから。」


「しかし当然だが、人間なんて約束を守る生き物ではない。だからこそ、そのための魔術協会だ。ノンマジたちの行う醜い魔女狩りの魔女として決めつけられ、魔術をただ好奇心に任せて不気味がり冒涜する奴らに対して、これまで何度も、悉く跳ね返してきた。少なくともこの点に限り完璧である。とてもノンマジにはない力だ。」


「──さてと、そろそろもういいか。諸君よご苦労であった。それでは。」


その言葉に、生徒たちの反応が一気に集まり止まる。

バイオリンの腸線がピンと張るように、講義室は硬直するほど集中しなければ、精神が折れそうになった。


「ここまでで何か質問のある生徒はいるかね?」


講堂の生徒が一斉に手を挙げる。それを見た講師がニヤリと顔を変える。


「素晴らしい。さすが未来を約束された魔術使たちだ。それじゃあ、」


多くの者たちが手を挙げる中、彼は手のひらを開いて、その上、数十センチほどの高さに丸い炎を浮かび上がらせた。それがゆっくりと生徒(魔術使)の間を飛び、巡りだす。その炎には事前に、この国の一国(いっこく)魔術師(まじゅつし)になる者が記録されていた。世界の魔術を管理する国の中で一番に選ばれた魔術使、それはこの国を一番に背負う魔術結社に入れるという証明でもあった。ただしダリアが魔術使をみおろす雲である以上、その意味は変化する。それは世界中に数多存在する魔術結社にそうである価値を持たせる存在、それを由来に英語で"Valian(価値ある)t Existe(存在)nce"と命名された絶対的な存在。

そんな夢に対してこの場にいる誰もが、この場所で選ばれることを知っていた。


やがて、炎は停止した。

炎の留まる人物へ向け講師が顔をやり発言する。


「では最後列のキミ。ミスレイヴァニ、レイヴァニ・ブロード。質問をどうぞ」


***



非魔術使:魔術の使えない人間のこと。ノンマジはその蔑称。

魔術協会: 魔術使を統括する機関のこと。基本的に各国と各地域に一つある。その機関のすべて統合し掌握しているのがダリア統一魔術協会。

一国魔術使:各協会を代表する魔術使。彼らは協会の実力行使を担う機関である一国魔術結社に属する。

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