#44 結束
「王女って、まさか……本当に、王女様なのか?」
王国の兵士らは、突如現れたこの女騎士、いや、王女を見る。だが、誰も王女の姿を見た者がいないため、あれが本当に王女かどうか、確信が持てない。
だが、紛れもなくあの女騎士は今、砦の前に立ち、剣を掲げて1人で1万2千もの敵兵の前に立ちはだかる。無謀ともいえるこの行動、只者であろうはずがない。
「我が命ある限り、一兵たりともここを通さぬ!死に急ぎたい者だけが、我が前へ進み出るがいい!」
剣を突き立てて、帝国軍に向かって恫喝するアンシェリーナ。だが、突如現れたこの女騎士の気迫に押されて、帝国軍は進軍を止める。
たった1人に気迫負けする1万2千。一方の王国軍は、この自称王女の登場に困惑する。
なにせこの国では、王族が姿を現さなくなって久しい。あれが本当に王女かどうか、確かめようがない。
だが1人の兵士が、こんなことを言い出した。
「……そういえば、聞いたことがある。太古の昔に王が1人、敵の大軍の前に立ちはだかり、これを追い払ったのだという。あの王女の登場は、もしかしてその伝説の再来ではないのか?」
「なんだって!?それじゃああの人は……」
「ああ、やはりあれは、本当に王女様なのではないか!?久しく姿を隠していたのは、まさにこの時のために備えていたからではないのか?」
伝説と言っているが、それはこの兵士の記憶違いで、実際には口伝の英雄物語が歪曲して語られた架空の伝説である。だが、この兵士の語った伝説は瞬く間に王国軍全軍に広まった。
砦の前に立つ、どう見ても捨て身の女騎士、徐々に湧き上がる王国軍、この奇怪な行動に、策謀の存在を疑って動けない帝国軍。
それを遠くから観察する、アイリーンとエリシュカ。
「……ねえ、何をどうやったら、たった6時間でああなるのよ。」
「簡単ですよ。1クール分のアニメをぶっ続けで見せたのでございます。」
「は?アニメ?」
「カナエに、女騎士が無双するアニメはないかと尋ねたところ、都合よく王女が剣を握り、敵をバッサバッサと斬り倒すアニメがございました。それをアンシェリーナ様に見せたのでございます。」
「……それだけ?」
「はい、それだけです。」
「それってつまり、洗脳じゃないの?」
だが、アイリーンの目の前で勇ましい姿で立つアンシェリーナは、つい半日前の彼女とはまるで違う。引き篭もりから、勇敢なる戦士へと変貌を遂げたアンシェリーナ王女。
そのアンシェリーナ王女の元に、続々と兵士が集う。
王国軍3千のほぼ全軍が、門から続々と現れる。槍を構える兵士が、王女の前に立つ。そして王女の周りには、屈強の騎士が取り囲む。
「お前達……ここは危険だ、下がっておれ!」
「いいえ、王女様だけを危険な目に合わせるわけには参りません!」
「我ら、王女様と共に戦いますゆえ!」
川岸には、3千の兵がずらりと並ぶ。指揮官が叫ぶ。
「勝利は、我らにあり!王女様と共に、最後の一兵まで戦おうぞ!」
おおーっ!という雄叫びが川向こうまで響き渡る。王国軍の士気は大いに上がる。ますます動けない帝国軍。
「すごいなぁ。まさかここまで王国軍が盛り上がるとは。」
エルヴェルトが感心している。エリシュカは応える。
「義に背けば、勝っても勝ちではなく、義を貫けば、負けても負けではない、と先人は申されました。アンシェリーナ様は、まさに義を貫かれているのです。上に立つ者は時として、臣民のためにその命の危険と引き換えに、立たねばならないという義を。」
「……だけど、それにしてもほんと変わったわね、あの王女と、王国軍は。あのまま帝国軍とやりあっても、勝てるんじゃない?」
「それは無理でしょう。砦に立て篭ってこそ、数の不利を補えるというのに、外に出てしまっては所詮は敵の4分の一の兵力。負けは必須でございましょう。」
「で、でも、例えばアンシェリーナが敵の大将と一騎討ちに持ち込めれば、あるいは勝てるのではないの?」
「王女様はあのように粋がっていますが、中身は引き篭もり王女でございます。しかも身につけてるのは……」
「ああ、あれは僕がアイリーン用に買った土産用の剣と鎧なんだよ。」
「何よ私用の鎧って、あんた、なんてものを……いや、てことは、あれで戦えば……」
「プラスチック製の柔な剣と鎧では、本物とやりあえるわけがございません。ましてや、剣術の心得もないアンシェリーナ様。敵の大将とやりあったならば、一瞬で、ショッピングモールで500グラム4ユニバーサルドルで売られている豚肉お得用パックのように、切り刻まれるのは明らかでしょう。」
「……てことは、もうそろそろ潮時ってことね。」
アイリーンは、ポケットからスマホを取り出す。
「接触人より駆逐艦8010号艦!これより、連合軍規第53条に則り、停戦行動を発動します!麾下の艦隊10隻をもって、両軍を牽制してちょうだい!」
そしてアイリーンはスティックにまたがり、川を挟んで睨み合う両軍に間ねぇ向かって飛んでいった……
◇◇◇◇◇
「此度の出陣、このホーヘンバルト、感服いたしました……これでもう、思い残すことはございません。陛下のもとに赴き、姫様の勇姿をご報告いたしたいと存じます……」
アンシェリーナの前でひざまづき、短剣を取り出して、まさに命を絶とうとするホーヘンバルト公。だがアンシェリーナは、その剣を持つ手を握り、言った。
「……我らは長い間、不治の病に侵されていた……」
「は?」
「一族は死に絶えたが、懸命な看病により、私だけが奇跡的に助かった。そして、王国の危機を耳にして、私は戦場へと向かったのだ……」
「……つまり、一族の死は、『病』であったということに……」
「そなたを失えば、我が王国は立ち行かぬ。父上への報告など、ずっと先で良いではないか。そなたが天寿を全うするまで、父上は待ってくれるであろう。」
「あ、アンシェリーナ様……」
涙ぐむ公爵、その手を握るアンシェリーナ。だが、この設定、実はアンシェリーナが6時間かけて見たあのアニメの設定そのものであった。
「アイリーン殿、これより私は王国のため、臣民のために、骨身を惜しまず尽くす所存であ……って、いったぁーい!」
いきなりアンシェリーナにデコピンを喰らわすアイリーン。
「ちょっと!いつまで女騎士気取りなのよ、気持ち悪い!」
「だ、だってぇ……」
「もう戦いは終わったんだから、いい加減、王女らしくなさい!ったく、その調子だと、また鎧を着て戦いに出かねないわよ!」
プリプリするアイリーン。そこにエリシュカが口を開く。
「上に立つ者は、現地現物を忘れるなと申します。戦いはなくなれど、人々の暮らし、国の有様を見ることを怠れば、再び人心はアンシェリーナ様より離れてしまいます。ゆめゆめ、お忘れなきよう。」
「分かりました、エリシュカ殿。この国のために動き回ること、決して怠りません。」
その1週間後、交渉官に引き継ぎを終えたアイリーン一行は、地球881と名づけられたこの星を離れていった……
なおその後、アンシェリーナが洗脳……いや、感銘を受けたあの女騎士アニメが、この王国で大ヒットしたことは、いうまでもない。




