#4 魔女、王都に舞う
公爵から王都の様子を聞き出したアイリーンは、そのほかの事務的な説明をエーギル大尉に押し付けて、医務室へと向かう。ベッドの上には、先ほどまで縛られていたあのルフィナという娘が寝ていた。その横に、彼女を救出したオーリッツ少尉がいた。
「あ、接触人殿。」
「どうなの、この娘の様子は?」
「ええ、外傷もなく、少し脱水症状気味なこと以外は、特に問題ないとのことです。」
「えっ!?ちょっと、この娘、さっきまで虚な表情だったわよ!?何もないなんてことないでしょう!」
「ああ、それはですね。どうやら大量のお酒を飲ませられていたようなのです。」
「は?お酒?」
「処刑の際に、暴れ出さないようにするためじゃないかと医師は話してました。こういうことは、この文化レベルの星ではよくあることみたいですよ。今、点滴に酔い止めを混ぜてるので、じきに醒めるそうです。」
一種、お酒と聞いて呆れるアイリーンだったが、理由を聞いて納得する。
と、この話し声を聞いた娘が目を覚ます。
「ん……んんーん……」
ゆっくりと目を開けるルフィナという娘。見たことのない光景に、混乱しているようだ。
「あ、気づいたようですね。」
周りを見渡すルフィナを見てベッドに寄り添うオーリッツ少尉。その若き士官の姿を見て、ルフィナはムクっと起き上がる。
「……あ、あの……」
「あ、ダメですよ!まだ寝てないと!」
「い、いえ、大丈夫です。それよりもここは……天国?」
「いや、違いますって。ここは地球606遠征艦隊の駆逐艦5130号艦の中です。あなたは処刑されそうなところを助けられたんです。」
「えっ?あ……そうなんだ、助かったんだ、私。」
「そうよ!あなたは助かったのよ!」
アイリーンが目覚めたばかりのルフィナに声をかける。するとルフィナは少し警戒気味に話す。
「あの……もしかして、魔女、ですか?」
「そうよ。」
「ええと、確か、ものすごい勢いで空を飛んで、公爵様の前に現れて……」
「あら、覚えてるの?その通りよ、私、これでも速い魔女なのよ。」
「そうなんですよ、ルフィナさん。この方、宇宙最速の魔女と言われている方で……」
だが、どうも浮かない顔をしているルフィナ。アイリーンは尋ねる。
「もしかしてあなた、魔女が怖いの?」
「えっ!?あ、いや、その……」
「まあ、よく考えたら、無理ないわね。だってあなた、魔女にされた上に、殺されそうになったんだもんね。」
「……そ、そうですね……私、昨日の夜、いきなり男の人が現れて、そのまま詰所の奥に監禁されて……」
「なによ、拷問でもされたの?」
「い、いえ、目の前に針山のようなすごい道具を見せられて、それで私、怖くなって魔女だって認めちゃったんです……だから、別に何もされず翌日を迎えて……」
「ああ、そうなの。やっぱり。」
「私、あるお店で働いていたんです。で、昨日、同じ店で働く人から水晶玉をいただいたんです。あまりにきれいな石だったので、家に帰ってからもついつい眺めていたら、急にこんなことになったんですよ。」
やはりというか、少し陰謀めいた話に感じられる。この娘を陥れようとした誰かの差し金だろうか?アイリーンはふと考える。
それにしてもこの娘、陥れようと思う人物が現れてもおかしくないほど、可愛らしい顔をしている。アイリーンは思わず見入ってしまう。
「あ、あの、魔女さん……」
「ああ、ごめんごめん。可愛い顔してるから、つい見入っちゃったわ。ねえ、少尉殿、あなたもそう思うでしょう?」
「えっ!?あ、はい、可愛いと思いますよ。」
この何気ない一言に、ルフィナの顔が赤くなる。それを見たオーリッツ少尉も赤面する。
「てことで、少尉殿。あとは任せたわ。」
「えっ!?あの、どういう……」
「私は、明日の準備があるから。あとお願いね。」
ポンとオーリッツ少尉の肩を叩いて、アイリーンは医務室を出る。あとに残されたオーリッツ少尉とルフィナは、ぽかんとした顔で見送る。
「あ、あの……さっきの魔女さんって、何者なんですか?」
「ああ、あの方はその、接触人と言って……」
それからオーリッツ少尉はルフィナに、アイリーンのこと、この宇宙のことを話し始める。
さて、オルレアンス公爵とルフィナを士官達に体良く押し付けたアイリーンはといえば、そのまま哨戒機に乗り込み、王都上空の偵察に出る。そこから明日、公開処刑が行われるという広場を調べていた。
そして、翌日。
ここは、イベリカ王国の王都、イベリカ。その中央にある円形の大きな広場に、何百、何千という人々が集まっている。
その中央には、真四角な石舞台がある。すでに何件もの火あぶり刑を伺わせる、ススで黒く染まるその石舞台の上には、丸太が6本立てられており、その下には薪が並べられている。そこに、娘達が連れてこられる。
「いやーっ!死ぬのはいやーっ!」
連れてこられた6人の内、一人が大声を上げている。だが屈強な騎士達に抱えられ、石舞台の上に連れ出される。そして、次々に丸太に縛りあげられていく。
あの口うるさい娘だけは、口に布を巻かれる。抵抗虚しく、丸太の上でただ焼かれるのを待つ6人の娘。その娘達の前に、いかにも上級貴族という格好の人物が立つ。
そして、群衆に向けて叫ぶ。
「皆の者、聞け!」
静まり返る群衆。この男の言葉に皆、耳を傾ける。
「我が王国、我が王都を騒がせる、悪魔の化身!黒死病をばらまき、人々を惑わせ、そして陛下の御身をも脅かし始めた!その者らをこれより、火あぶりに処す!」
その声に呼応し、歓声が沸き起こる。そして松明を持った騎士が一人、石舞台の上に上がる。
その脇で、司祭のような人物が祈りを捧げる。丸太に縛られた6人の娘達の顔には、すでに血の気がない。刻一刻と迫る死への恐怖と群衆の歓声を前に、もはや絶望しか感じられない。そんな娘らの足元の薪には油が注がれ、そしてその一人の足元に、松明の火がまさに向けられようとしていた。
その時だった。
突然、バンという音とともに青い一筋の光が走り、松明が破裂する。その火は石舞台の上に落ちて消える。予期せぬ事態に、何事かと戸惑う騎士達。
「その処刑の執行、接触人として、魔女として、絶対に許さないわ!」
そう叫ぶのは、黒いとんがり帽子に黒服を纏い、ほうきにまたがり、ゆっくりと石舞台に向かって降りてくる、まるで絵に描いたような魔女だった。
「な、何者だ!?」
執行人である貴族が叫ぶ。周囲の騎士達は、一斉に抜剣する。その騎士達の前に悠々と降りるアイリーン。
「私は魔女。そこに縛り付けられてる偽物とは、わけが違うわよ!」
「ま、魔女だと!?」
「さあ、本物の魔女の登場よ!どうする!?」
「おのれ、こやつを捕まえろ!」
執行人の叫びに呼応して、騎士の一人がアイリーンに向かって斬りつける。するとアイリーンは、その剣に向かって銃を放つ。
バンという鈍い音とともに、その剣は根元から吹き飛ぶ。
ほうきにまたがり、石舞台から高さ1メートルほどのところに浮かんだまま、アイリーンはさらに銃を撃つ。騎士達の剣が次々と撃たれ、剣先が砕け落ちる。全ての剣を撃ち抜いたアイリーンは銃を腰にしまい、そのままゆっくりと後退する。
そして、口に布を巻かれた娘のそばに寄り、口の布をほどく。さっきまで威勢の良かった娘だが、すでに血の気を失い、声を出す気力もなくしている。その娘に、アイリーンはささやくように言った。
「ねえ、あなた。助けて欲しかったら、私に魂、売らない?」
ほうきに乗って浮かんだまま微笑むアイリーンに、その娘は渾身の力を振り絞り、応える。
「な……なんでもする……助けて……」
そんな娘を、意地悪そうな顔で見るアイリーン。
「冗談よ。いらないわ、そんなもの。でも仕事だから、助けてあげるわよ。だからもうちょっとだけ我慢しててね。」
そう娘に告げると、アイリーンは上昇する。そして群衆の上を回り始める。
「さあて皆さん!ご覧の通り、本物の魔女よ!よくご覧なさい!」
ほうきにまたがり、群衆の上を低空で飛び回る魔女の姿に、呆然と見上げる広場の人々。
「あら、ダメねぇ!せっかく宇宙一の魔女が来てあげたっていうのに……しょうがないわね!じゃあせっかくだから、みんなに魔女の力を見せてあげるわ!」
空をゆっくりと回るアイリーンは片手を挙げて、指をパチンと鳴らす。
すると突然、娘達や執行人が乗った石舞台が、ガタガタと揺れる。そして、何かが引き裂かれるようなバリバリという音が響く。
そして、石舞台がゆっくりと浮かび始める。
「な、なんじゃこれは!?」
執行人は驚く。そして、石舞台の上にいる執行人や騎士達は、一斉に舞台から逃げ出す。
もっとも、舞台の上にいる6人は、縛られたまま逃げられない。突如浮かび上がる舞台に身を任せたまま、ただ成り行きを見守るしかない。
「まだまだっ!次は、空を見上げてちょうだい!」
アイリーンは空を舞いながら腕を挙げ、そのまま前に振り下ろす。それに呼応するかのように、空に白いものが5つ現れる。
哨戒機だ。
低空で噴出音を出しながら、猛烈な速度で通過する哨戒機の編隊。そのままくるりと上昇に転じる。そして白い煙を出しながら、空中に扇型の模様を描く。
「ほらっ!みんな、拍手拍手!」
魔女の火あぶりの刑を見に来たはずなのに、なぜか唐突に始まった魔女と哨戒機の航空ショーに、地上の人々はパラパラと手を叩き始める。それはやがて、広場全体に広がる。
「あははははっ!さあて、これからが本番よ!」
すっかり調子に乗ったこのほうきの上の魔女は、手を大きく振り始める。すると今度は灰色の何かが空に現れる。
その数、全部で10、どんどんとこの広場に接近し、低空で止まる。全長300メートルの10隻の駆逐艦は、この広場の上を覆い尽くす。それを見た群集は、言葉を失い、静まり返る。
散々、派手な演出をしつづけたアイリーンは、石舞台を降りたあの執行人のもとに悠々と近づく。群衆の手前、逃げるわけにもいかず、さりとて手を出す勇気もなく、空から降りてくるこの得体の知れない魔女を前に、ただ立ち尽くしていた。
「最後の魔術よ!」
アイリーンが、執行人の前で宣言する。一体、何が起きるのか?アイリーンの次の一手を、固唾を飲んで見守る執行人と騎士達。
「と、その前に、駆逐艦の着陸許可をもらえるかしら?」
「……は?く、駆逐艦?なんじゃそれは?」
「上空にいるあの灰色の船よ。あの中の一隻に、黒死病の薬がたくさん載せられてるの。」
「な、なんだと!?黒死病の薬じゃと!?」
「この王都には、200人の患者がいるんでしょう!?娘なんて焼き殺している場合じゃないわよ!はやく、着陸許可を!」
この魔女の言葉を聞き、すぐさま応じる執行人。広場に集まる群衆の一部を開けさせて、その場に駆逐艦を着陸させる。
ハッチが開き、白い服を着た医療班が降りてくる。数人の士官らを伴い、その執行人とともに患者の集められた修道院へと向かう。
そしてアイリーンは、石舞台のそばに向かう。その舞台の前に、背の低い女性が立っていた。
「クレアさん!」
「アイリーン、あなた、派手にやったね。」
「いえいえ、クレアさんの魔術には敵わないわよ。」
乗員が石舞台の上に縛り付けられた6人の娘を救出している前で、この小さな魔女と会話するアイリーン。
彼女の名はクレア、アイリーンと同じ、地球760出身の二等魔女。空は飛べないが、重さ50トン程度のものを軽々と持ち上げる怪力系魔女。石舞台を持ち上げた張本人は、彼女だった。
「ごめんなさいね、旅行の途中だっていうのに、駆り出しちゃって……でも、メールを受け取った時に『これだ!』って思ったから、つい頼んじゃったの。」
「いいですよ、トオルと一緒に美味しいものたくさん食べさせてくれるって聞いたから、私も来ちゃった。」
その後ろから、子供を2人連れた男が現れる。
「アイリーンさん、また派手にやったっすね。」
「ああ、トオルさん。お久しぶり。にしても大きくなったわね、2人の娘さん。」
「そうっすよ。2人とも母親譲りで、日に日に力が増してるんですよ。」
「そうだよ、アイリーン姉ちゃん!ほら、私、こんなに強くなったんだよ!」
などと言いながら、いきなり父親を持ち上げる娘の一人。
「おい、こら、ダレア!持ち上げるんじゃない!」
「ああ、お姉ちゃんだけずるい!私も!」
「ダメだフレア!おい、ダレアも、早く降ろしなさい!」
すったもんだの末に、ようやく地に足をつけるトオル。
「あははははっ!トオルさんも大変だよね、怪力一家に囲まれて。」
「笑い事じゃないっすよ……この通り、相手するのも大変なんすよ。」
「ところで、クレアさんのメールだと、これから地球001へ?」
「そうっすよ。家族で向かってるんすよ、地球001へ。」
「……そうなんだ。ついに行く決心が、ついたんだ。」
「400年以上前とはいえ、俺の故郷っすからね。やはり一度は帰ろうと思ったんすよ。」
「そうなんだ。」
トオルは、アイリーンがまだ子供だった頃に、400年以上前の地球001から地球760に転移してきた人物。その後、クレアと結婚し、今では子供が2人いる。
その魔女の一家を見送ると、今度は助け出した娘の一人がアイリーンの後ろから現れる。
「アイリーン様!」
飛びかかるように抱きついてくるその娘。彼女はさっき、アイリーンに口に巻かれた布を解いた娘だった。
「約束です!私の魂、受け取ってくださーい!」
「ば、馬鹿!あれは冗談だって……」
「私、一生ついていきます!アイリーン様!」
なぜか急に懐かれてしまったこの娘を、どうにか他の士官に押し付けて離れる。
「はあ、はあ……まったく、なんてこと……」
「まったくだ、これはどういうことだ!?」
一難さって、また一難。アイリーンの目の前に、背広姿の男が現れる。
「あ……こ、交渉官殿……」
「アイリーン君!いくらなんでも、これはやりすぎじゃないのか!?」
「いや、人命がかかっておりまして、その……」
「聞いたぞ!昨日もオルドビアの街で、オルレアンス公を脅したそうじゃないか!まったく、接触人とは、もっと穏便に接するものであって、かように派手な演出をするものではないと……」
ここでの上司である地球606の交渉官が現れ、アイリーンにぶつぶつと文句を言い始める。
「ん~んまいでふ~!」
「んまいでふ~!」
「んまいっふ~!」
10人前の弁当を、怪力系魔女とその2人の娘が美味しそうに食べる中、ヒビだらけの石舞台の前、6人の娘と200人のペスト患者を救った宇宙最速魔女は、王都の民衆の前でただただ説教され続けた。
だがアイリーンのおかげで、王都からはペスト患者が消えた。当然、魔女狩りは途絶える。
そんな出来事があった日から、2週間が経った。
「アイリーン様、本当にありがとうございます。」
「いや、ルフィナ。私は大したことをしたわけじゃあないから。」
「そんなことないです!王都でも感謝している人は大勢いるはずです!なんと言っても、あの忌まわしい儀式を終わらせたんですから。」
「そ、そうね。おかげでちょっと、お叱りを受けちゃったけどね。」
ここは駆逐艦5130号艦のエアロックの前。次の勤務地へと赴くため、アイリーンは小惑星帯に展開する戦艦に移乗するところだった。
「私からも、改めてお礼申し上げます。ルフィナと出会えたことは、アイリーンさんのおかげですし。」
「そ、そうね。といっても、単に少尉に押し付けただけなんだけどね。でもまあ、二人とも、お幸せに。」
「はい!アイリーン様も、お元気で!」
手を振るルフィナ、そのルフィナの肩を抱き寄せ見送るオーリッツ少尉。オルドビアの街の広場で、丸太に縛られた彼女を救い出したこの若き少尉は、気づけばもうルフィアと仲睦まじくなっていた。
手を振り、戦艦に移乗するアイリーン。7人の娘の命と、200人以上のペスト患者を救い、一つの国の同盟交渉成立を成し遂げたことが、この若き接触人の初仕事の成果となった。
地球874と名付けられたこの星で、派手なデビューを飾った魔女 兼 接触人のアイリーン。
そんな彼女もこの時、次の勤務地でのある人物との出会いを、予期してはいなかった。