#50 別れ
「敵艦隊、全速離脱中!」
「逃すか!各艦に伝達!最大戦速でこれを追尾する!」
数の上では、こちらが多い。それを見て敵艦隊は、全速で離脱を開始する。
が、じりじりと距離を詰める連合側の艦隊。エンジンの性能は、連合側の方が上だ。相対距離が31万キロまで迫った時、ついに敵も観念し、反転、迎撃態勢に入る。
「敵艦隊まで、あと31万キロ!射程内まで、あと2分!」
もはや、戦闘は避けられない。ハーマンは確信する。まったくの想定外の事態だが、彼らの戦闘能力をこの目で見ることができる機会を得ることとなってしまった。
いずれ、この星も宇宙での戦闘を経験する。今回は良い機会かもしれない。ハーマンはそう考える。
「敵、射程内に入りました!」
「砲撃開始!主砲装填、撃ちーかた始め!」
『主砲装填!撃ちーかた始め!』
キィーンという甲高い音が、艦橋内に響き渡る。窓の外を見ると、艦首から明るい青い光が放たれるのが見える。
そして9秒後、初弾が発射される。
ガガーンという、雷のような音が鳴り響く。腹の底から響くこの重く大きく恐ろしい音に、カナエは叫ぶ。
「ぎゃあっ!」
いくら宇宙慣れしており、砲撃戦を一度経験しているとはいえ、訓練経験のない民間人であるカナエは、この音に恐怖する。そして、すぐ横に立っているハーマンにしがみつく。
「か、カナエ……ちょっと……」
人目も構わずしがみつくカナエに、どちらかと言うと驚きよりも戸惑いを覚えるハーマンだが、ガタガタと震えてしがみつくカナエを見て、引き離すわけにはいかないと悟る。
その間にも、第2射、第3射が放たれる。窓の外を見ると、明らかに向こうからの砲撃が到達しているのが見えていた。青白いビームが、この艦のすぐ脇を通過する。
事前にハーマンは、この戦闘の映像を見てはいたが、実物の恐怖は計り知れない。なにせこの駆逐艦の何倍も太い青白いビームが、すぐ脇をビュンビュンと音もなく通り過ぎていく。だが本能的に、あの光の力を感じ取っている。
あれに触れたら、一巻の終わりだ、と。
カナエが恐怖するのも当然だ。ハーマンは一応、軍人であるから、陸戦隊の砲撃訓練にも立ち会ったことがある。そもそもロケットなどと言うものは、いわば爆弾の塊のようなものだ。そんな爆弾の力で宇宙に飛び出した経験を持つハーマンにとっては、この程度の音はさほど恐怖ではない。
だが、あの音もなく通り過ぎる光の筋は、そんなハーマンでも血の気が引くほどの恐怖を感じさせてくれる。
戦闘開始から3分。その恐怖心を、さらに押し上げる出来事が起こる。
『直撃弾、来ます!』
砲撃管制室からの報告は、艦橋内の20数人の乗員に死の影を落とす。
「砲撃中止!バリア展開!」
艦長の号令とほぼ同時に、あの光が到達する。
だが、今度は真横どころではない。まさしくあの光の束が、この駆逐艦を覆い尽くす。
ギギギギッという、まさに地下鉄の電車が急ブレーキをかけたような耳障りな音が、艦橋内に響き渡る。恐怖のあまりハーマンは、抱きつくカナエの上から抱きついた。
10秒ほど続くこのブレーキ音。だが、艦橋内が再び暗さを取り戻すと、静かになる。窓の外には、青白い光の筋が脇をかすめ続けている。
ハーマンは悟る。ああ、これがバリアシステムというやつか。あの高エネルギービームを、あっさりと跳ね返した。なんという防御兵器だ、と。
だが、次にあれを食らったら、同じように弾き返せるかどうかはわからない。もし、弾き返せなかったら……
そう感じたハーマンは、カナエの肩を持つ。
「カナエ。」
外では、まだ戦闘は続いている。ビュンビュンとビームの光の筋は通り過ぎ、落雷のような砲撃音が鳴り響く。そんな最中に、ハーマンはカナエの顔をじっと見つめる。
「あ、あの、ハーマンさん……ど、どうしたのです……」
問いかけるカナエのセリフを遮るように、ハーマンは言い放つ。
「カナエ!生き残ったら、一緒に暮らそう!」
「……は?」
「いや、だから、私と一緒にこの星に残るんだ!そして、一緒にカナリーズの街で暮らすんだ!」
このハーマンの爆弾発言は、艦橋内に響き渡る。せめて砲撃音と同時であれば、それを聞いていた乗員はすぐ脇にいる艦長とアイリーン、その他2、3名程度だったのだろうが、よりによって砲撃の合間の一番静かな時を狙ったかのように、ハーマンの叫び声が轟いたため、艦橋内にいる乗員全てが、この台詞を聞いてしまう。
と、その直後、砲撃音が鳴り響く。青白い光が、カナエとハーマンの顔を照らす。
一瞬、何が起こったのか分からないカナエだったが、砲撃音が止むと同時にカナエはハーマンの手を握る。
「ハーマンさん!」
「なんだい、カナエ!?」
「私達、生き残りますよ!」
「は?」
まったく想定外の返答が、カナエから飛び出した。今度はハーマンが呆気にとられる番だ。
「あ、あの、カナエ……一体何を言って……」
「ハーマンさん!そういうのを、戦場告白って言うんですよ!」
「せ、戦場……告白……?」
「そうですよ!戦場伝説の一つで、戦場での極限状況に追い詰められた男女が、未練を残すまいと己の想いをぶちまける行為なんです!」
「あ、ああ……だが、それがどうしたというのか?」
「戦場告白をすると、その男女は必ず生還する!そう言われている伝説なんですよ!」
カナエは突然、力説し始める。カナエの言っていることは、ある意味本当で、ある意味虚構だ。
200年以上の長きにわたる連合、連盟の戦闘の中で、この戦場告白という行動は確かに行われている。そして、その行動に及んだ後に生還した男女は、確かにいる。
だから「戦場告白」などという、このごく稀にしか見られない現象を目にした乗員らは、生き残った後にこの「戦場告白」伝説を作り上げた。
だがおそらく、戦場告白したものの、生還できなかった男女もいるはずだ。いくら伝説通りの行動に及んでも、死の確率は、敵味方、戦場告白の有無に関わらず、等しく存在する。
たまたま生き残ったものが伝説として祭り上げたために、戦場告白の生存伝説が出来上がったに過ぎない。
しかし、カナエはこの伝説の噂を信じるあまり、興奮する。
「だからハーマンさん!私達、こんなビーム砲撃にびびらなくったっていいんですよ!勝てちゃうってことです、生き残るんですよ、私達!」
だが、ハーマンは思いの外、冷静だった。
「あの……カナエ。」
「なんですか!ハーマンさん!」
「その、なんというか……返事を、聞いていないのだが……」
それを聞いた瞬間、はっと我に帰るカナエ。まるでひと事のように喜んでいたが、実は自分に向けられた言葉であることを急に意識し始める。真っ赤な顔で、突然動揺し始めるカナエ。
「あ、あわわわわっ!わ、私わあ!は、ハーマンさんと……」
「おい、大丈夫かカナエ!」
心拍数が上昇し、急に頭に血が昇りすぎて気を失いそうになるカナエ。そのまま、真っ赤な顔でハーマンに抱えられる。
「……カナエ、すまなかった。もしかしたら、次の砲撃で死んでしまうんじゃないかと思ったら、自分の心の中にあるものを打ち明けておこうかと……そう思っただけなんだ。」
時折鳴り響く砲撃音の合間に、ハーマンは抱えるカナエに話す。そんなハーマンを見て、カナエは決意する。
「あ、あの、ハーマンさん!」
テンションが上がったり、上がりすぎてぶっ倒れたりと忙しいカナエだが、ここでまた奮起する。
「おい、カナエ、あまり興奮しない方が……」
「何言ってるんですか!興奮しなきゃ、返事なんてできませんよ!」
そしてカナエは立ち上がり、ハーマンの手を握る。
そして、カナエは叫ぶ。
「ぜひ、一緒になりましょう!ハーマンさん!」
おそらくこの時が、この艦の守備力が最も下がった瞬間だった。
艦橋にいる全ての乗員が、カナエとハーマンに注目している。こんな時に敵の砲火など、かまっている場合ではない。
だが幸いこの時、敵の砲火はこの駆逐艦4330号艦に命中しなかった。それどころか、敵が後退を始めた。
「て、敵艦隊、後退していきます!」
「なんだと!?このまま逃げるつもりか……味方艦艇は!?」
「現在、1000隻の艦隊が、100万キロの地点まで接近!」
「よし、その中艦隊が到着するまで、なんとしても足止めするんだ!逃すか!」
艦長が檄を飛ばす。艦橋内は、一気に盛り上がる。
「敵艦隊、さらに後退!このままでは、射程圏外に出ます!」
「各艦に伝達!前進半速!敵艦隊左翼側に攻撃を集中!敵の陣形を崩し、足並みを乱すんだ!」
なんだか急に艦長も興奮し始める。この駆逐艦4330号艦は、4301号艦から4329号艦までの艦艇を指揮するリーダー艦の役割も兼ねている。その指揮権を持つのが、この艦の艦長だ。アイリーンがこの艦に同乗しているのも、接触人としていざという時に数十隻の駆逐艦を動員できるからである。
というわけで、敵の20隻の艦艇に向けて、30隻の砲火が浴びせ続けられる。
よりによって戦場告白なんてものが行われた結果、士気の上がってしまったこの駆逐艦4330号艦相手に、ただでさえ劣勢の敵艦隊が勝てるわけがない。30分の打ち合いの末、ついに連合側の1000隻の艦隊が到着し、この20隻は投降する羽目になる。
奇しくも戦場告白伝説は、彼らに勝利をもたらした。
「いやあ、ハーマンさん、勝っちゃいましたよ。」
「あはは……そうだね、カナエ。」
戦闘が終わって我に帰ったハーマンとカナエは、艦橋内にいる20人以上の乗員の目が気になり始める。よりにもよって、この艦橋内にいる全ての乗員が、あの戦場告白の証人だ。
だからこそ、かえってバツが悪い。それはそうだろう。告白なんてものをこれほど大勢の前でしでかしてしまった。普通の告白ならば、絶対にこんなことはしない。
それを察してか、他の乗員もいたずらに2人を刺激するようなことはしない。戦闘が終わったとはいえ、まだ敵の艦艇が20隻もこの宙域に存在する。降伏したとはいえ、いつ敵が急速離脱を図るかもしれない。そんなわけで、任務に専念する乗員達。
しかし、だ。こういう緊迫感とは無縁の男が一人いる。
「ハーマン、カナエ、おめでとう!」
大声で叫び、手を叩く人物がいる。アイリーンの後ろに立ち、事の次第をずっと見守っていた、エルヴェルトだ。
そのエルヴェルトの拍手に、アイリーンも呼応する。つられて、横にいる艦長も手を叩き始める。そして気づけば、艦橋内にいる20数人の乗員全てが、この2人に祝福の拍手を贈っていた。
これは良い思い出となるのか、それとも黒歴史になるのかは分からない。だがこの異なる2つの星を出身とする2人は、皆の拍手に笑顔で応えていた。
それから2人は戦艦を訪れて、小惑星帯の宙域を哨戒機で見学し、1週間ほどで地球882と命名されたばかりの星に戻ってきた。
と、同時に、アイリーンは交渉官にここでの折衝業務の全てを移管し終え、星を離れることになった。
「あの、アイリーンさん……あなたに助けていただいたお礼は、一生忘れません。だから私、ここで精一杯生きてみせます!」
駆逐艦4330号艦の発進間際、艦に乗り込もうとするアイリーンに、カナエは別れの言葉をかける。
「あ、そう、じゃあがんばってね。」
だが、アイリーンの返答は実に素っ気ない。手を振って、駆逐艦に乗り込もうとするアイリーン。
「ちょっと、アイリーンさん!それはいくらなんでも、あっさりしすぎじゃないですか!?」
思わず憤慨するカナエ。だが、アイリーンは振り返って言う。
「あんたねぇ!私が誰だかわかってるの!?」
予想外に激怒するアイリーンに、思わずたじろぐカナエ。
「そ、そりゃあ、宇宙最速の魔女で……」
「そうよ!その最速魔女が、いちいちこんなところでお別れの挨拶なんてするわけないでしょうが!」
「……えっ?」
「だって、私は最速なのよ!?あんたが私に会いたいって、ちょっとメールで送ってさえくれたら、たとえ1万4千光年離れた場所にいても、すぐに飛んできてやるわよ!分かる!?私は、あんたに会おうと思ったら、いつでも会えるわけ!だから私はお別れの言葉なんて、絶対に言わないわよ!」
などと言いながらも、アイリーンは感極まって、カナエに抱きつく。
「……あんたはいつまでも、私の補佐なんだからね。いつでも呼びつけてやるから、覚悟しなさいよ……」
「はい、アイリーンさん……あ、そうだ。」
「なによ。」
「アイリーンさんの結婚式、ぜひ私も呼んでくださいね。」
「そ、そりゃあ、相手が決まったら……」
「何言ってるんですか!相手なんて……ああ、そうそう、その時までにはさらに進化した、65536個の目標を同時に捉えられる最終型KWSを持って行きますから!式場の来客者どもの度肝を抜いてやるんですから!ぐふふふ……」
「あんた、子供ができるまでには、その危ない性格をなんとかしなさいよ……」
しばらく抱き合う2人。そしてアイリーンは、地球882の新たな宇宙の玄関口、カナリーズを離れていった。カナエを、残して。
展望室で、ボーッと窓の外を眺めるアイリーン。そのアイリーンの後ろに、エリシュカが立つ。
「アイリーン様、何をボーッとしていらっしゃるのですか?」
「あ、ああ、なんて言うのかしら……きっとあれよ、疲れが出たのね……」
そんなアイリーンの横で、エリシュカに察するようアイコンタクトを送るエルヴェルト。だが、エリシュカは続ける。
「人間五十年……」
「は?」
「……下天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり……」
「あの、エリシュカ、あんた何を言って……」
「人の一生は、短く儚いものにございます。カナエ殿も、アイリーン様も、その儚い一生のこのわずかな時間を、無駄になさいますな。」
「……あんたってほんと、そういう爺臭い格言が大好きよねぇ……」
3人と1匹になったアイリーン一行を乗せて、駆逐艦4330号艦は、この星を離れる。
別れなど、いつまでも振り返っている場合ではない。すでに次の赴任地に向けて、アイリーン達は漆黒の世界の果てに飛び去っていった。




