#41 風邪
次の赴任地へ急ぐアイリーン達。
だが、その道中、アイリーンが風邪をひく。
「う~っ……う~っ……」
高熱にうなされるアイリーン。その脇には、エリシュカがいる。
「だらしないですね、アイリーン様。」
「……仕方がないでしょう、私だって、好きで風邪引いたわけではないんだから……」
「日頃の不摂生が祟ったのでございましょう。ですから、あれほど深酒を控えるようにと申し上げているのですが……」
「別に普段通りでしょう!私が風邪ひいたのは、7歳の時以来なの!だから……ああ、もうどうでもいいわ。しばらく寝かせてちょうだい。」
「分かりました。何かご入用でしたら、いつでもお呼びください。」
「じゃあねぇ、エリシュカ!」
「おい、カトンボ!お前も出ていくのですよ!アイリーン様の睡眠の邪魔をしない!」
「ええ~っ!?アイリーンの髪の毛で寝る~ぅ!」
エリシュカが、カレーをつまみながら部屋から出ていく。バタンと扉が閉まり、ようやくアイリーンの部屋は静かになった。
アイリーンは思い出す。前回風邪をひいた、あの頃のことを。
◇◇◇◇◇
「だらしないわねぇ、熱出すなんて。」
「しょ、しょうがないでしょう!好きで風邪ひいてるわけじゃないんだから!」
傍にいるのは、アイリーンの母、マデリーン。熱を出してベッドに横たわる娘に向かって、いきなりバカ呼ばわりする母である。
「魔女っていうのは、普段から風に身を晒しているでしょう?だから、こういう病気に強いのよ!それなのにあっけなく風邪ひいちゃうなんて、あんた、鍛え方が足りないんじゃないの!?」
「うう……そ、そんなことないもん……たまたま強烈な風邪菌に当たっただけだし……」
アイリーンの母であるマデリーンも、もちろん魔女である。手厳しいことを言う母だが、事実、この母親は風邪など引いたことがない。その事実を前に、アイリーンは返す言葉もない。
「でもまあ、こういう経験もあんたには必要かもね。」
「……なんでよ。」
「だってあんた、いつもツンツンしてて隙がないんだもん。たまには自分の弱さを思い知った方が、素直になれるんじゃないの?」
「そ、そんなことないわよ……うう……頭痛い……」
「ごちゃごちゃ言ってないで、今はさっさと寝なさい。あんたのことだから多分、明日にはよくなってるわよ。」
冷たいタオルを額に乗せて、軽く撫でてくれる母マデリーン 。風邪をひいたことに散々文句をつけながらも、たまにはひいた方がいいだなどと言うこの矛盾だらけの母親に、少しムッとしながらも目を閉じるアイリーン……
◇◇◇◇◇
「……はっ!何!?」
と、突然、額に冷たいものを感じるアイリーン。その感触に驚き、目を覚ます。
「あれ?起きちゃった?」
目の前にいるのは、エルヴェルトだ。額に乗せたタオルを交換していたようだ。
「……何してんのよ。」
「いやだなぁ、看病だよ、看病。」
「いいわよ、別に。ここにいると、あんたも伝染るわよ。」
「いいよ、伝染ったって。」
「何言ってんのよ、大変なのよ。まさかこんなに体の力が出ないなんて、自分の体が自分のものでないほどに、いうこと効かなくなるんだから。」
「知ってるよ。僕も以前、かかったことあるからさ。」
「だったら、大人しく自分の部屋で寝ててちょうだい。元気になってから、あんたの相手をしてあげるわよ。」
アイリーンは、エルヴェルトに伝染すまいと、部屋を出るよう勧める。が、エルヴェルトはこんなことを言い出す。
「ねえ。」
「なによ。」
「添い寝してあげようか。」
「はあ?」
ニコニコと笑顔でとんでもないことを言い出すエルヴェルト。アイリーンは怒り出す。
「あ、あんたバカなの!?」
「いやあ、弱ったアイリーンを見ているとさ、なんだか守りたくなって。」
「弱くはないわよ!今だって空を飛べば時速100キロくらいは……イタタタ……」
「ほらほら、病人は静かに寝る。」
怒るアイリーンをなだめながら、本当に添い寝をするエルヴェルト。
「あ、あんたねぇ、知らないわよ、伝染っても。」
「いいよ、アイリーンの風邪なら、喜んで伝染ってあげるよ。」
まるで抱き枕でも抱くように、アイリーンを抱き寄せて添い寝するエルヴェルト。
しかし、この男の暴走は止まらない。
「ねえ、アイリーン。」
「……なによ。」
「キスしようか。」
「はあ!?」
寝ているアイリーンをくるりと回し、自分の方に向けるエルヴェルト。
「どうしたの?いつものことじゃないか。」
「いやいやいやいや!状況が状況でしょう!私の風邪が伝染っても知らないわよ!」
「でもさあ、ここまで無防備なアイリーンが愛おしくて、ついついいじりたくなっちゃうんだよねぇ……」
「ちょっとあんた、さすがにそれは……」
この能天気男は、意味不明なことを言いながら、本当にアイリーンの唇を奪う。
「……って!ちょっと、エルヴェルト!病人にキスする馬鹿が、どこにいるのよ!」
「ここにいるよ。」
「いや、あんた、明日にも伝染ちゃうわよ!知らないから!」
「いやさ、風邪ってさ。」
「なによ!」
「人に伝染すと、治りが早いって言うからさ。」
それを聞いたアイリーンは、ただでさえ熱っぽくて顔が赤いと言うのに、さらに赤くなる。
「……あんたさぁ、まさかと思うけど、私を早く治そうと思って、こんなことしてるの?」
「そうだよ。」
「はぁ~っ……あのさ、人に伝染すと治りが早いって、それ都市伝説みたいなものだから。」
「そうなんだ。でも、そんなことどっちでもいいよ。」
「あんたねぇ……何考えてんのよ。」
「何って、いいじゃないか。僕らは恋人同士、いや、もう夫婦も同然かな?」
アイリーンの頭をなでながら、ニコニコと微笑むエルヴェルト。そのままアイリーンはエルヴェルトに抱き寄せられたまま、寝てしまった。
アイリーンも、この男には敵わない。
何が敵わないって、あれだけ濃厚接触しておきながら、結局エルヴェルトには風邪が伝染らなかったことだ。
結果オーライなのだが、それにしても悔しいやら、腹立たしいやら、ほっとしたのやら……




