#9 パートナー
「……つまり、我々は同盟を受け入れる代わりに、地上における全ての戦闘を停止せよ、と、そう言うのだな?」
「その通りです、閣下。」
「しかし、信じられないな……1万隻の駆逐艦とは……」
「いずれあなた方にとっても、あの船はごく当たり前の存在となりますよ。ですが、その1万隻の駆逐艦を維持するためには100万人の乗員と、60万人の後方支援要員、そしてその数倍の民間のバックアップが必要となります。それがどれほど大変なことか、兵を預かる閣下ならおわかりのはずです。」
「うむ……」
「とても一国では維持できるものではありませんわ。ですから、同じ星で戦争などしている場合ではないのですよ。」
アイリーンの説明したこの宇宙の話を、まだ十分に飲み込めたとは言い難いベルナルド准将であったが、アイリーンの説明と、彼らのとった行動との一貫性を見出すことができた彼は、ひとまずは安心する。
「それにしても、信じられないことだが、滑走路が不要な飛行機が存在するとはな……いや、宇宙の人々は皆、アイリーン殿のように自在に飛ぶことができるのか?」
「いいえ、この能力は私の故郷である地球760に住む、ごく一部の女性のみ。残念ながらこの宇宙でも、人間だけを飛ばす技術はまだ確立できておりません。」
「そうか、それで『魔女』と。」
「私の星では、私のように空を舞う魔女は『一等魔女』と呼ばれております、閣下。」
「だがそれにしても、あなたは我々とほとんど変わらない。言葉すら同じだ。申し訳ないが、本当に宇宙人なのか?」
「この宇宙最大の謎の一つなのですよ、閣下。私の星も25年前に、同じように宇宙から来た人々を受け入れた歴史があります。それに……」
「それに?」
「私は、地球760出身の魔女を母とし、地球401出身の父を持つ、星間結婚の夫婦の子供でもあるのですよ。そんなことが可能なほど、宇宙に住む人類はどの星でも同じなのですよ。」
それを聞いて、兵士の一部がざわつく。彼らにとっての宇宙人とは、自分達とは別質の何かと思っていた節がある。しかし、今ここでベルナルド准将と話すアイリーンは、魔女であることを除けば、同じ人間だと言うのだ。彼らの世界観が、大きく変わる。
「だが、とてもじゃないが今の話、にわかには受け入れがたいな。」
「そうですか?」
「それはそうだろう。宇宙からやってきた人物が、我々と変わらない人間、しかもとてつもない軍事力を持ちながら、我々に対等外交を申し入れている。そのまま中央政府に報告しても、とても信じてもらえないだろうな。」
「でしょうね。ですが、我々の持つあの航空機と駆逐艦を見れば、政府の方々といえど、信じざるを得ないでしょう。」
「……まさか、あの巨大戦艦で首都に乗り込むと言うのか?」
「ええ、いずれは。ですがまず、その事前準備が必要です。そのまま乗り込めば、大都市ほど大きな混乱を招きかねません。我々も、あなた方を脅すことが目的ではありませんから。」
「分かった。できるだけのことはやってみよう。」
ベルナルド准将はアイリーンに応える。そして、横に座るエルヴェルトを見る。
「……で、エルヴェルト中尉、貴官のことだが……」
「はい、閣下。」
「貴官は我々の最新鋭の戦闘機を奪い、逃亡した。しかもその戦闘機は墜落、炎上したと聞いている。国家に与えた損害の大きさ、そして軍規に照らせば、これは重罪である。どう考えても、軍法会議で死罪は免れまい。」
「その通りでございます、閣下。」
エルヴェルトが応えると、ベルナルド准将は突然、拳銃を取り出し、そして銃口をエルヴェルトに向けた。
「ちょ、ちょっと……」
制止しようとするアイリーン。だが、ベルナルド准将は、躊躇いもなく引き金を引いた。
バンッという乾いた銃声が響く。一瞬、この部屋の空気が凍る。
「……現時刻をもって、大罪人エルヴェルト中尉は死んだ。それで良いな、エルヴェルト殿。」
「……は、はい、閣下。」
銃弾は、エルヴェルトのすぐ右脇を逸れた。いや、敢えて外したというところだろう。壁には、銃弾が当たった穴が空いている。
「というわけで、彼はすでにこの世にいないことになった。アイリーン殿、申し訳ないが、このまま彼を引き取ってはもらえぬか?」
「は?」
「この司令部に入る直前のやりとりを見る限り、あなたとの相性も良さそうだ。悪くない話だと思うのだが。」
「はぁ~!?」
突然、准将からこの男を押し付けられたアイリーン。彼女は席を立ち、反論する。
「かかか閣下!私は接触人であり、あくまでもあなた方の星と地球411との間を取りもっているだけの者で、今回の事前交渉が終わったら、別の星に行かねばならないのですよ!」
「こやつは飛行機を飛ばすことができる。おまけに、剣術もたしなんでいる。わりと裕福な騎士家に育ったおかげで、それなりの学校にも通い知識も判断力も十分備わってる。付添人としては、悪くないと思うが。」
「いや、こう言ってはなんですが、ここから逃亡しちゃったやつですよ!?そんなやつを、どう信用せよと!?」
「逃げられないよう、良い仕事を与えれば良いのではないか?アイリーン殿。」
妙に明るくアイリーンに微笑みかけ、まるで他人事で話すベルナルド准将。そんな准将に、真っ赤な顔でいきり立つアイリーン。
「というわけで、よろしく頼むよ、アイリーン。」
「ば、バカ!誰があんたを受け入れるなんて言ったのよ!」
「いや、閣下もこうおっしゃってるわけだし。」
「私はまだ何も言ってないわよ!だいたいねぇ!あんた、家族の顔は見たくないわけ!?」
「そりゃあ見たいけど、ここを飛び出した時にもう覚悟は決めてたし。」
「だけど、もうちょっとくらい抵抗しなさいよ!この大罪人!」
「ところで接触人殿、僕はこの先、何をすればいいですか?」
「知らないわ!こっちが聞きたいわよ!」
さっきの銃声よりも騒がしくなったこの部屋の中で、事実上、エルヴェルトのアイリーンへの「引き渡し」が決定した。
そして、その1週間後。
アイリーンはピエモネーデ王国と、隣国のフランデ共和国との政府高官と接触し、停戦合意と同盟締結への事前交渉を行う。そしてその後のことを、地球411の交渉官へと引き継いだ。
そして、この地球875と命名されたばかりのこの星を離れる。新たなパートナーを連れて。