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#42 失位

大樹の根元にもたれかかり、空を見上げる者がいる。


精気のない目、薄汚れたドレスに身を包んだ女。彼女はまさに、天に召されようとしていた。

この森の中に逃れてすでに3日。今や立ち上がる気力もなく、ただ天を仰いで安らかな死を望むばかりである。

日射しは強くなる。初夏の日射しは、彼女の生命力を蝕んでいく。

そして、いよいよ最後の時が、彼女に訪れたようだ。

天使の姿が見える。パタパタと羽根をばたつかせて、彼女の元へと近づいてくる。

ああやっと、私も父上、母上の待つ天国へと召されるのだ。あれから3日、苦しい日々も、これで終わりだ……空腹のあまり混濁した頭で、彼女は思う。


「アイリーン!なんか落ちてるーっ!」


……随分と口の悪い天使だな。彼女はそう思ったものの、天国に行ければ結果オーライ、口の悪さなど、些細なことだと自身に言い聞かせる。


「ちょっとカレー!何を見つけたの!?」


もう一人、誰かが近づいてくる。それは、空から舞い降りてきた。ああ、これはおそらく、大天使様だ。

だが、こっちの天使には羽根がない。棒のようなものにまたがり空に浮かび、ゆっくりと彼女の足元に降りてくる。


「何よこれ!?人じゃないの!ちょ、ちょっと待ってなさい!」


この大天使様は、大慌てで何かを探す。そして、黒い板のようなものを取り出し耳に当てる。


「アイリーンよりエルヴェルト!大至急、こっちに来てちょうだい!……そうよ、緊急事態よ!いいから、早く!」


何をこの人は大声で一人、あの小さな板に向かって叫んでいるんだろう?彼女は薄れゆく意識の中、この大天使様のやることを目で追う木の下の女。

すると、パタパタとうるさい音を立てながら、小天使が大天使様に話す。


「アイリーン、この人、死んでるんじゃない?」


すると、大天使様が覗き込んでくる。


「……本当ね。ぴくりとも動かないわ。もう、手遅れだったようね……」

「ねえ、どうする?」

「んー……そうねぇ……仕方がない、見なかったことにしましょう。」

「じゃあ、カレーも見なかったことにするっ!」

「せっかくエルヴェルトを呼んだけれど、この場は離れた方がいいわね。じゃあカレー、いくわよ!」


……ちょっと待って。どういうこと?この天使達は、私を迎えに来たのではないの?ここで置いていかれたら、私は霊魂として彷徨うしかない。それはなんとしても避けなければ……

そう考えた彼女は、渾身の力を振り絞って手を差し出す。


「ちょ……ちょっと……待って……」


その手を見た大天使様は、慌ててこっちに戻ってくる。


「あれっ!?ちょっとまって、この人、まだ生きてるんじゃない!」

「あれー?ほんとだ、生きてるーっ!」

「すぐに助けるわよ!ちょっとあんた!大丈夫なの!?」

「……お、お……」

「なに!?どうしたの!?」

「お腹……空いた……」


3日間も何も食べていない。泥水をすすって、なんとか今まで生き延びてきた。だが今は、底抜けに空腹だ。

この大天使は、彼女を抱き抱える。小天使に何かを言いながら、私の手や顔に触れながら叫んでいる。しかし、どんどんと意識が遠のいていく。

その遠のく意識の中、白く大きな箱のようなものが、目の前に舞い降りてくるのが見えた。

そこで彼女は、意識を失った……


◇◇◇◇◇


気がつくと、白い壁が見える。

いや、彼女は今、寝ている。だからあれは、天井だ。真っ白な天井……ここはやはり、天国なのだろうか?

天国にしては、随分と狭い場所だ。腕には管のようなものが付いている。真っ白なシーツに、薄い青色の服。ここは一体、どこなのだろうか?

シャッと音を立てて、周りを覆っていた布がめくられる。姿を現したのは、丸顔の女だった。


「あ、目が覚めましたね。」


その女は声をかける。朦朧とする頭で、彼女はこの状況を解釈しようと試みる。だが、周りを見ても見たことのないものばかりだ。

だいたい、腕につけられたこの管はなんだろうか?その先には、チカチカと光る不思議な箱が見える。目の前にいるその丸顔の女も、色鮮やかな服を着ている。


「どうしたの、カナエ。」

「あ、アイリーンさん、この人、やっと目を覚ましましたよ。」

「えっ!?ほんと!?」


大急ぎで現れたのは、あの時の大天使だった。だが、こうして見るとただの人にしか見えない。


「……あの、私……」

「ちょうどカレーのやつが森を散歩したいなんていうから森に降りたら、そこであんたが木のそばでぶっ倒れていたのが見えたのよ。で、どう?起きられる?」

「あ……はい……」


彼女は上半身を起こす。大天使……と思われる人物は、横に座る。


「私は、接触人(コンタクター)のアイリーン。あんたの名は?」

「はい、私はアンシェリーナと申します。あの、コンタクターとは……」

「ああ、接触人(コンタクター)っていうのは、新たに発見された星に降り立って、そこの住人や支配層の人物と接触し、我々宇宙統一連合とその星との同盟締結につなげるために活動する者よ。」

「は、はあ……星、ですか……」


アンシェリーナは、この大天使……いや、コンタクターと呼ばれる人物が何を言っているのか、さっぱり理解できなかった。

しかし、彼女は「星」だと言った。つまりここは、星の世界。やはりここは、死後の世界なのだろうか?

にしては、身体がだるい。お腹も空いている。死後の世界にゆけば、このような苦痛とは無縁の場所だと聞いている。もしかしてここは、まだ現世なのか?

だがアンシェリーナは困惑する。現世というには、ここには不思議なものばかりだ。

火もないのに光る灯りに、手に繋がった透明で柔らかい不思議な管、妙に柔らかい生地の服。

そして極め付けは、バタバタと飛びまわる小天使の存在だ。


「アイリーン、カレー、お腹空いた。」

「ああ、そういえばもう夕飯の時間よね。」

「カレー、ピザが食べたい。」

「何言ってんのよ!あんたそればっかりじゃないの!たまには野菜食べなさい、野菜!」

「アイリーン様、ピザは野菜でございますよ。」


と、そこに、アンシェリーナには見慣れた格好の人物が現れる。メイド服をまとう侍女らしき人物。その人物は、アンシェリーナをジーッと見つめる。


「エリシュカ、ちょうどよかったわ。ついさっきね、この人が目覚めたの。アンシェリーナさんっていうのよ。」

「さようですか、アイリーン様。」


冷たい眼差しで見つめるエリシュカに、何かただならぬものを感じるアンシェリーナ。


「……あなた様はもしや、王族の姫君であらせられますね?」


と、その侍女は突然、こんなことを言い出す。


「ええーっ!?ちょっとエリシュカ、なんでそんなことわかるのよ!?」

「気品ある仕草に顔立ち、発見された時の衣装、そして、その傍らにあったこの紋章。明らかにこれは、貴族ではありません。王族のものでしょう。」

「そ、そうなの、アンシェリーナさん!?」


それを聞いたアンシェリーナは、小さくうなづく。そして、語り始める。


「……はい、その通りです。私は、オランジーナ王国の王女、アンシェリーナでございます……」

「なんで王族の姫君が、あんなきったない格好で木の根元に寝てたのよ!?」

「実は……王宮で殺されそうになり、逃げのびてきたのでございます。」

「ちょっとそれ、どういうことよ?」

「はい。3日前のこと、我が王国貴族の頂点に立ち、陛下より政治を任されていたホーヘンバント公爵が突如反乱を起こし、陛下と一族の命を奪ったのでございます。私はその時たまたま離宮におり、その騒ぎを察知して逃げ出したため、難を逃れたのでございますが……」

「拠り所もなく、あの場で朽ち果てるところだった。そういうことなのね。」

「はい、その通りです。」

「ねえ、まるで誰かさんの主人(あるじ)のようね。」

「さようにございます、アイリーン様。」


脇にいたエリシュカが応える。が、エリシュカはアンシェリーナを見るや、こう返した。


「ただ、一つ気になるのですが……なぜこの王女には、侍女も衛兵も付き添ってはおらぬのでしょうか?」


睨み付けるようにその王女を見るエリシュカに、アンシェリーナは一瞬、恐怖を覚える。だが、アイリーンは応える。


「いいじゃない、そんな細かい事は。それよりもあんた、お腹空いてるんじゃない?3日も何も食べずで、点滴だけで満たされはしないわ。てことで、食堂に行くわよ。」


アイリーンに率いられて、アンシェリーナは食堂へと連れて行かれる。そこで食べた、彼女の常識をはるかに超越した異文化の食事に感銘しながら、アンシェリーナはしばらくこの駆逐艦で生活することとなった。

で、翌日にはアイリーンは地上に降り立ち、アンシェリーナの国であるオランジーナ王国の人々と接触を始める。そして一週間かけて、国を乗っ取ったというホーヘンバント公爵本人と面会できることとなった。


この接触に際し、アイリーンは一つ、疑問を抱えていた。というのも、このオランジーナ王国では王族が皆殺しにされたことを、誰一人として知らないという事だ。そこに違和感を感じながらも、アイリーンはホーヘンバント公爵と面会する。

そう、アンシェリーナを伴って。


「ホーヘンバント公爵様……あなた、この人物に、見覚えがあるわよね?」


アンシェリーナを見た公爵の顔色が変わる。


「……もちろんだ。まさかまだ、生きていたとは……」

「という事は、やはりあなた、国王陛下とその一族をもろとも……」

「その通りだ。私が陛下とその一族を殺した。」


隠し立てすることもなく、あっさりと国王の殺害を認めるこの公爵。アイリーンは、さらに問いただす。


「どういうことよ!しかも、この王都の市民でさえ、国王が殺されたことを知らないじゃないの!あなた、国中を騙して、この国をどうするつもりなのよ!」


アイリーンはさらに問い詰める。すると、公爵は応える。


「いや、むしろ問題なのは、未だに国民が国王陛下が殺されたことに気付かないことなのだよ。そしてそれこそが、私が陛下を手にかけた、最大の原因なのだ!」

「なん……ですって……?」


ホーヘンバント公爵のこの不可解な応えに、アイリーンは当惑せざるを得なかった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 昨日の甘々な話から一転、なんか血生臭い権力闘争のおっかない話に…。 [気になる点] 王族が殺されても誰一人知らないとは…。よほど情報統制がしっかりしているのか、ほかのなにかが? 公爵から…
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