#5 空中戦
「航空機?それ本当?」
「ええ、かなり初期型の航空機らしいですが、すでに何機か確認されてるらしいです。」
「そう、で、どれくらいの速度が出るの?」
「せいぜい100キロ程度だそうです。が、巡航速度なので、最高速度がどれほどかは……」
「そう。でもその程度じゃあ、私の敵じゃないわねぇ。」
降下したばかりのこの未知惑星の上空で、アイリーンはヤーコブ中尉から説明を受ける。ここは地球411遠征艦隊所属の駆逐艦2970号艦の会議室。そこでアイリーンは、次の接触に向けて動き始めていた。
初仕事の地である地球874を離れ、すで3週間が経った。すぐに次の仕事が舞い込み、300光年以上を旅してこの地にやってきた。
2週間前に見つかったばかりのこの星は、文化レベル3、つまり、工業革命以降の星だということが分かっている。そして今、アイリーンはこの星の航空機の存在を知る。
衛星軌道上から撮影されたその航空機は、布製の羽根に、小型のエンジン、剥き出しのコックピット。確かに、初期型の航空機だ。しかし機銃を備えており、それが軍用機だと分かる。
荷物をまとめ、いつもの魔女用スティックを手に、哨戒機格納庫へと向かうアイリーン。今回の服装は、一見すると普通のカジュアル服だ。だがもちろん、時速300キロで飛ぶ魔女の服、普通であろうはずがない。
強化ケプラー繊維で作られ、防弾チョッキも兼ねたこの服は、対人用機銃程度ならば弾の貫通を阻止できるほどの樹脂だ。いざという時の備えだけでなく、アイリーンの最高速力にも耐えられる服だ。
「接触人殿、どこを目指します?」
「そうねぇ、場所的にはここね。」
アイリーンは、地図上のある街を指差す。海のそばにあるその街は、大きな軍事施設も見当たらず、それでいて交通の要衝とうかがえる場所。接触人が向かうには、うってつけの場所だ。
「この街ですか。ただ、ここはちょっと気がかりな点が一つあるんです。」
「気がかり?」
「ほら、すぐそばに滑走路が見えます。明らかにここは、航空基地ですよ。」
「大丈夫よ、せいぜい100キロの初期型航空機でしょう?しかもここにはレーダーのようなものはないことが分かってるんだから、何の問題もないわ。」
自信満々に応えるアイリーン。装備を身につけて、哨戒機に乗り込む。
「そんなことよりも、この服はどう?この星の街を歩いて、浮いちゃわないかしら?」
「さあ……私に聞かれても。」
今回は、服飾デザインがまったく読めない。どんな格好をしたところで、目立つのは必至だ。なるべくなら穏便に接触したい、前回での経験からそう願うアイリーンにとっては、滑走路のことよりも服装の方が重要事項だ。
「では、1番機、発進します。」
「いいわ、出してちょうだい!」
「1番機より艦橋!発進準備よし!発進許可を!」
『艦橋より1番機!発進許可了承!ハッチ開く!』
格納庫の重いハッチが開き、ロボットアームで突き出される哨戒機。そしてこの白い機体は、高度2万メートルの薄い空の上に放出される。
降下飛行に移る哨戒機、パイロットのヤーコブ中尉が叫ぶ。
「現在、高度1万7千、速力500、地上に向け降下中!」
「街の手前10キロで出るわ。高度は1000メートルまで下げてちょうだい。」
「了解!」
哨戒機パイロットに注文するアイリーン。腰にバリアに拳銃、そのほか通信機などを装備、背中には、少し大きめのバッグを抱える。
「目標まで、10キロ!空中停止!高度1000メートル!」
「ありがとう!じゃあ、行ってくるわね!」
「接触人殿!ご無事で!」
ハッチを開けて飛び出すアイリーン。スティックにまたがり、哨戒機のハッチを閉じ、街に向かって飛び始める。
そのまま徐々に高度を下げる。チラッと見たスマートウォッチには、高度600、速力200と出ていた。まっすぐ目標の街に向けて飛んでいるアイリーンに、哨戒機から連絡が入る。
『1番機より接触人!接触人殿の前方に機影6!速力150!』
「なんですって!?航空機なの!?」
『速力とレーダーの機影のサイズからすると、おそらくは単座機かと!』
「分かった!注意するわ!」
とは言ったものの、好奇心旺盛なアイリーンが避けようなどと思うわけもなく、そのまままっすぐ突き進む。すると哨戒機の情報通り、前方に機体が見えてきた。
上下2枚に分かれた茶色の翼、小型で剥き出しの星型エンジン。まさに初期型の航空機、複葉機だ。そんな古風な航空機が、時速150キロで飛んでいる。
が、飛び方が妙だ。ずっと前を先行する1機に、その後ろからついてゆく5機。
その前方の1機に向かって、後ろの複葉機が突然、機銃を撃つ。
チラチラと曳光弾が見える。その弾を避けようと、前方を飛ぶ機体が旋回する。回避運動で速力が落ちたその機体を、その5機が追いつく。
(なにあれ……仲間同士じゃないの?)
6機とも、同じ機体、同じ紋様が描かれた複葉機。だが、先行した1機だけが攻撃されている。弾を避けるため、左右に機体を振るその1機。
何が起きているのか分からないが、アイリーンの中にあるいつもの負けん気と正義感が湧き出す。アイリーンは、速度を上げる。
みるみる、複葉機の群れが近づいてくる。相手の顔がはっきり見えるくらいまで接近して、ひょいっと向きを変えるこの高速魔女。
突然現れた、この羽根もなしに空を舞う不可思議な人物に面食らう飛行士。アイリーンは向きを変えて、複葉機1機の後ろにつく。
ちらちらと、アイリーンの方を見るそのパイロット。得意げな顔をするアイリーン。するとその機体は突然、上昇する。
上昇で機速が落ちる複葉機、まっすぐ飛ぶアイリーンはその複葉機の前方に出る格好となる。だが、その複葉機は前に出たアイリーン目掛けて機種を下げ、アイリーンに向けて機銃を撃ってきた。
頭をかがめ、腰のバリアスイッチに手をかける。バリア粒子が、ビシビシと弾を弾き飛ばす。そして、すぐ右脇を通り過ぎる複葉機。
(なによ、やるわね!)
この一撃が、この魔女の闘争心に火がついた。アイリーンは再び、その機体の後ろにつく。
先ほどと同じ戦法をとる複葉機。上昇し速度を落として魔女を追い越させて、上空から機銃を掃射する。しかしこれは、アイリーンにとって想定内だった。
(同じ手は、通用しないわよ!)
その場で急減速する魔女。しかもこの魔女は、減速しながら上昇する。この星の航空機では絶対に不可能な、空力無視のこの機動性に、あの複葉機はついていけない。
そのまま、複葉機のコックピットの横につくアイリーン。笑みを浮かべパイロットを一瞥するアイリーンは、突然そのパイロットの頭を殴りつける。
「危ないじゃないの!当たったら、どうするのよ!」
空の上で殴られるなどとは、全く想定外だったこの単座式複葉機のパイロット。そのまま機体をひるがえし、魔女から離脱する。
だが、アイリーンは銃を握る。そして、機銃の根元を目掛けて一発放つ。赤い火花が一瞬煌めき、機銃が脱落するのが見える。
そしてそのまま、残りの4機に向かって飛ぶアイリーン。最高速度の300キロで接近し、複葉機の機銃を次々に落としていく。
武器を失った複葉機の5機は、そのまま航空基地へと引き返していく。
そして、あの1機だけが残る。水平飛行のまま、まっすぐ海の方へと進んでいる。アイリーンはその機体に追いつく。
速力は100キロ。横に並んだアイリーンは、その複葉機のパイロットに向かって叫ぶ。
「追手はいなくなったわよ!」
だが、パイロットの様子がおかしい。どう見ても、前を見ていない。顔を下に埋めたままだ。このパイロット、まさか前を見ずに飛んでいるのか?
覗き込むと、コックピット内に血が散乱している。どうやら先ほどの攻撃で、右肩を撃ち抜かれたらしい。そのままパイロットは前のめりになり、気を失っているようだ。
コントロールを失った機体は、徐々に傾き始める。高度も下がり始めた。
(まずいわ!)
危機を察したアイリーンは、肩のベルトを銃で撃ち抜く。そして、左腕を握って引っ張り出す。
「ちょ……重いわね、このパイロット!」
どうにかパイロットを引き上げたアイリーンは、そのパイロットを抱えたまま高度を下げる。操縦士を失った複葉機はそのまま森の上をふらふらと飛行し、やがて森の中に落ちて炎上する。
森の木々が開けた草原を見つけ、アイリーンは降り立つ。そしてその草の上にそのパイロットを下ろす。
「はぁ~っ!重かった~!」
一人乗り、というか、自分自身を飛ばすことしか想定していない魔女にとって、もう一人を抱えるということは、全くの想定外だ。
「と、とにかく、応急処置しなきゃ。」
背中のバッグを下ろす。そして、中にある救急キットを取り出した。そして、そのパイロットの右肩の服を引き裂き、血を拭い、貼り薬を貼り付ける。
が、薬を貼り付けた時、その痛みでパイロットが目を覚ます。
「うわああぁぁっ!」
びくっと起き上がるパイロット。その声にびくっとするアイリーン。
「な、なによ、突然!?」
パイロットに向かって叫ぶアイリーン。そのパイロットは辺りを見回すと、顔を覆っている防空眼鏡と布を取る。その素顔をアイリーンの前に表したパイロット。
これがアイリーンとエルヴェルトの、出会いの瞬間であった。