#6 遭難
「あ、あれ?なぜ僕は、地上に?」
辺りを見回しながら、複葉機に乗っているはずの自分が、なぜか地上の草むらにいることに違和感を覚える。
まだ状況が飲み込めていないこのパイロットに向かって、アイリーンは銃を向ける。
「お目覚めのところ、失礼。」
銃口を向けられたパイロットの男は、慌ててアイリーンを見る。
「あ、あれぇ?もしかして、あなたは……」
「助けておいて何だけど、私も身を守らなきゃいけないから……ところであんた、これがなんだか、分かるわよね!?」
「ええと、多分……拳銃、じゃないかな。」
「正確!じゃあ、どう振る舞えばいいかも、分かるわよね?」
「いやあ、そこまでは……」
「おとなしくしたまま、こっちのいうことを聞くのよ!まずは私の質問に答えて!なんだってあんた、5機の航空機に追われてたの!?」
「ああ、それはですね……」
「ごまかそうったってダメよ!私は魔女なんだから!嘘付いたって、すぐに見抜いてやるんだからね!」
もちろん、魔女に嘘を見抜く能力などない。早い話が、ハッタリだ。それが効いたのかわからないが、このパイロットは淡々と話し始める。
「……逃げてきたんですよ。」
「逃げた?どこから。」
「新たに結成された、あの飛行兵団からですよ。怖くなって、パッガーニ3式を奪って、燃料が尽きるところまで飛んで、そこでのんびり静かに暮らそうかなと思って……」
「はあ!?なにそれ!そんな適当な考えで軍を逃げ出すなんて!それになによ、怖くなったって!意気地がないのね!」
「いやあ、意気地が無いのは認めるけど、怖くなったのには理由があるんだよ。」
「なんなの、理由って?どうせ軍隊生活が嫌になったとか、そんなのじゃないの!?」
「ちょっと違うかな。嫌になったというより、やりたくなくなった、というのが正しい。」
「似たようなものじゃ……で、何がそうさせたのよ!?」
「ああ、実は、新しい飛行機ができたんだ。」
「……何でそれが、やりたくなくなる理由になるのよ。どっちかって言うと、やる気になりそうな話じゃないかしら?」
「いやあそれが、とんでもない飛行機でさ。3人乗りで、爆弾を800グラーヌ搭載できて、小さな街ならあっというまに火の海に変えられるほどの兵器なんだよ。」
「な、なんですって!?爆弾!?」
重さの単位は分からないが、それがいわゆる爆撃機のことだとアイリーンには分かった。
「飛行機っていうのはさ、機体と機体がぶつかり合い、雌雄を決するものであるべきなんだよ!それがさ、あんなたくさんの爆弾を搭載して、武器も持たない住人の頭上に落とそうっていうんだよ!?騎士道のカケラもない、非道な戦い方だよ!だから、騎士である僕は逃げてきたんだ。そんな残酷非道な行いに加担したとあっては、我が騎士家の名折れだと。」
「……なによそれ。爆撃も空中戦も、たいして変わらないと思うけど?」
「何を言うんだ!?全然違うよ!互いに技を磨きあったもの同士がぶつかってこそ、戦いに意味があるんだ!武器も持たない人々に向かって、手の届かないところから地獄の業火を叩きつける、そんなの悪魔のやることだよ!罪なき人々をたくさん殺めるだなんて、僕にそんな恐ろしいこと、できるわけない!」
どうやらこの男の言ってることに嘘はなさそうだ。嘘にしては周りくどいし、妙にこだわりが強いと、アイリーンは思う。
「……てことだから、銃を下ろしてもらえるかな?こう見えても僕は、騎士の家に生まれ、騎士道に則った男なんだ。決して妙なことなんてしないから。」
「ほんとかしら?でもまあ、あんたに捕まるほどドジじゃないからね、私は。」
アイリーンは銃をしまう。するとそのパイロットは突然、歩み寄る。そして、アイリーンの手を握る。
「ちょ……何を!?」
「じゃあ、今度は僕が質問だ。ねえ、魔女さんは誰?一体、どこからきたの?」
「あ、ええと……って、ちょっと待った!人の名前を聞くのなら、自分から名乗るものでしょう!本当にあんたってば騎士なの!?」
「ああ、そうだ、そうだよね。ええと、申し遅れました。僕の名は、エルヴェルト・カタリアーノ。120年続く騎士の家の次男で、今はピエモネーデ王国軍飛行兵団所属の飛行士で、階級は中尉でございます。」
胸に手を当ててひざまづき、丁寧な自己紹介をアイリーンに行う自称騎士の男。だがよく見れば、整った顔立ちに金髪、すらりとした体つき。わりとアイリーン好みな男性である。
「わ、私はアイリーン。地球760出身の接触人よ。」
「コンタクター?なにそれ?」
「未知の星に降り立ったときに、その星の住人と最初に接触する役目をもつ交渉官僚よ。」
「ええと……星ってなに?」
「あんたねぇ、星くらいわかるでしょう!?ほら、空にチカチカ光ってるやつ!」
「いやあ、それはわかるけどさ。なんなの、その、未知の星に降り立つとか……」
「ああ、そうね。つまり、私はこの空のずっと上、遠く宇宙の彼方にある星からきたのよ。」
「ええっ!?星って、そういう意味!?てことはさ、アイリーンさんは、宇宙人ってこと!?」
「そうよ。」
「でもさ、宇宙人って……僕が日刊紙で以前読んだのは、確か足が7本で、全身ぬるぬるしたオクトパスのような生き物だったような……」
「そんなわけないでしょう!ほら、どこに足が7本もあるのよ!」
「うーん、確かに。でもさ、空は飛べるんだよね?やっぱり宇宙人って、どこか違うんだよね?」
「そんなの、私含めてごく一部の人だけの力なのよ!ほとんどの人は、空なんて飛べないの!あなたと同じ、人間よ!」
「そういえばさ、さっき魔女って言ってたけど……てことは魔女って、そんなに珍しい存在なの?」
するとアイリーンは胸を張り、ドヤ顔で応える。
「そうよ!宇宙で唯一、魔女の住う星、地球760からやってきたの!で、私は一等魔女の一人で、それも地球760で最速、つまりこの宇宙最速の魔女なのよ!」
「ええっ!?宇宙最速!?ほんと、それ!?」
「あんたは見てたかどうか知らないけど、5機の複葉機に追いつき、横から迫って機銃を叩き落としてやったわ。そういう芸当ができる魔女なのよ!」
「いや、空を舞う変わった人がいるなぁとは思ってたんだけどね。逃げるのに精一杯で、実はあまりよく見てなくて……というか、気付いたらここにいたんだけど……ところで、僕の飛行機は?」
「ああ……あんた、気を失って、あんたを救い出したら落ちてったわよ。」
「落ちた!?僕のパッガーニ3式が……なんということだ……でもまあ、命が助かったわけだし、しょうがないか……」
どうやら、あの航空機に思い入れがあったようだ。だが、さすがのアイリーンでも航空機までは救えない。
「……ところで、アイリーンさん。」
「なによ。」
「これから、どうするんですか?」
「ああ、そうね。まずはこの近くのどこかの街の支配者と接触して、それからこの国の支配者につないでもらい……」
「違う違う、そんな先のことじゃなくて、今この場から、どうやって抜け出すかってことだよ。」
「ああ、そうね。まずはそこからね。ええと、確かここに……」
アイリーンはスマホを取り出す。無線機能がついている軍用スマホで、10キロ以内にいる哨戒機や駆逐艦に、直接連絡することが可能だ。
が、取り出したスマホは、電源が入らない。画面が真っ暗なままだ。
「……あれ?おかしいわね……どうしてこれ、電源が入らないの?」
「どうしたの、アイリーンさん?」
「あ、いや、ちょっと待っててね!そんなはずないでしょう……もう、なんだってこんなときに……」
ぶつぶつといいながらスマホをいじるアイリーン。だが、どういうわけか電源が入らない。
「あれ、もしかして……僕たち、この森の中に取り残されて……」
「だ、大丈夫よ!こんなこともあろうかと、遭難信号発信器だってあるのよ!でも、こんな森の中じゃあ電波は届かないわね!もうちょっと、開けた場所に行かないと!」
要するに、遭難してしまったことに気づくアイリーン。自分だけならば飛んで行けばいいが、このわけの分からない男を放り出していくわけにもいかない。そう考えたアイリーンは、どこか高台を目指し、そこで遭難信号を出すことにした。アイリーンはこのエルヴェルトと言う男を引き連れて、森の中に入る。
「あの、どこまでいくのさ?」
「高いところよ、高いとこ!」
「高いところって、どこに行けばいいか、分かってるの?」
「何言ってんのよ!坂道を登っていけば、いつかは高いところにつくでしょうが!」
随分と強気なアイリーンに、ただただついていくエルヴェルト。だが、エルヴェルトが突然叫ぶ。
「アイリーンさん!」
「なによ、うるさいわね……」
呼び止められたアイリーンは、突然足を踏み外す。よく見ればそこは、崖だった。
草むらで隠れて見えなかった。背の高いエルヴェルトが先に気づいて叫んだが、少し間に合わなかった。崖に吸い込まれるように落ちるアイリーン。それを助けようと、腕を掴むエルヴェルト。
だが、エルヴェルトも腕を引かれ、そのまま崖に吸い込まれていく。
落下しながら、アイリーンは背中にある魔女用スティックを取り出し、またぐ。そして、エルヴェルトに抱き寄せながら、目一杯力を込める。減速しながら、崖の下に向かってゆっくりと降りる2人。このまま、無事に降りるかと思われた。
が、落下の途中で突然、アイリーンは何かで殴られたような衝撃を受ける。そしてそのまま、気を失った……