#47 発芽
「アイリーン、ピザとって~!」
「こらーっ!カレー!私の頭の上でピザ食べるのはやめなさい!」
「えーっ!やだーっ!」
「テーブルで食べないと、その羽根、むしり取るわよ!」
「えーっ、それもやだーっ!」
アイリーンに恫喝されて、渋々テーブルの上に降りるカレー。バタバタと、羽ばたく羽根の音がうるさい。
「アイリーン様、このカトンボめに、ピザは少々贅沢ではありませんか?」
「別に、ここじゃピザ自体がたいして贅沢なものじゃないわよ。」
「いえ、この虫けらめは自分を人間と同格だと勘違いしているようなので、それを知らしめるためにも、いっそペットフードにでも切り替えてはどうかと。」
「……この艦で、それを調達する方が贅沢よ。」
羽根をバタバタさせながら美味しそうにピザを食べる妖精が、テーブルの上にいる。その周りには、魔女に機械オタクの腐女、人前で平然とキスをしでかす男パイロットに、目つきのきついメイドがいる。
そんな4人と1匹に囲まれて、あの宇宙飛行士が座っていた。
ハーマンは動きづらい宇宙服を脱ぎ、この艦の軍服を借りて着ていた。
そして彼はこの宇宙船内で、彼らのこと、そしてこの星の未来のことを知らされる。
この宇宙にある、2つの陣営の争いのこと。今乗っているこの宇宙船が「駆逐艦」と呼ばる、小型ながら凄まじい破壊力を持つ砲を搭載した戦闘艦であること。そんな戦闘艦が、すでに1万隻もこの星域に来ていること。そして、どちらの陣営に属するにせよ、いずれは自らの力でその駆逐艦を保有しなくてはならないということ。
艦橋に行き、窓から外の様子を見せてもらった。衛星軌道上にいるこの艦から眺める地球、いや、地球は、小さな宇宙船の窓から見るよりはるかに雄大で、美しい。
そんなやり取りをするうちに、彼らにとっては、すでに宇宙はありふれた場所であることをハーマンは悟る。訓練など必要とせず、まるで海外旅行感覚で気軽に行ける場所。それどころか、恒星間航行や宇宙での戦闘すらも彼らには日常となっていることに、ハーマンは驚きを隠せない。
彼の脳裏に、それまでの苦しい訓練のことが思い出される。あの訓練は一体、なんだったのか?あと1日、彼らと出会う日が早ければ、あんなに苦労して宇宙に出ることはなかっただろうに……ハーマンは食堂で1人、打ちひしがれていた。
「あの、ハーマンさん。」
「……なんだい?」
「元気ないみたいですけど、大丈夫です?」
「あ、ああ、大丈夫だ。ただ……」
「なんです?」
「いや……私の今までの努力は一体、なんだったのだろうかと、ふと考えてしまって……」
「大丈夫ですよ!ハーマンさんの努力は、決して無駄ではありませんよ!」
「そうかい?でも、ここでは慣性制御とかいう仕組みのおかげで、加速度に耐える訓練をする必要がないのだろう?」
「それはそうですけど、全くそれが役に立たないわけではないですよ!例えば……」
「例えば?」
「ええと、その……こ、この艦にも、哨戒機っていう航空機があるんですよ!」
「その航空機にも、慣性制御があると聞いたが?」
「いえ、そうですけど、パイロットはその慣性制御が壊れた時を想定して、耐G訓練に耐えた者だけがなれると聞きましたよ。いや、それだけじゃなくて、重力の数倍の加速度に耐えられる人って言うだけで、なんだかめちゃくちゃかっこいい感じがするじゃないですか!いいですよ、素晴らしいですよ、宇宙飛行士!」
ワタワタしながらも、なんとかハーマンをフォローするカナエ。そんなカナエを見ていると、ハーマンは可笑しくなる。
「いいよ、そんなに懸命に擁護しなくても。宇宙が当たり前になる方が、むしろ多くの人にとっても良いことだと思っているんだから。」
「あはは、そうですよね……特別な場所だったら、私なんて宇宙に出ることはかなわないですからね。」
「それにしても、カナエはどうしてアイリーン殿と一緒に宇宙に出たんだい?」
「ええとですね、実は私、アイリーンさんに助けられたことがありまして……」
これまでの自身のいきさつをハーマンに話すカナエ。ハーマンもカナエとは話しやすいようで、カナエとの話が弾む。そんな2人を見てか、アイリーンがカナエに頼み事をする。
「そうだ、カナエ。」
「はい、なんですか、アイリーンさん。」
「この後、ハーマンさんを連れて、艦内を案内してちょうだい。」
「ええーっ!?私がですか!?」
「そうよ。あんた、いつも駆逐艦内をうろうろしてるから、そういうことは得意でしょう?」
「いやまあ、そうですけど……」
「それからハーマンさんにもお願いだけど、艦内を見た後でいいから、あの無線で地上に連絡して欲しいことがあるのよ。」
「はい、なんでしょうか?」
「あなた方の宇宙管制局があるカナリーズというところに、この艦の着陸許可をいただけるかしら?」
「えっ!?あ、ああ、よろしいですよ。」
「さすがにアポなしで行くのはまずいし、いきなり大きな宇宙船が現れたら驚くでしょう?だから、上手いこと伝えてちょうだい。」
「ということはまさか、この駆逐艦で直接地上に降りるというのですか!?」
「いや、だってそうしないと、あなたのあの宇宙船を地上に返せないでしょう?」
「まあ、それはそうですが……」
「で、ついでにその管制局の偉い人に頼んで、私はこの星の政治家達と接触させてもらうわ。宇宙船も返して、接触人としての仕事もこなす。一石二鳥よ。」
「は、はあ……」
「てことで、明日にでも地上に向かうわよ!お願いね!」
そう言い残すと、カナエとハーマンを残して食堂を去るアイリーン達。
「……行っちゃいましたね。」
「行っちゃったな。」
「それじゃあ、私がこの駆逐艦の中を案内しますね。」
「ああ、頼む。」
「どこか、行ってみたい場所ってありますか?」
「そうだな、この船の動力が見たい。どうやって、これだけ大きな船を動かしているのか、この目で確かめたいが……」
「そうですか、じゃあ、機関室に行きましょうか。」
「いいのか?この船の心臓部だろう?そんなところに部外者を連れて行くなんて……」
「大丈夫ですよ。別に遠慮するようなところじゃないですから。」
そして、ゆっくりと立ち上がるカナエとハーマン。彼らはまず、機関室へと向かう。
カナエとハーマンはエレベーターに乗り込む。ハーマンはカナエに話す。
「にしても、本当にいいのかい?機関室といえば、最高機密のひとつじゃないのか?」
「そんなことないですよ、別に機密ってほどのものじゃないですから。機関長にさえ許可をもらえば、簡単に見せてもらえます。私だって、しょっちゅう見せてもらってるんです。」
「そ、そうなのか……でも、なぜカナエが機関室に?」
「なんていうんですかね、あそこに行くと、なんというんですかね、興奮してかぁっと身体中が熱くなるんですよ!エンジンの力強い響き、光る計器類!唸る配管!うへへへ……思い出しただけで、心がざわつきます!」
「……やっぱりカナエ、こう言ってはなんだが、あなたは変わり者だな。」
「えっ?そうですか?」
「そりゃそうだよ。女との付き合いはほとんどないけど、それくらいは分かる。普通の女は、おしゃれや美味しい食べ物の話題をすることはあっても、機械類に夢中になることはないと思うが。」
「うう……やっぱり私って、変ですかね……」
「ああ、いや、別にダメだと言ってるわけじゃないから!ただ、普通の女の人が宇宙船や機械を見て興奮することはないだろうと、そう言っているだけだ。」
「そうなのですか?でも、私は大興奮ですよ。だって、あんなにたくさんの計器類を見れば、私の乙女心がくすぐるんですよ。」
「……それは、乙女心というのか?」
などと話しているうちに、2人は機関室の前に到着する。
「さあ、着きましたよ!ここがこの駆逐艦の心臓部、右機関室ですよ!」
入り口に立ったところで、すでに興奮気味のカナエ。中に入ると、さらにヒートアップする。
「機関長っ!ちょっと見せてもらっていいですか!?」
「ああ、カナエちゃんか!いいぜ……って、今日は彼氏同伴か!?」
この機関長の言葉に、思わずドキっとするハーマン。
「や、やだな、機関長。この方、この星の宇宙飛行士ですよ。」
「ああ、そうか、さっき回収されたっていう、この星の人なのかい?」
「ええ、接触人のアイリーンさんから言われて、案内してるんですよ。」
「なあんだ、珍しく仕事だったのか。いいぜ、じっくり見てくれや。」
「はぁい、じっくり見させていただきまーす!」
カナエは、機関長に見学許可をもらうと、ハーマンを案内する。
「ここにあるのは2種類の機関で、前側にあるのが核融合炉、後ろのが重力子エンジンって言うんですよ!」
「核融合炉ってことは……つまり、核融合反応をすでに制御できてるってことか?」
「そうですよ。発電から管制制御、砲撃に至るまで、この炉が生み出す莫大なエネルギーを使っているんですよ!」
「そうなのか……で、こっちの重力子エンジンというのは?」
「ふっふっふっ……こいつこそが、この艦の動力源であり、管制制御も行う奇跡の機関!しかも、この核融合炉のエネルギーの大部分をこいつ1人が食い潰す、この艦で一番の大食漢!だけど、この重たい駆逐艦を光速の10パーセントまで加速できるほどのパワーの源!女の子なら、誰でも憧れる夢の機関なんですよ!」
「あっはっはっ!にいちゃん、そいつは女の子の中でもとびきりおかしい奴だから、真に受けない方がいいぜ!」
機関長の警告など気にも留めず、目を輝かせて語るカナエ。ハーマンは、このカナエの説明を熱心に聞く。
「だが、いくら光速の10パーセントを出せると言っても、それじゃあこの星から一番近い星に行くにも、数十年はかかってしまうだろう。どうやって短期間で、他の星に行くことを可能にしてるんだ?」
「ああ、それは『ワープ航法』というものを使うんです。」
「ワープ航法?」
「なんでも、宇宙にはあちこちにワームホール帯と呼ばれる、目に見えない高次元のトンネルのようなものがあって、それを利用して、光の速度で何年もかかる距離を一気に飛び越すんです。」
「なるほど……だからカナエ達は、数百光年も離れた星からここにくることができたというわけか。」
「そうなんです。で、そのワームホール帯というのはですね、どういうわけか白色矮星や中性子星、ブラックホールのそばにたくさんあって、そこでは様々な場所に繋がってるんですよ。だから、そこがちょうど宇宙の交差点のようになっていて、あらゆる宇宙船がその交差点を利用して星の間を行き来してるんです。」
「てことは、もしかして連盟とかいう陣営の船と出会うことも……」
「ええ、そういう便利な場所は、当然取り合いになりますね。だからそういう星域ではしょっちゅう戦闘が起きてるらしいです。私も一度、その戦闘に巻き込まれましたから。」
「そ、そうなのか!?で、無事だったのか!?」
「無事じゃなかったら、今頃ここにいませんよ。この艦についてる主砲は、街を一つ消し飛ばせるほどの威力があるんですよ。いざ戦闘となれば、無傷で生き残るか、跡形もなく消されるかの2つに一つ。宇宙での戦闘では、そのどちらかしかないんですよ。」
さらっと恐ろしいことを言ってのけるカナエ。その話に背筋が寒くなるのを覚えるハーマン。
「あとで、その主砲もみせてもらいますよ。もっとも、主砲身の中は入れないので、外側をみるだけですけどね。あ、砲撃管制室にも行きましょうね。」
この艦の最大の武器である主砲を見せてくれるという。なんという気前のいい艦なのか?いや、そういえばさっき、会議室で受けた説明では、連盟も同じ武器を持っていると言っていた。もはやこれは、軍事機密でもないということか。
エレベーターで一つ昇ると、主砲身の真横に出るという。通路を奥に行くと、部屋のようなところがある。
「ここが、砲撃管制室なんですよ。今は非戦闘状態なので、さすがに誰もいませんね……と、いたいた、砲撃長っ!」
通路の奥から歩いてくる人物に、声をかけるカナエ。
「なんだ、カナエか。なんだ、また砲撃管制室を見たいのか?」
「いえ、私ではなく、この星の宇宙飛行士の方ですよ。」
「ああ、見学か。カナエにしては珍しく仕事できたのか……いや、失礼した、私は砲撃長をしているレアンドロ大尉という。」
先ほどの機関長とは異なり、こちらは堅い人物のようだ。ハーマンに向かって敬礼する。ハーマンも思わず、返礼で応える。
「で、砲撃長殿。そういうわけで、砲撃管制室を見せていただきたいのですが。」
「ああ、分かった。どうせ艦橋側でセーフティロックがかけられている限り主砲は使えないから、好きにいじってもらって構わんよ。」
「やったーっ!ではでは、ハーマンさん、行きましょう!」
「ちょっと待った。せっかくだから、シミュレーションモードにしておこう。」
「えっ!?いいんですか!?」
「電源も入っていない砲撃管制室なんて見たところで、面白くもなんともないだろう。今回は特別だ。」
「うわぁ!ありがとうございます!」
砲撃長は管制室に入り、なにやら鍵を取り出してそれを差し込む。すると、管制室内の機器が作動する。
「ただし、シミュレーションは20分だけだ。時間が経ったら自動的に切れるからな。注意しろよ。」
「はぁい、ありがとうございます!」
訝しげな顔をしながら、砲撃長はその場を去る。カナエはハーマンを連れて、管制室に入る。
「それじゃあ、砲撃のことを教えますね!」
「ああ、頼む。」
「この駆逐艦には、武器が2種類。艦の左右につけられたレールガンと、この主砲だけなんです。もっとも、レールガンは攻撃というより、目眩しをするための眩光弾と呼ばれるミサイルのようなものを発射するだけに使われるので、攻撃用の武器は唯一この主砲だけなんですよ。」
「そうなのか?」
「そうなんです。じゃあ、せっかくシミュレーションを立ち上げてもらったので、ついでに砲撃のやり方を教えますよ!」
「そうか……って、席が2つあるが。」
「砲撃手が2人座るんです。一人が艦を操作して敵艦を的に収め、もう一人が主砲の装填と引き金を担当するんです。」
「艦を動かす?砲塔を動かせばいいんじゃないか?」
「いえ、駆逐艦というのは、艦全体が砲塔ですからね。主砲の狙いを定めるためには、艦ごと動かさないといけないんですよ。」
「そ、そうなのか……」
「では、ハーマンさんは右のトリガー係で、私が狙い役をやりますよ。」
「ああ、分かった。」
2人で左右に並び、席に座る。目の前には照準器と、赤茶色の宇宙船のようなものが映っている。
「私がレバーで敵の駆逐艦に照準を合わせます。敵は狙いを定めさせまいと、ランダムに動くんですよ。だから、照準が一致したと思ったその瞬間にトリガーを引いてくださいね。」
「分かった。」
「ああ、そうだ、その前に主砲にエネルギーを装填しないといけないんですよ。でなきゃ、撃てませんからね。」
「装填?」
「下にレバーがありますよね。10段階のレバーが出力で、その上のボタンが装填開始ボタンなんです。」
「そうなのか?では、レバーを……」
「ああ、レバーは1のままでいいですよ。そこは普通、いじらないので。」
「なぜだ?レバーを上げた方が、出力が上がるんじゃないのか?」
「確かに、目盛りを上げるごとに砲撃力が2倍、3倍と上がるんですけど、その分装填時間が4倍、9倍……と、出力の二乗倍で上がるんですよ。撃ってみるとわかりますけど、主砲ってなかなか当たらないですからね。1段階のままでとにかくたくさん撃ち込むというのがセオリーらしいんですよ。」
「そうなのか……だが、そんなに当たらないものなのか?」
「やってみれば、その難しさがよくわかりますよ。じゃあ、装填を始めてください!行きますね!」
カナエがレバーを動かし始める。照準器の中央に、敵の艦が一致する。ハーマンは装填ボタンを押す。
10秒ほどすると、ボタンが青く点灯する。それを見たカナエが叫ぶ。
「今です!発射っ!」
ちょうど照準のど真ん中に敵艦が入ったのを見て、ハーマンはトリガーを引く。一瞬、目の前が真っ白になる。
「あーあ、外れちゃいましたね。」
すぐに視界が戻るが、敵艦はまだそこにいた。
「おい、今のはぴったりだったぞ!?どうして外れたんだ!?」
「ハーマンさんが見たのは、1秒前の敵の姿なんですよ。」
「い、1秒前!?」
「主砲の射程距離は30万キロ、光が1秒で進むのとほぼ同じ距離なんです。だから、画面に見えているのは1秒前の敵の姿なんです。」
「じゃあ、引き金を引いた時は……」
「1秒経つと、相手はかなり動いてすからね。しかも、こちらのビームが届くのにさらに1秒ほどかかるので、2秒後の敵の位置を予測しながら撃たなきゃいけないんです。おかげで、なかなか当たらないんですよ。」
「そ、そうだったのか……光の速さで1秒かかる距離、つまりこの艦の武器は、30キルメルティも離れた相手を撃つことができるのか……」
「打ちひしがれてる場合じゃないですよ!ほら、次!」
主砲の射程距離を聞いて驚くハーマン。だが、敵の動きを予想しながら、ハーマンは照準に入る直前にトリガーを引いた。
「ああーっ!惜しい!」
カナエが叫ぶ。目の前に敵艦は健在だ。
「惜しいって、何がだ?」
「いや、今のは当たったんです!でも、敵がバリアシステムを作動させたおかげで、弾かれちゃいました。」
「な、なんだそのバリアシステムというのは!?」
「駆逐艦には、砲撃から身を守るための防御装置があるんです。ええと、この管制室の後ろの席に、バリア担当がいるんですよ。」
「なんだと!?街を一つ吹き飛ばせるほどの砲撃を、弾き返せる仕掛けがあるというのか!?」
「そうなんですよ。だから、滅多に相手は沈まないんです。だいたい3、4時間ほどの戦闘で、撃沈率は通常2パーセント、つまり、100隻中2隻沈められるかどうかと言われてるんですよ。」
「そんなに少ないのか……」
「いや、確かに少ないですけど、これが1万隻同士の艦隊戦となると、200隻沈むことになりますからね。それぞれの船には100人乗ってますから、2万人の命と引き換え。これは、とんでもない数ですよ。」
「ああ、言われてみればそうだな……しかし、残りの9800隻は生き残るんだろう?」
「ええ、そうですよ。だいたい5時間撃ち合うと、お互いの主砲のエネルギー粒子が枯渇し始めるので、その前に戦闘は終わるんです。」
「じゃあ、ほとんど敵の艦を撃ち減らすことはできないってことか?」
「そうですね。だから艦隊戦では大抵、引き分けで終わることが多いんです。」
「だろうな。長時間撃ち合って、2パーセントではな……」
この宇宙の戦闘の実情を、シミュレーションを介して肌で感じたハーマン。その後も、カナエとの砲撃シミュレーションが続く。
そして20分すると、砲撃管制室のシステムが落ちる。
「あーあ、いいところまで行ったんですけどねぇ……」
「結局、一隻も沈められなかったか。」
「そうです。でも、3回は当たりましたよ!初めてなのにハーマンさん、これはすごいですよ!才能ありますね!」
「いや、帰還時の宇宙船の姿勢制御の感覚でトリガーを引いただけだ。別にすごいわけではないさ。」
などと言うハーマンだが、カナエが称賛してくれることがなんだか少し、嬉しくなる。
なにせ、この大型の宇宙船に乗って初めて、訓練の成果が活かされた機会だった。どちらかと言うと、引目ばかりを感じていたハーマンだが、一筋の光のようなものが見えた。
そして、カナエと2人で管制室を出て、今度は主砲身の真横を歩く。といっても、ただ延々と細い通路を歩いただけで、そこがこの駆逐艦に搭載された大出力ビーム砲の真横だとは実感できない場所だった。だがその通路を歩いた距離で、ハーマンはこの艦の大きさを感じ取る。
そして格納庫へと向かい、再び宇宙船に乗り込んだ。
「……そうだ。全長が300メルティで、空中停止も可能だと言うことだ。だから、カナリーズ横にある空港に着陸することもできると聞いている……」
地上の管制センターと通信するハーマン。アイリーンに頼まれた着陸許可をもらうために、この駆逐艦に関する情報を伝えている。
「……ふう、なんとか着陸許可をもらえたよ。」
「そうなんですか!?いやあ、さすがはハーマンさんですねぇ!」
カナエはハーマンに笑顔で応える。ハッチに手をかけて、狭い宇宙船から抜け出すハーマン。
「そうだ、ハーマンさん。」
「なんだい?」
「この宇宙船に、乗ってみてもいいですか?」
「はあ?」
突然の申し出に、変な声を出すハーマン。
「おかしいですか?」
「いや、おかしくはない……こともないな。なんだってこんな時代遅れで、狭いだけの宇宙船に乗りたがるんだ?」
「だって、こんな機会は滅多にないですからね。一人乗りの宇宙船に座れるって、憧れだったんですよ。」
「そうなのか……いや、機械類に触れなければ、構わないよ。」
「やったぁ!砲撃シミュレーションもできて、その上一人乗りの宇宙船にまで乗れるなんて、今日はついてるわぁ!」
そもそもが駆逐艦という宇宙船に乗っているというのに、さらに宇宙船に乗りたがるというこの変わった腐女子に、ハーマンは呆れるばかりだ。
「それじゃあ、乗りますねっと……うっ、せ、狭い……」
「ちょっとカナエには狭いんじゃないのか?」
「それって、私が太ってると言いたいんですか?」
「いや、そうじゃないが、身体が硬いと中に潜り込むのは大変だぞ。」
「いえいえ、頑張りますよ!……っと、ふう~……なんとか乗り込めた……」
一息ついて、周りを見渡すカナエ。
「ふっふっふっ……まるでプロの宇宙飛行士のようですねぇ、私の乙女心がざわめくぜ……」
いささか乙女の定義がずれすぎているカナエは、周りにある計器類を見て興奮気味だ。
「このレバーが、姿勢制御なんですか?」
「そうだよ。大気圏再突入時には、これを使って向きを180度変えてから、逆噴射をする予定だったんだ。」
「へぇ~っ、じゃあ、これがこの宇宙船唯一の操縦手段なんですね!いやあ、興奮しますねぇ!」
「……いや、別に興奮するところじゃないだろう。」
どの計器類を見ても興奮するばかりのカナエが、奇妙さを通り越して可愛く見え始めたハーマン。
「ああ、堪能させていただきました!それじゃあ降りますね……って、あれ?」
「どうした?」
「いや、ちょっと……あれ、お、お尻が抜けない……」
「おい、シートのくぼみにすっぽりはまって、抜けないんじゃ……」
「いや、そんなはずはないです!私はそれほど、デブじゃないですから!」
などと言いつつも、好きなだけ食べて機械いじりをするだけの日々を送り続けたカナエの下半身は、この宇宙船のバケットシートの狭間にぴったりと嵌まり込んでしまった。
「しょうがないな……手を出せ。引っ張るぞ。」
「お、お願いします!」
懸命に引っ張るハーマン。カナエも力を振り絞り、立ち上がろうとする。
なかなか出られないカナエだが、突然、お尻がシートから抜ける。と同時に、ハッチ口からカナエが飛び出した。
「きゃあ!」
「うわっ!」
折り重なるように倒れる2人。ハーマンの上に、カナエが乗っかる。
「イタタタ……」
「大丈夫か、カナエ!」
ハーマンの上に乗っかったまま、お尻をさするカナエ。起き上がろうとすると、ちょうど目の前にハーマンの顔が見える。
カナエは、じーっとハーマンの目を見つめる。ハーマンも、カナエの目を見る。カナエがハーマンの上に乗っかったまま、しばらく見つめ合う2人だったが、均衡を破ったのはカナエだった。
「……あの、ハーマンさん。」
「なんだい、カナエ。」
「私の部屋に、寄りませんか?」
「なぜ?」
「私の部屋にタブレットがあってですね……その中に、映画があるんですよ。ハーマンさんのような宇宙飛行士の物語を描いた映画が。これがなかなか面白くてですね……というわけで、ご一緒に観ませんか?」
「ああ、いいよ。」
それから2人は、格納庫を出る。
その後4時間ほどの間、艦内でこの2人の姿を見たものはいない。




