#39 決裂
右府とは、右大臣のこと。つまり、朝廷より右大臣に任命されたノダ殿のことである。
だが今は、それどころではない。
「ナツ殿よ、あの戦さの最中、生きておられたとは……」
「はい、風前の灯火でしたが、運良く生き延びてございます。」
イデヨシは、ナツのもとに歩み寄る。そして、手を握り合う2人。
それを見たアイリーンは、2人に尋ねる。
「……あのさ、お取り込み中失礼するけど、あんた達ってもしかして、知り合い同士なの?」
アイリーンのこの言葉に、我に帰るイデヨシとナツ。顔を真っ赤にして、イデヨシから離れるナツ。
「あ、いや、その……一度お会いしただけの人でございまして……」
「そうかしら!?どう見ても、ただならぬ関係にしか見えないわよ!?手まで握り合っちゃって、まるで恋人同士じゃないの!」
アイリーンのこの指摘に、黙り込む2人。だが、アイリーンは続ける。
「で、それがなんで今じゃ敵味方に分かれて争い合う間柄なの?一体、何があったのよ?」
このアイリーンの言葉に、ナツが口を開く。
「……戦国の世の倣い、致し方なきことにございます。」
「どういうことよ。」
「妾は、ゴウジョウ家の三女、そしてイデヨシ様の主君は、ノダにございます。いかに我らが恋惹かれようとも、時代がそれを許さないのでございます。」
この2人の間に、何があったのかは分からない。だが、敵味方に分かれるのは運命で仕方がないという考えには、アイリーンは納得できない。
「……なんだかよく分からないけど、分かったわよ!それじゃあ、私がその時代とやらを変えてやりゃあいいのね!」
それを聞いたイデヨシは、アイリーンに尋ねる。
「……あの、そなたは一体、何者でござる?」
アイリーンは、このイデヨシという武将に応える。
「私の名はアイリーン!宇宙統一連合から派遣された接触人よ!」
「こ、こんたくたあ?なんでござるか、その奇天烈な名の職は?」
「まあ、早い話が宇宙からの使者よ!それも、この星の時代を変えてやるほどの、どでかい話を持ってやってきたの!だから、ここの頭領と話をさせて欲しいのよ!」
「……右府様に、御目通り願いたいと申すか。しかし……」
「しかしもかかしもないわよ!いいから、さっさと会わせなさいよ!」
この強引なアイリーンを見て、イデヨシは思い出す。
「……もしやそなたは、先ほどコダワラ城の真上にて浮かび、空に浮かぶ怪しき灰色の岩砦や白い大きな輿に指図しておった者ではござらぬか!?」
「そうよ。よく知ってるわね。私の権限で、あの城への侵攻を食い止めさせたのよ。」
「真であるぞ、イデヨシ様!妾は城門の前にて死を覚悟した矢先、我らの前に現れて、妾と城の者を守ってくれたのじゃ!妾にとっても、命の恩人でもあるのじゃよ!」
それを聞いたイデヨシは、しばらく考え込む。そして、アイリーンに言った。
「……暫し、待たれよ。右府殿に掛け合ってみよう。わしがなんとしても、そなたを右府様に会わせようぞ。」
そう言い残すと、そのイデヨシと言う武将は再び引き上げていった。
「……大丈夫でござろうか?」
「なあに、あっちがダメだと言ったら、こっちからすっ飛んでいってやるわよ。」
心配そうなナツに、強気なアイリーン。そんな2人のもとに、再びイデヨシが現れる。
「アイリーン殿、右府様がお会いになるそうじゃ!」
「そう!ありがとう!じゃあ、すぐに行くわ!」
そう応えるアイリーンは、槍を抱えて並ぶ兵達の間を抜けて、そのイデヨシと言う武将の元へ行く。
その男に連れられて、陣幕の中に入る。するとそこには、ずらりと鎧兜をまとった武将が並んでいた。その奥に、いかにも総大将という出立の人物が座っている。その人物が口を開く。
「我はノダ家の当主、モトナガである!そなたがその使者であるか!?」
「はい、私は宇宙統一連合から派遣された接触人、アイリーンと申します。」
「で、その横におる女は、何者であるか!?」
「妾はゴウジョウ家当主、トキツネが娘、ナツでございます。」
「ふむ……さようか……」
アイリーンとナツをじろじろと見るモトナガ。そしてモトナガは、先ほどのイデヨシと言う武将に向かって叫ぶ。
「おい、サル!」
「はっ!右府様!」
突然、あの家臣を猿呼ばわりするモトナガに面食らうアイリーン。
「な、なによ、サルって……」
「そういえば、イデヨシ様はモトナガ公より、サルと呼ばれておると聞いたことがありまする。まさか、その噂は本当だったとは……」
ナツと小声で会話するアイリーンの前で、モトナガはサル……いや、イデヨシに向かってこんなことを言い出す。
「どう見ても、ただの娘共ではないか!何がただならぬ使者であるか!」
「いえ、右府様、恐れながら、この者は空を舞い、あの灰色の岩砦を操り、我らの大筒の弾を弾き返した不思議な白い輿に乗って現れた者でございます!到底、只者にはございませぬ!」
「ほう……空を飛ぶと申すか。おい、それは誠か、『こんたくたあ』とやらよ。」
「はい、本当です。」
アイリーンは応える。しかし、ノダの当主はなかなか態度を改めようとしない。
「おもしろき女であるな。だが、使者を立てるならば、もっとまともな者をよこすべきであろう。女ごときがこの右大臣に物申すなど、片腹痛いわ!せめて、城主であるトキツネを連れて参れ!無論、首だけでも良いのだがな。」
それを聞いた家臣は再び笑い出す。これは、明らかにアイリーン、いや、女に対する侮辱行為だ。アイリーンは抗議する。
「何よ!女だからって、こっちにはそれなりの権限があって来てるのよ!下手に出れば言いたい放題、言ってくれるじゃないの!」
「ふん、なんとでも申せ。それともこんたくたあよ、わしと今宵、共に過ごすと申されるか?そなたと、そこにいる東国一の美女と謳われたナツという娘共々、いっぺんに相手してやらんでもないぞ。」
再び笑い出す家臣達。それを聞いたアイリーンは、笑う家臣達の間を抜けて、怒って陣幕を飛び出してしまう。
「あったまきちゃうわ!何よあの態度!女だからって、なんだってここまで馬鹿にされなきゃならないのよ!」
「いや、アイリーン殿。ここは戦さ場、女がいること自体、穢れとされる場所。ここでは、あれが普通なのでござるよ。」
「それが頭にくるのよ!まったく、こうなったら、何かやらかさないと気が済まないわ!」
カンカンに起こりながら、哨戒機に向かう2人。
それを後ろから引き止める者がいる。
「ま、待たれよ!」
それは、イデヨシだった。2人を追い、陣幕を飛び出し、ここに現れた。
「イデヨシ様!なりませぬ!妾の後を追うなど、右府殿に知られたらどのような目に遭うか……」
「構わぬ。それよりもナツよ。あの城に戻ると申すか?もし、ここに残ると決心なさるのであれば、わしは全力で右府様を説得いたすのだが……」
「いいえ、なりませぬ。妾は、ゴウジョウ家の娘。自らの家を蔑ろにはできませぬ。それに、妾をかくまえば、イデヨシ様の立場が危うくなるやも知れませぬ。それは、聞けぬ話にございます。」
イデヨシの申し出を断るナツ。だが、いくら気丈に振る舞えど、イデヨシのこの気持ちがズキズキと心に刺さる。イデヨシは、そんなナツの手を握る。
「ああ、ナツ殿。そなたはどうしてナツ殿であるのか?」
「ああ、イデヨシ様。イデヨシ様もどうして、イデヨシ様なのでございますか?」
「そなたがゴウジョウ家のナツ殿でなければ、わしはすぐにでもそなたを、妻として迎え入れたであろうに……」
「太平な世なれば、妾もイデヨシ様の元に行き、共に暮らしていたことでございましょうに……」
手を握り合い、別れを惜しむこの2人に、アイリーンはイライラしながら叫ぶ。
「ああもう!行くわよ、ナツ!」
「あ、アイリーン殿、もう暫くはこのままに……」
「何言ってんの!どうせすぐに戻ってくるわよ!出直すだけよ、誰が諦めるもんですか!」
「いや、しかし……」
「イデヨシさんとか言ったわね、あんたもねえ、そう簡単に諦めるんじゃないわよ!見てなさい!あのモトナガとか言うおっさんをギャフンと言わせて、あんたらを嫌と言うほど引っ付けてやるんだから!てことで、一旦城に戻るわよ、ナツ!」
「あ、アイリーン殿!」
そのまま2人を引き裂き、哨戒機へと戻るアイリーン。
「おかえり……って、随分と機嫌が悪そうだね。」
「あったりまえよ!何よ、あのモトナガとかいうおっさんは!私が女だというだけで、言いたい放題なのよ!あったまきて出てきちゃったわ!」
「……てことは、どうなったの?」
「決裂よ、決裂!話にもならないわ!そういうわけだから、一旦城に戻るわよ!出してちょうだい!」
ガンガンと椅子を蹴飛ばしながら、エルヴェルトに怒鳴りちらすアイリーン。哨戒機は発進し、ゆっくりとコダワラ城に向かう。
「ねえ、エリシュカ!」
「なんでございましょうか、アイリーン様。」
「なんでもいいから、あのノダという総大将を腹の底からビビらせてやりたいんだけど、なんかいい方法ないかしら!?」
「一つ、あるにはありますが……」
「えっ!?ほんと!?なによそれ!」
するとエリシュカは、手に持ったタブレットをアイリーンに見せる。それを見たアイリーンは、ふと窓の外に目を移す。
ちょうど哨戒機は着陸態勢に入っていた。そこはコダワラ城の真ん中の広場。数機の哨戒機が着陸し、物資の輸送や医師団の派遣を行なっているところだ。それを見ながら、アイリーンはふとあるアイデアを思いつく。
「これよ!これしかないわ!ねえ、ナツ!この広場、使っちゃってもいいかしら!?」
「は、はあ、構いませぬが……何をなさるので?」
「決まってるじゃない!あの忌々しい男をビビらせてやるのよ!」
着陸するや否や、アイリーンはスマホを片手に、誰かとやりとりを始める。
「……そうよ!大急ぎで持ってきてちょうだい……えっ!?そんなことして、ほんとにいいのかって!?いいわよ!ここは陸と海の交通の要衝だって話だから、絶対に無駄にはならないわよ!てことで、今夜中にお願いね!」
アイリーンはスマホで何件も電話をする。それからコダワラの城の中では、何やら慌ただしくなる。
その日の夜は、新月の夜。真っ暗な闇の中、コダワラ城からは時折、ドシーンという大きな音が聞こえてくる……
そして、夜が明けた。
夜明けと共に、ノダ軍10万の兵は、コダワラ城を見て驚愕する。
信じられないことに、一夜にしてコダワラ城のど真ん中に「城」が築かれていたのである。




