#43 変貌
「ど、どういうことよ!なんで国王が殺されたことに気づかないのが、問題だって言えるの!?」
「いや、常識的に考えてみると分かるだろう。自分の国の為政者の姿がなくなれば、大騒ぎになるのが普通だ。それがだ、騒がれないどころか、死んだことにすら気付いてもらえない。これがどれだけおかしいことであるか、分かるだろう!」
「確かに分かるけどさ……いや、ちょっと待って!?なんでそんなことを、殺した張本人であるあなたがいうわけ!?」
国王陛下を手にかけた人物とは思えない、まるで他人事のようなこの物言いに、アイリーンはますます混乱する。だが、ホーヘンバント公爵は続ける。
「この国の行く末を憂いて、私は国王陛下に手をかけた。無論、その報いを受ける覚悟で私はあえて罪人となる道を選んだのだ。だが、報いは依然として訪れず、私はこうして未だ生き続けている。接触人殿と申されたな。あなたにはこのことの意味が、どういうことかお分かりか!?」
「えっ!?いや、その……」
「それこそが、この国の最大の憂いなのだ!私が再三、陛下に御進言申し上げたにも関わらず、ついに陛下は私の言葉を聞き入れて下さらなかった!だから、私は……」
その場に崩れる公爵。その様子を見たアイリーンは、ただならぬものを感じる。
「……あの、ちょっと、公爵さん?少し分かるように説明してもらえません?」
「……そうだな。これでは私が何を言っているのか、分かるまいな。分かった、姫様もおられるわけですし、お話しいたしましょう。」
公爵は、王宮の奥にある部屋へとアイリーンらを導く。大きな扉の前に立つ侍従長らしき人物が、公爵の指図に応じてその扉を開く。
そこは、まさに惨劇の現場であった。壁中に飛び散る血痕に、むせるほどの悪臭。思わずアイリーンは、目を背ける。
「ちょ、ちょっとこれは……まさかここが……」
アイリーンの代わりに、エルヴェルトが公爵に尋ねる。
「そうですよ。ここに陛下とその一族を集め、近衛兵らが彼らを始末したのです。」
「どうして、そんなことを……」
「国王陛下は、国の事情を省みなかった。この3か月のうちに、隣国であるフラペチーノ帝国が我が王国に幾度も攻め入り、すでに3つの都市が堕ちた。にも関わらず、陛下は自ら最前線に立とうとはなされなかったのです。それどころか、王宮にますます引きこもり……」
「あのさ、ますますってことは、もしかして今までもずっと……」
「そうです。この一族は皆、引きこもりだったのでございますよ。」
衝撃的な事実を聞かされるアイリーン一同。それを聞いたアイリーンは、アンシェリーナに問いただす。
「ちょっと、アンシェリーナ!今の話は本当なの!?」
「えっ!?あ、はい、本当です。ですが、ホーヘンバント公爵がなんとかするからと……」
「てことはもしかしてあんたら一族は、この王宮から一歩も外に出てないの!?」
「ええ、ここ数年はずっと、王宮の中で過ごしてました。」
驚くべき事実が明らかになるにつれ、何ゆえ公爵がこのような惨劇に及んだのかが薄々わかってきた。
「つまり、国をほったらかしにして、王宮から一歩も出ない引きこもり王族に呆れ果てて、凶行に及んだと、そう言いたいわけね。」
「その通りですよ。ですが、王宮から一歩も出たことのない王族の生死を知る者などおらず。ゆえに、私の罪に憤り、襲ってくる民がおらぬのです。それでこうして私は、生きながらえておるのでございます。」
「なるほど……王宮から一歩も出ない王族なら、生きてるか死んでるかなんて、知るわけがないわよね。」
アイリーンは、アンシェリーナのじろりと見る。その鋭い視線に、思わず後退りするアンシェリーナ。
「でもさ、この姫は逃げ出したんでしょう?一族を根絶やしにしようとしたわりには、あっさりと逃げられたじゃないの。それはどういうこと?」
「アンシェリーナ様が逃げたことは承知しておりました。ですが、国民に顔も知られていない王女ゆえ、放っておいてもさして問題はないだろうと思い、放置したのでございますよ。」
「ああ、そうなんだ……確かに、私達が森で見つけるまで、だれも彼女を助けようだなんて、しなかったようね。」
それを黙って後ろで聞いていたエリシュカが、ついに口を開く。
「……なんと情けない王族でございますか。どおりで、付き添う者が一人もおらぬわけです。我が主人であるフランチェスカ様は、慈悲深きお方。それゆえに私が最後まで庇い続けたのでございますが、この王女ときたら……」
王女の侍女であったエリシュカから、辛辣な言葉を浴びせかけられるアンシェリーナ。
「そ、そのようなことを申されても、私はてっきり、ホーヘンバント公がなんとかしてくれると……」
「国の上に立つものが、家臣に全て押し付けてそれでよしとは、なんと情けないことを申されるのか!?恥を知りなさい!恥を!」
「だ、だけど……」
「申し訳ありませんが、これは殺されて当然でしょう。どのみち、いずれはその隣国がこの王国に攻め入り、このクズ王族どもは殺される運命だったのですから。多少、その死が早まっただけのことです。」
侍女から睨み付けられるアンシェリーナ。もちろん、公爵の周りにいる元王族の侍女、侍従らも、アンシェリーナを一瞥している。
「ですが、公爵様。王族を殺したところで、隣国への備えはどうされるおつもりなのでございますか?」
「……いや、残念ながら、何も考えてはおりませぬ。すでにフラペチーノ帝国は、我が国の砦に攻め込みつつあるという斥候からの知らせもございます。このままでは、我が王国は……」
と、そう言いかけた時、一人の兵士が走り込んでくる。
「か、閣下!ホーヘンバント公爵閣下!」
「何事だ!」
息を切らしながら走り込んできたその兵は、公爵の前でひざまづき、こう言い出す。
「も、申し上げます!帝国軍はマキアート砦に進軍中!その数、およそ1万2千!あと半日もすれば、砦に到着いたします!」
「な、なんじゃと!?我が方の軍勢は!?」
「マキアート砦に立て篭もる王国軍はおよそ3千。この数ではとても……」
「なんということだ……とうとう、この王都を守備する最後の砦に……」
肩を落とす公爵。王族を滅ぼした張本人とはいえ、まさに亡国の瀬戸際に立たされた。その苦悩はいかばかりのものか、アイリーンとエリシュカには、痛いほど感じた。
「公爵様。一つだけ、この国を救う方法がございます。」
突然、エリシュカがこんなことを言い出した。それを聞いたアイリーンはこう言い出す。
「そうよね。私がここにいるんだから、駆逐艦と哨戒機を使ってぱあっと……」
「アイリーン様、それはなりません。今ここで我らの力を持ってこの国を救えば、それはかえってこの公爵様とクソ姫君を、いや、この国そのものを崩しかねません。」
「……どういうことよ。」
「この国の上に立つべき者が、この国のために命をかけて立ち上がらねば、いずれこの国は崩壊いたします。そのため、今回はアンシェリーナ様に矢面に立っていただくしかございません。」
「もしかして、この国を救う唯一の方法って……」
「そうです。アンシェリーナ様が、最前線にお立ちになることでございます。」
それを聞いたアンシェリーナは叫ぶ。
「ちょ、ちょっと!そんなことしたら、私、死んじゃうじゃない!」
だが、それを聞いたエリシュカは応える。
「ならば、死ね!」
一瞬、この場が凍りつく。辛辣な一言を放ったこの侍女は、さらに続ける。
「どのみち、あなた様にはそれくらいの価値しかございません。それとも、この場にて他の王族同様、犬死なさいますか?」
「そ、そんなぁ……」
「ですが、あなた様が最前線にお立ちになれば、前線の兵に与える影響は計り知れません。たとえそこで死んだとしても、名誉ある死として、この国に永遠に語り継がれることでしょう。」
エリシュカは、狼狽するアンシェリーナを睨みながら、詰め寄る。
「さあ、名誉ある死か、犬死か!どちらを選ばれるのでございますか、アンシェリーナ様!」
しばらく言葉を失ったアンシェリーナは、唇を震わせながら応える。
「じゃ、じゃあ……名誉のある方で……」
「よろしい。では、あなた様にふさわしい名誉ある死を、差し上げてご覧に入れましょう。」
エリシュカはそう応えると、アイリーンの方を向いた。
「というわけです、アイリーン様。少し、お時間をいただけませんか?」
「……それは構わないけど、どれくらい?」
「そうですね。6時間もあれば。」
「ええーっ!?たったの6時間!?そんな時間で、何するつもりなのよ!」
「この腑抜けた王女を、屈強な王女に変えてご覧に入れましょう。」
「はあ!?一体、どうやって……」
「まあ、見ててください。カナエ殿!」
「は、はいなぁ!」
「あなたの協力が必要です。その王女とともに、こちらにきてください。時間がそれほどありませんよ。ではアイリーン様、一旦、駆逐艦へと戻るとしましょう。」
エリシュカはカナエとアンシェリーナを引き連れ、そのまま哨戒機に乗り込むと、駆逐艦へと戻っていく。
艦に戻ったエリシュカは、アンシェリーナとカナエを連れて、会議室に引きこもる。それを心配そうに見守るアイリーン。
3人は、会議室に引き籠ったまま、なかなか出てこない。そうこうしているうちに、6時間が経過した。
「……準備、完了でございます、アイリーン様。」
ひどく疲れ切った顔で出てきたエリシュカに、アイリーンは不安しか感じなかった。
◇◇◇◇◇
マキアーノ砦では、王国の兵士が慌ただしく戦いの準備をしている。塔の上に立つ兵士が叫ぶ。
「きたぞーっ!帝国軍、川向こうに到着!」
砦のそばにある川の対岸に、大軍勢が迫っている。徐々にその黒い軍勢は数を増し、ついに対岸を埋め尽くす。
「……ここを突破されたら、我が王都を守るものはない。皆の者、王都のため、家族のため、死力を尽くして戦おうぞ!」
指揮官が激を飛ばすが、それに応える兵士はほとんどいない。皆、その圧倒的な軍勢を前に、すでに死を覚悟していた。
もはやこれまでか……指揮官すらそう感じたその時、砦の門が突如、開かれる。
門からは、馬に乗り、鎧を身に纏った一人の騎士が、現れる。この騎士はたった1人、河岸に向かって進む。
「なんだ、あの騎士は!?」
指揮官が参謀役の兵士に尋ねる。が、誰もその騎士を知るものがいない。突如現れ、単騎で帝国軍に対峙するこの騎士の姿を、皆、息を飲んで注視する。
が、この騎士、何を思ったのか、冑を脱ぐ。
長い髪が、さらさらと溢れ出る。その瞬間、王国軍はこの騎士が女であることを悟る。
そして、その女騎士は叫ぶ。
「我は、オランジーナ王国が王女、アンシェリーナ!」
剣を抜き、天に掲げてこう宣言するのは、あの引き篭り王女であった。




