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#49 嵐の前

「戦艦ですよ、戦艦!楽しみですねぇ!」

「カナエよ、なぜ大型の戦闘艦に行くことが、そんなに楽しみなのかい?」


ハーマンを乗せて、もう7日が経った。補給のために一度、駆逐艦4330号艦は小惑星帯(アステロイドベルト)に駐留する戦艦へと向かう。


「ええとですね、戦艦の中には街があるんですよ。」

「……は?街?宇宙に浮かぶ船の中にか?」

「そうですよ。ぜひハーマンさんを連れて、行ってみたいと思ってたんですよ!ぐふふふっ……街に行ったらやっぱり、映画観てパーツショップに寄って、それから……」


マニアモードのスイッチが入ったカナエに、呆れ顔のハーマン。


「いや、しかし……どういうことなんだ?宇宙船の中に街だなんて……想像もつかないな。」

「行けばわかりますよ。ぐふふふ……」


眉をひそめるハーマンだが、そんなカナエと共に駆逐艦の外に向かう。

宇宙に出る前に一度、カナリーズ宇宙管制局にそのことを報告するためだ。ちょうどアイリーンは、政府高官と会うため出かけている。このため、立会人としてカナエを連れていくことになった。


「いやあ、やっぱり地上はいいですね!空気が旨い!」


能天気なカナエに、ハーマンは尋ねる。


「そういやあカナエ、もう長いこと地上には降りていないのかい?」

「そうですね。この間、地球(アース)881に降りて以来、ひと月近く宇宙船の中ですよ。」

「じゃあ、地上に降りるのは本当に久しぶりなんだ。」

「はい!人工重力じゃない引力を感じながら歩く地上は、なんだか清々しいですねぇ!空気もとっても美味しいし!」


カナリーズ管制局へと続く道を、仲睦まじく歩く2人。それを建物の中から見守る管制局の人々。彼らにとって初めての、人類と地球外生命体との接触の光景だが、それはどこにでも見かける男女のそれだった。

2人はその管制局の建物に入り、滞りなく事務的な報告を終える。すると局長が、ハーマンに言う。


「ところでハーマン少佐。」

「はっ、なんでしょう、局長。」

「せっかくの地上だ。彼女を連れて、街にでも出かけるといい。」

「は?しかし、私には……」

「明日からはしばらく、宇宙なのだろう?しばらく、地上を離れることになる。」

「は、はあ……」

「それに、彼女は宇宙暮らしが長いのだろう?ならばこの地上にいる間に、広い世界を堪能しておいた方がいいだろう。」

「はぁ……では、お言葉に甘えて……」


局長のこの提案を受けて、ハーマンとカナエは街へと向かうことにする。そんな2人を、窓から眺める局長。

そしてその彼の横に、もう一人の人物が立つ。


「これで、よろしかったのかな?」

「ええ。」


局長の横で腕を組んで、窓の外を眺めるその人物は応える。


「これがいいきっかけになると、いいのだけれど。」

「そうかな?私が見る限り、他人があれこれ介入する必要もないほど、親密に見えますが。」

「いえいえ、なんていうか、まだまだ危なっかしくて……あと一押しが足りないんですよ、あの2人は。」


頬に右手を当てながら応えるアイリーン。その目線の先には、ちょうど管制局の門で手続きをしている2人の姿が見える。


カナリーズの街は、その門を出て5分ほど歩いたところにある。元々、ここは小さな漁村だったのだが、宇宙開発競争により宇宙管制局と空港が作られると、その関連産業の人々によって爆発的に人口が増え、急造の街が築かれた。

街のすぐそばにある海岸には、多くの船が停泊している。赤道に近いこの海岸は、沖に出ると急激に水深が深くなるその地形のおかげで、天然の港として好都合な場所であった。さらにその海岸沿いには平坦な土地が広がり、まさに発射台を築くには好都合な場所。ここが宇宙への玄関口へとして選ばれたのは、これらの好条件が重なってのことだった。


「へぇ~、だからこの街、新しい建物が多いんですね。」

「私がここにきた時には、街の多くはまだ建設中だったけど、その3ヶ月後にはもう都市の真ん中にいるような賑わいに変わっていたよ。」

「す、すごいですね……やはり、国の威信をかけて築いた街なんですよね、ここは。」

「3ヵ月に一度はロケットが打ち上げられているからね。8日前に初めて人の乗ったロケットが上がるって時は、そりゃあ大騒ぎだったよ。いよいよこの街から地球を飛び出す人が出るんだって、その打ち上げの前日は街中で馬鹿騒ぎしていたらしいよ。」

「はぁ、そりゃそうでしょうね。で、ハーマンさんはその時、どうしてたんですか?」

「うん、緊張で眠れなかったな。」

「ああ、そうですよね……未知の世界へ飛び出すわけですから、眠れるわけないですよね。」

「でも、まさかこんな大きな宇宙船と共に帰ってくることになるなんて、思わなかったけどね。」


いかにも大急ぎで作ったと言わんばかりの、真っ白な3階建てほどのビルの間を歩きながら、カナエはハーマンからこの街のことを聞く。


そのカナリーズの街は今、大勢の人々で賑わっている。賑わいの原因はもちろん宇宙船だが、今はハーマンの乗ったそれではなく、あの空港の脇に着陸し駐留し続ける、あの灰色の船だ。


「いらっしゃい……って、なんだ、宇宙の英雄じゃねえか!?」

「よせやい、私は英雄でもなんでもないよ。」

「何言ってんだよ。この地球で最初に宇宙に行って、帰ってきた人物には違いねえじゃねえか。で、そっちのお嬢さんは誰だい!?」


ある店に立ち寄る。ホットドッグなどを売るその店はどうやらハーマン行きつけの店だったようで、店の主人がハーマンに親しげに話しかけてくる。


「ああ、彼女はカナエ。あの船の人だよ。」

「ええーっ、あの船って……てことはこのお嬢さん、宇宙人か!?」


驚く店主、宇宙人という言葉に応じて、振り返る大勢の人々。


「ちょ、ちょっと待て。彼女の前で宇宙人という言葉は……」

「あ……いや、すまない。つい……」

「あははは、いいですよ。私の星でもつい数ヶ月前までは、同じように宇宙人に驚いてましたから。」


困った表情で、申し訳なさそうに謝る店主に、両手を振って応えるカナエ。そんな2人に、ホットドッグを渡す店主。


「しっかし、なんだな……全然宇宙人には見えねえな。言葉まで一緒たあな。」

「ええ、不思議ですよね。私もまさか宇宙にこれほどたくさんの人がいるだなんて、考えてもいませんでした。ましてやその宇宙に、私が乗りだすだなんて……」


カナエは、これまでの経緯を店主に話す。それを聞いてうなづく店主。


「ふーん、するってえとあんた、その接触人(コンタクター)と一緒に、宇宙を旅してるんだ。」

「はい、そうなんですよ。」

「面白そうな話だが、しかし広い宇宙だ、おっかねえこともあるんじゃねえのか!?」

「そりゃあありますよ。森の中で襲われてる姫を助けたら頭のおかしな侍女がついてきたり、落っこちてくる隕石をなんとか阻止してみたり、森ん中でおバカな妖精を拾ったり……ああ、そうそう、いきなり戦闘に巻き込まれたこともありますよ。」

「戦闘って……宇宙でか?」

「そうですよ!これがもうおっかないのなんのって!バカバカ砲撃し始めたかと思ったら、まるで電車が急ブレーキかけたようなギギギギーッて音が鳴り響くんです!何がなんだか、わけわかんなくって……」

「そ、そうなのか……いやあ、うちらはやっと宇宙に行けたばかりだっていうのに、お嬢さんはえれえ目に合ってたんだなあ……」


ホットドッグ片手に熱弁するこのおかしな宇宙人の話に、思わず聞き入る店主とハーマン。カナエの話す宇宙は、彼らの想像とはまるで違う世界だった。


「たった数ヶ月で、それだけの体験をしてるってことは、この宇宙っていうのはとんでもねえ騒がしいところだったんだなあ。俺はもっと静かなところだと思ってたが。」

「いやあ、普通は静かですよ。アイリーンさんの行く先々が異常なんですよ!でもまあ、そのおかげで私、退屈しませんけどねぇ。」


しばらく、そのホットドックの店で話し込むカナエ。このよく喋る宇宙人に、周りの人々も集まってくる。やがて、ホットドッグ屋には人だかりができていた。


「それじゃあ嬢ちゃんは、その城の姫を救ったってことなんだ。」

「そうですよ!KWSは音速を超える4096個の標的を同時に捕捉し、迎撃できるんです!そんなKWSの前では黒色火薬で撃ち出す鉄の玉なんざ、コンクリートの上を這うダンゴムシのようなもの!狙って下さいと言わんばかりですよ!」


調子に乗ったカナエは、大勢の人々に前で饒舌になっていく。この奇妙な宇宙人の話は、その後、しばらく続く。

で、気づけば西日が空を紅く染め始めていた。


「あははは……ちょっと、喋りすぎちゃいましたね。」


頭をかきながら、ハーマンの顔色を伺うカナエ。


「いや、喋りすぎなのはいいんだが……」


ハーマンが返す。その口調は明らかに重く、どことなく表情も暗い。ハーマンの心情を図かねているカナエに、ハーマンが口を開く。


「なあ、カナエ。」

「は、はい!」

「カナエはとても楽しそうに、今までの出来事をあの店で語っていたけど、やっぱり、アイリーンさんとの旅の方がいいのかい?」

「えっ……?」


随分と意味深なことを言い出すハーマンに、カナエは応える。


「……ええと、そりゃあ退屈しないし、やりがいは感じてますよ?ただ、時々、命の危険を感じることもありますけどね……」

「では聞くけど、カナエはこのまま一生、宇宙暮らしを続けるつもりかい?」


カナエは、ハーマンのこの言葉を図りかねていた。このためハーマンのこの問いに、駆逐艦にたどり着くまで、ついにカナエは応えることはなかった。

そんな気まずい雰囲気の2人を乗せて、駆逐艦4330号艦は発進する。


「両舷、微速上昇!駆逐艦4330号艦、発進する!」

「機関始動!両舷微速上昇!」


機関が発するヒィーンという甲高い音が、艦橋内に響き渡る。ゆっくりと上昇を続ける駆逐艦4330号艦。日も沈んだカナリーズの街だが、この駆逐艦の発進を見届けようと、空港の周囲には大勢の人々が集まっており、ライトアップされていた。

そんなライトの光が徐々に遠ざかるのを見届けるアイリーンだが、アイリーンの視線は、どちらかと言うと窓よりも、カナエとハーマンの方に向けられていた。


(何か、あったな。)


大雑把な性格のアイリーンでも分かるほど、2人の様子がよそよそしい。いや、この異変に気付いていないのは、バタバタと羽をばたつかせてアイリーンの髪の毛にしがみついているカレーくらいのものだ。


駆逐艦は高度を上げる。規程高度の4万メートルに達すると、艦長の号令がかかる。


「これより、大気圏離脱を行う!機関最大出力!両舷前進いっぱい!」

「機関最大!両舷前進いっぱーい!」


これこそ、まさにハーマンがみたいと望んだ瞬間だ。この巨大な惑星の重力を、こんな大きく重い船がどうやって振り切ると言うのか?まさしくその場面に今、ハーマンは立ち会っている。

たった1.8トンの重さの宇宙船を軌道に乗せるのに、30トン以上のロケットを使用しなければならず、しかもその大半が燃料の重さだ。なのにこの駆逐艦は、燃料よりも船体の方がはるかに重い。それでいながらこの船は、この惑星の重力を振り切って外宇宙に出るのだ。

いくら話で聞いていても、実際に目で見るまでは信じられない。それほどこの星の人間にとっては、この宇宙船は非常識だ。だがこの灰色の巨大な宇宙船は、けたたましい音を立てて大気圏離脱を開始する。


ものすごい勢いで後ろに流れる窓の外の光景。だが、その加速度は全く感じられない。艦長に至っては、紙コップに入ったコーヒーを左手に持っているが、その液面は小刻みに揺れている程度。これもまた、ハーマン達の常識を超えた現象だ。

そんな非常識の塊に乗って、まさに宇宙に飛び出さんとしているハーマン。それ以外のことは、今は考えてはいない。いや、考えないようにしている、と言ったほうがいいか。とにかくハーマンは、窓の外の光景を食い入るように見つめていた。


大気圏離脱開始から10分。青い星を横切り、月軌道すらも超えて、まさに外宇宙に向けて進路を向けた駆逐艦4330号艦。

この星の表面にいた他の駆逐艦30隻と合流しつつ、真っ暗な闇の中を突き進む。


「僚艦との相対距離、1200メートル!小惑星帯(アステロイドベルト)への到着時間は、およそ7時間後!」


航海科から、目的地へのおおよその時間が伝えられると、アイリーンは振り返ってハーマンに声をかける。


「さ、ハーマンさん、カナエ、食堂にでも行って、時間を潰しましょうか。」


当然、この2人のことをなんとなく察しているアイリーンだが、ここはあえていつものように誘った方がいいだろうと考えての声かけだった。そんなアイリーンに、うなづく2人。


だが、このタイミングで、事態は起こる。

近距離レーダー担当が突然、大声で叫ぶ。


「レーダーに感!艦影20!3時方向、距離33万キロ!」


続いて、光学観測担当も叫ぶ。


「光学観測!艦色視認、赤褐色!あれは連盟艦隊です!」


それを聞いた艦長が叫ぶ。


「警報発令!総員、戦闘配置!艦内哨戒、第一配備!」

「了解、警報発令します!艦内哨戒、第一配備!」


ウォーンというけたたましい音が、艦橋内にも鳴り響いた。レーダー担当が艦影を捕捉してわずか20秒で、一気に艦内は戦闘モードに入った。


「ちょっと、なんだってこんなところに連盟軍が……?」

「艦数から考えて、偵察任務でしょう。これより敵艦の追尾、および迎撃に入ります!」


これほどまでに地球(アース)に接近した敵艦隊を見逃す訳にはいかない。あの星に取りつかれでもしたら、厄介だ。


「僚艦にも発令!面舵90度、両舷前進いっぱい!」


重力圏脱出が一段落して静けさを増した艦内が、再び会話もできないほどの騒音に包まれる。


この星で最初に宇宙に飛び出し、そして外宇宙へと出ることになったハーマン。

だが同時にハーマンは、この星で初めて宇宙戦闘を体感することとなる。

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