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45/50

#45 打ち上げ

『……燃料系、電気系統異常なし。風速3メルティ、周囲40キルメルティ以内に雨雲なし。カウントダウン、続行する。』


すでに射点に着いて2時間が経過していた。打ち上げ手順(シーケンス)は、順調に消化しつつあった。

3日前の打ち上げ中止で、私の気持ちはより高ぶっている。今度こそ、打ち上げを成功に……これが上手くいけば、私は最初の宇宙に到達する人間ということになる。

その瞬間は、あと数分まで迫っていた。


『98、97、96、95……』


カウントダウンは、中断されることなく順調に進んでいる。管制センターからも、今のところなんの懸念も出ていない。


『75、74、73、72……』

内部電力移行(スタンドアローン)!』


この瞬間、ついにこの宇宙船は事実上、地上から切り離された。発射台は、もはや単なるロケットの支えに過ぎない。


『25、24、23、22……』

『放水開始!』


30秒を切った。下の方から、ザーッという音が響く。


『10、9、8、7……』

『メインエンジン点火!』

『6、5、4、3……』


大きな液体燃料エンジンが点火されて、この宇宙船がガタガタと揺れ始める。そして……


『補助エンジン点火!リフトオフ!……1、2、3……発射台通過(タワークリア)!』


身体全体が、シートに押し付けられる。ロケットの両側に取り付けられた固体燃料ロケットが、全長30メルティのこの巨大な宇宙船全体を一気に押し上げる。

高度計が目まぐるしく回る。下からはエンジン音、周りからはギシギシと船体が軋む音が聞こえる。この宇宙船、宇宙に着くまでに本当に持つのだろうな?私は、強烈な加速度と不安に耐え続ける。


打ち上げから30秒が経過した。固体燃料ロケットが切り離される。一段目の大型液体燃料ロケットも、まもなく燃焼を終了する。


『一段目、燃焼終了!』


一瞬、身体が軽くなる。あれだけやかましかったエンジン音と軋み音が止み、音のない世界に放り投げられる。聞こえるのは、無線の音だけだ。

が、すぐにガンッという音が響く。使命を終えた一段目が、この宇宙船から切り離された音だ。


『二段目、点火!』


地上からの指令で、二段目が点火される。再びあのけたたましい音とともに、私の体は激しい加速度によって座席に押しつけられる。

目まぐるしく動く計器類。すでに水平飛行に移行しているが、それを知る手段は、計器類の端にある水平器だけだ。

私は、その水平器のすぐ脇にあるスイッチに手を伸ばす。いつもの4倍の重さの腕を伸ばして、そのスイッチを押す。

それは、万が一の際に使用する緊急脱出用のロケットを切り離すスイッチだ。


「緊急脱出装置、切り離し!」


私は一言、地上に連絡する。もはや、こいつの出番はない。切り離しの瞬間、船内が明るくなる。

脱出装置が覆っていた、この宇宙船唯一の窓から、光が差し込む。暗い船内が、急に明るくなる。

この光が、幾分か私の不安感を和らげてくれる。何も見えないよりも、少しでも外が見えた方がいい。でないと、ここはただの棺桶だ。

二段目も燃焼を終えて、三段目に移行していた。最初に比べると、随分と音も加速度も小さくなった。

やがて、その三段目も燃え尽きる。


『三段目、切り離し!』


ガンッという音と共に、静けさに包まれる。ここは、人類はおろか、あらゆる生命体が存在しない世界。その中に私は、放り投げられた。

身体を起こし、窓の外を見る。

地上が見える。青い海と、少し茶色と緑の大地があり、その上には白い雲が筋状にかかっている。

丸くて、とても青い。ラピスラズリの宝玉の表面のように見える。これが、宇宙から見た我々の住む地球の姿か。

私は人類で初めて、たった一人でこの絶景を眺めている。


『対地速度、毎秒7.9キルメルティ!高度108キルメルティ!マールスは衛星速度に到達した!』


マールスとは、この船のコールサインだ。つまり管制局が、この宇宙船が衛星軌道に乗ったことを知らせてきた。

だが、そんなことはもはや些末なことだ。この光景を前に、私は自らの存在の小ささと、この深遠な宇宙の姿に引き込まれていた。


「マールスよりカナリーズ、今、地上を見ている。ここは静かで、我々の地球は深い青色に輝く星だ……私は……」


この感動を、私は言葉で地上に伝えようとした。まさに、その時だった。突然、宇宙船全体にガツンという衝撃が走る。

と同時に、いくつかの赤い警告灯が点き、ビーッビーッという警報ブザーが鳴り響く。


『こちらカナリーズ!どうした!?何が起こった!?報告せよ!』

「こちらマールス!突如、衝撃音が響き、船体が揺れた!原因は分からない!」

『了解!こちらでも原因を……』


と、その時、地上からの通信が突然乱れ、そして途切れる。私は、無線に呼びかける。


「カナリーズ!こちらマールス!応答せよ!おいっ!」


私は叫ぶ。だがいくら呼んでも、地上からはまったく応答がない。

おそらく、先ほどの衝撃でアンテナの向きが変わったのだろう。私は姿勢制御モーターで向きを変えようと、レバーを握る。

だが、ここでさらに深刻な事実が、判明する。


姿勢制御モーターが、動かない。


つまり、この宇宙船を、コントロールすることができない。


この事実は、すなわち私がこの宇宙から地上に帰れないことを示している。

窓の外には、青く美しい地球が、ただ明るく煌めいていた……


◇◇◇◇◇


虚空の宇宙に、放り投げられてしまった小さな1人乗りの宇宙船。その船内でハーマン宇宙飛行士は、その事実を受け入れられないでいる。

窓の外を眺めるハーマン。だが、誰も助けなど来るはずもない、虚空の宇宙がひろがっているだけだった……


が、その時、その窓に何かが見える。


白い、人型のもの。それは、明らかに宇宙服を着た人物だ。短い棒のようなものにまたがり、こちらに接近してくる。その人物は、窓をコンコンと叩いてくる。


どういうことだ……自分以外の人類がいるはずのない世界で、突然現れたこの人型のなにか。ハーマンは安堵よりもむしろ、恐怖を覚える。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ハーマン「宇宙服はまだわかる。が、なんで箒っぽい物にまたがっているんだよ?!俺の願望がみせた幻かっ?!」 謎「どうしよう、この人、目を血ばらせてハァハァ言ってて不気味。大気圏に叩き込もうか…
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