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#48 任命

「大気圏突入シーケンスまで、あと2分!両舷減速、赤20!」


アイリーンとエルヴェルト、そしてエリシュカは艦橋にいた。少し苛立つアイリーンは、エリシュカに向けて呟く。


「遅いわねぇ……カナエのやつ、いつまでかかってるのかしら……」


頭上には、バタバタと音を立てて妖精が舞っている。だが、そんな羽音など気にする者はいないほど、艦橋内は大気圏突入に向けて皆、慌ただしい。


「対地レーダー作動開始!高度80キロ!」

「船外温度、700度、バリアシステム作動、大気圏突入シーケンス開始!」


徐々に窓の外が赤く光り始める。窓の外の色に合わせて、アイリーンの顔も赤くなり始める。


「まったく、バカナエ!何やってんのよ!大気圏突入が始まったじゃないの!」


と、アイリーンが怒りをぶちまけ始めると同時に、カナエが艦橋に入ってくる。


「お、遅くなりました!」

「こらっ!バカナエ!何やってたのよ!」

「ああ、アイリーン殿、申し訳ない。実は私が昨日、着ていた服を洗濯に出していて、それを受け取っていたのです。それで遅れてしまって……」

「……あっそ。ハーマンさん、そういうことだったの。まあ、いいわ。あなたが、大気圏突入時にはその光景を見たいって言ってたから、それでやきもきしてただけなんだから。」

「すいません、もう少し私が早く気づいていれば……」


遅れた理由を話すハーマンに、申し訳なさそうに謝るカナエ。アイリーンは、そんなカナエを見て一瞬呆れた表情を見せるが、すぐに窓の外に目を移す。

窓は、すでにオレンジ色のかかった白い光で覆われていた。大気圏突入時に発生するプラズマ光だ。


「現在、船外気温3000度。あと1分で、突入シーケンスを完了します。」

「前方300キロ以内に障害物なし!進路クリア!」


艦橋内の各担当者の声が淡々と響く。窓際近くでは、外を指差してハーマンに何かを話しかけているカナエがいた。

やがて、白い光は徐々に消える。下には、海が広がっていた。


「高度3万3千、速力1500、大気圏突入シーケンス終了。これより通常航行にて、カナリーズを目指します。」

「現在、カナリーズの南南西約120キロ、到着まであと15分。」


カナエとハーマンは、まだ窓際にて話し込んでいる。アイリーンは、窓の外、というより、窓際にいる2人を見つめていた。


「アイリーンの髪の毛に、ダァーイブ!」


能天気なカレーが、アイリーンの髪の毛に向かって飛びかかる。だがアイリーンは自由気ままな妖精などには構うことなく、窓際へと向かう。


「カナエ!」


アイリーンが叫ぶ。それを聞いて、全身をビクッとさせて振り返るカナエ。


「な、なんでしょう!?」

「……何を慌ててんのよ。それよりも、もうすぐハーマンさんを地上に送り届けなきゃいけないから、手伝ってちょうだい。」

「えっ!?あ、はい……」


アイリーンのこの言葉を聞いたカナエは、なんだか少し意気消沈している。そしてハーマンに一言話しかけた後、2人で艦橋を出る。その様子を、腕を組んで見届けるアイリーン。


「久しぶりの地上だな。僕もちょっと、降りようかな?」

「あんたは留守番よ!地上に行くのは、ハーマンさんと私だけ。その際に、乗員の上陸許可をもらえたら、降りてもいいわよ。」

「そうかい?でも、せっかくの地上だから、僕は早くアイリーンと一緒にデートしたいなぁって思ってたんだけど。」

「そういうのいいから!別に地上じゃなくても、いいから!」


この事実上夫婦のなりふり構わないやりとりに、艦橋の乗員らは笑いを堪えながら任務に従事していた。


そうこうしているうちに、窓の外に陸地が見えてきた。そのそばには、大きな建物が並ぶ。海沿いには、発射台のようなものも見える。そこがこの星の宇宙への玄関口、カナリーズだ。

そのカナリーズでは、徐々に接近する灰色の大きな宇宙船を見ようと、大勢の人々が集まっていた。これほどの人々が集まるのは、前日に行われたハーマンの乗るロケット打ち上げ以来、いや、それ以上か。


全長300メートル、この星の長さの単位で300メルティのこの巨大な宇宙船は、予め決められた着陸地点、カナリーズ空港の滑走路の一角へと向かう。

徐々に速度を落としながらも、安定して空中に浮遊しているこの駆逐艦を見て、人々はその超越した技術力に驚きと不安を覚える。だがそんな群衆に構うことなく、駆逐艦は着陸態勢に入る。


「両舷停止!規定の着陸地点に到着!高度120!」

「ギアダウン、両舷微速下降!」


徐々に高度を下げ、滑走路の端に接近する駆逐艦。その様子を見守る人々。やがて駆逐艦は、地上に降り立つ。

ズシーンという音と揺れが、このカナリーズ空港一帯に響く。そして空港の端には、この長さ300メートル、高さ75メートルの船体がやじろべえのように突っ立っている。


「重力アンカー!船体固定!着陸、完了いたしました!」

「了解、各部センサーを確認せよ。」


着陸後すぐに艦長による最終チェックが行われ、それが終わると艦底部にあるハッチが開かれた。

すでにエレベーターにて、ハーマンとともに入り口付近に待機していたアイリーンは、ハッチが開くと同時に外に出る。


「ああ……ここはまさにカナリーズだ。私はついに、帰ってきたんだ……」


出発した時の宇宙服姿で、地上に降りるハーマン。その後ろから、アイリーンが追従する。


「さてと、これからが大忙しよ。まずは、あなた方のお偉いさんと話をして、宇宙船を返して、それからその先の交渉ごとの相談をして……」


アイリーンはハーマン相手にベラベラと話しているが、そのハーマンはどことなくうわの空だ。


「ちょっとハーマンさん、どうしたのよ、ボーッとして。」

「あ、いや!地上との更新が途絶えて、もうダメかと思っていたあの瞬間からいろいろあって、こうして再び地上に足を踏み入れることになるなんて……そう考えていたんですよ。」

「ふうん、そうなの。」


アイリーンは荷物を抱えながら、ハーマンとともに滑走路の端にある建物に向かって歩く。アイリーンは切り出す。


「ねえ。」

「……なんですか?」

「カナエのこと……」

「はい?」

「いや、あの機械好きなおかしな娘のこと、どう思ってるのかなぁって。」

「ああ、そうですね……カナエさんには、この1日という短い間に、本当にお世話になりました。感謝してます。」

「それだけ?」

「そ、それは……どういう意味ですか?」


このアイリーンの質問に、動揺しつつも図かねているハーマン。


「いやさ……まあ、いいわ。それよりも、お迎えが来たようね。」


滑走路を歩く2人に向かって、車が近づいてくる。その車は2人の前で止まると、一人の男が降りてくる。


「はじめまして。私はジェフリー政務官と申します。あなたが、その……あの宇宙船の代表者なのですか?」

「はい、私は宇宙統一連合より派遣された、接触人(コンタクター)のアイリーンです。我々とあなた方との、この先の交渉ごとの前段の条件を話し合うためにやってきました。」

「なるほど、そういうことですか。ところで、あの宇宙船は?」

「ハーマンさんから聞いてはいると思いますが、あれは戦闘艦です。地球(アース)712遠征艦隊所属の駆逐艦4330号艦。一個艦隊、1万隻のうちの一隻です。」

「……そうか。やはり、それなりの武力を持ってやってきたというのか。」

「勘違いしないでくださいね。あなた方を脅迫するために、我々は大艦隊を派遣しているのではありません。我々とは別の陣営、銀河統一連盟との戦闘に備えて派遣された船ですから。」

「別の陣営?銀河統一連盟?なんですか、それは?」

「後ほど、この宇宙のことについては詳しく説明いたします。まずはどこか、話ができるところへ案内していただけますか?」

「承知した。では、こちらへ。」


いきなり政務官という、政府側の人間が出てきた。だがむしろ、アイリーンにとっては好都合だ。元々それが狙いで来ているから、余計な手間が省けるというものだ。


アイリーンはハーマンとともに、空港の端にある建物の中へと案内される。そこでアイリーンは、3人の政務官との面会を果たす。そこでアイリーンは、持ち込んだタブレットなどを駆使して、この宇宙のことやあの艦のことなどを伝える。


「……つまり我々はあなた方の陣営に加わり、その銀河統一連盟という陣営との戦闘に加われと?」

「はい。」

「だが、いきなりそのようなことを言われても、我々としては決めかねるが。」

「どのみち、この星はもう宇宙の中で認知されてしまいました。となれば、いずれはどちらかの陣営に属し、もう一方の陣営とことを構えることにならざるを得ません。ですが我々としては、あなた方には宇宙統一連合側についていただきたいと思っております。」

「うーん、そのように言われても……」

「今ここで決めていただく必要はありません。我々としても、あなた方にこちらの陣営に加わっていただけるよう、様々な施策を用意しております。その話を聞いてから判断されるということで、いかがでしょうか?」

「……分かった。そういうことであれば、我々としてもありがたい。」

「では、私はこれで一旦、あの船に戻ります。ところで……」

「なんでしょう?」

「今後の交渉に差し当たって、あなた方に3つ提案がございます。」

「うむ、伺いましょう。」

「一つ目ですが、ハーマンさんの乗船されていた宇宙船を、まずはお返ししたいと思います。」

「宇宙船を?」

「はい。何らかの原因で後部が大きく損傷しておりますが、今はこの艦の格納庫にあります。」

「そういえば、ハーマンを救出してくださったと聞いてますな。あの宇宙船は、まだ存在していたのですね。」

「はい。で、二つ目ですが、あの艦にあなた方をご招待いたします。」

「あの宇宙船の中を、ですか?」

「気になるのでしょう?あの駆逐艦の中が。それに、得体の知れないものがこのまま居座られるのも不安でしょう。ですから、ご希望される方を、艦内にご案内いたします。なお、ハーマンさんはすでに見学済みです。」

「そうなのか、ハーマン少佐。」

「はっ、砲撃管制室や機関など、すでに主要な場所を見させていただきました。」

「そうか……いや、その申し出、ぜひお願いしたい。我々としても、あれだけの宇宙船がどのように動いているのかをこの目で確かめさせたい。」

「承知しました。当艦の入り口に警備の者が立つので、その者に申し出ていただければ、いつでも受け入れいたします。」

「で、三つ目というのは?」

「はい。我が艦にあなた方の星の人間を、どなたかを派遣されませんか?」

「いや、今まさに見学の話をされたばかりではないか?」

「いえ、見学ではありません。我が艦に滞在し、我々のことをより深く知っていただく人を派遣されてはという提案です。」

「なるほど……そういうことか。」

「で、私から意見具申ですが、ハーマンさんはいかがでしょうか?」

「ハーマンが、ですか?」

「はい、すでにこの2日間、我が艦で過ごしております。新たな人物を派遣されるより、彼がそのまま駐在員として我が艦にとどまる方が、手っ取り早いと考えますが。」

「なるほどな……同盟交渉となれば、我々もあなた方のことをより知らなければならない。それならば、この段階で誰か一人派遣する方が、今後のためにも都合がいいと。」

「そういうことです、ジェフリー政務官殿。」


このいきなりの提案に、ハーマンは面食らう。まったく想定もしていない話だった。だが、政務官はこの話を承知した。

こうして、ハーマンは再びあの艦に乗ることとなった。一旦、荷物をまとめて、夕方には艦に戻ることに決まった。

こうして、交渉の前段階は終了する。アイリーンとハーマンは、建物の外に出る。


「いや、アイリーン殿……どうやら、気を使っていただいたようだな。」

「なによ、私は配慮なんてした覚えはないわよ。あの場では、至極当然の提案をしたまでだわ。」


アイリーンはハーマンの言葉に、さっぱりとした回答を返すにとどめる。空港の建物を出ると、アイリーンは駆逐艦へ、ハーマンは宇宙管制センターのある建物へと向かう。その場で2人は別れる。

駆逐艦に戻ったアイリーン、入り口に入るや、カナエが立っていた。

そのカナエは、涙を目に浮かべながら突っ立っている。


「ちょっと、カナエ、あんたどうしたの!?」

「うう……何だかよくわからないんですけど、今とっても悲しくて……」

「なによ、珍しいわね。変なドラマか映画でも見たんじゃないの!?」

「い、いえ、そういうわけではないんですが……」


まあ、だいたいの事情は察しているアイリーンは、カナエにこう告げる。


「それよりもカナエ、一つ仕事があるわよ。」

「な、なんでしょうか……」

「もうすぐしたら、ハーマンさんが戻ってくるの。主計科に行って、もう一度彼の部屋の鍵をもらってきてちょうだい。」

「……へ?は、ハーマンさんが、戻ってくるんですか!?でも、どうして……」

「この星からの派遣駐在員として、しばらくこの艦に乗ってもらうことになったの。そのことを艦長に話してくるから、あんたはハーマンさんを案内するのよ。」

「は……はい!合点、承知しました!」


急に元気になるカナエ。そんなカナエの前を通り過ぎて、エレベーターへと向かうアイリーン。

最上階に着くと、艦橋へと向かう。そこで艦長に、地上でのやりとりを話す。


「……そうか。では、今のところは順調にことが運んでいるというのだな。」

「そうよ。だから駐在員を受け入れることになったわ。それから、あの第1格納庫にある宇宙船を返還しなきゃいけないわ。あれを哨戒機で吊り上げて、地上におろしてもらえるかしら?」

「承知した。では、すぐにでも航空科に動いてもらおう。」


艦長への用事を済ませると、再びエレベーターで下の階に降りるアイリーン。

ハーマンの乗っていたあの宇宙船は、その日のうちに返された。

それと入れ替わるように、ハーマンがこの艦にやってくる。

再び、ハーマンとアイリーンら4人は、食堂に会する。


「では、ささやかながらハーマンさんの派遣をお祝いして、かんぱーい!」

「かんばーい!」


食堂の一角で勝手に始められたハーマン歓迎会だが、他の駆逐艦乗員も加わり、食堂全体を巻き込んだイベントと化していた。

そんな中、カナエは満面の笑みで、手にした緑茶を飲んでいる。


「あれ?カナエちゃん、何だか今日は嬉しそうだね。」

「ええ~っ!?そうですかぁ!?いつも通りですよ!」

「いやぁ、何だかいつもとは違うなぁ。いつもは笑うというより、不気味な笑みを浮かべているって感じだからさ。」

「いやですねぇ、それじゃあ私、ただのおかしな腐女じゃないですかぁ!」


明らかに、カナエは浮かれている。だが、その理由を知る者は、それほど多くない。

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