#37 攻城戦
「カトンボでよろしいのでは?」
「いやあ、フェアリーだから、フェアちゃんで。」
「僕はリリーがいいと思うな。」
「ちょっと、エルヴェルト!それ、どこの女の名前よ!」
次の赴任地までの道中、アイリーン達は白熱した議論を交わしていた。
要するに、あの妖精の名前をどうするか?ということなのだが、これが思いの外、難航する。
妖精には名前がない。あえて個体を区別する必然性がなかったためそうなっているのだが、やはり呼び名がないのは可哀想だということで、4人が妖精の名前を必死に考えていた。
結局、その日の昼食で食べたという理由で、この妖精の名前は「カレー」になった。
「カレー、アイリーンの薄い胸、大好き!」
議論を尽くしたわりに適当過ぎる名前を、本人は気に入ったようだ。早速、その名前をアイリーンへの失言とともに使っていた。
「アイリーン様、このカトンボめは今、随分と失礼なことを申しませんでしたか?」
「……もう慣れたわよ。だけどカレー、私よりもさ、エリシュカの方が大きくて気持ちいいんじゃないの?」
「うん、エリシュカの方がふかふかしてる。でも、アイリーンの方がいい匂いがするの。」
「そ、そうなんだ……そうよねぇ!やっぱり私の方が、いいよね!」
これはカレー自身、本心で言っているのか、それともエリシュカに叩き込まれた「おもてなし」特訓の成果なのかは定かではない。ただ一つ確実なことは、この一言でアイリーンの機嫌が著しく向上したということだ。
「ああ、分かる、分かるよ。いいよなぁ、アイリーンの匂い。」
「あんたは黙ってなさいよ!まったく、人前でなんてこと言うのよ!」
ただ、同じことをエルヴェルトが言うと許せないらしい。
そんな調子で、次の赴任地へと急ぐアイリーン一行。
地球880と呼ばれる予定のその星の上では、まさに死闘が繰り広げられていた。
◇◇◇◇◇
「申し上げます!ノダ軍はおよそ10万、すでに城の周りを取り囲み、郭および外堀を突破され、内堀周辺まで攻め入っております。」
「そうか……難攻不落と言われたこのコダワラ城を、かくもたやすく攻め込むとはな……」
コダワラ城の本丸にて、武将が集い軍議が開かれていた。だが、すでにゴウジョウ氏のこの城は落城寸前。軍議は、混迷を極める。
徹底抗戦か、それとも降伏か。しかし、相手はノダ氏。かつて、降伏を訴えた城を丸ごと焼き討ちしたという非情な武将で知られるノダ氏に、今さら降伏を訴えたところで、聞き入れられぬであろう、ということになる。軍議は、徹底抗戦で決まった。
が、城の手勢はせいぜい1000。あちらは百倍もの軍勢である。到底、勝ち目などない。ゴウジョウ氏の当主トキツネは、軍議の後、二の丸へと向かう。
「父上、お役目、ご苦労様でございます。」
迎えたのは、トキツネが三女、ナツ。東国一の美女と謳われ、この姫ならば一国の価値ありと言われるほどの娘であったが、すでに風前の灯火である。
「ナツよ、そなた、まだ寝ておらぬのか?」
「父上も寝ておらぬではございませぬか。娘である妾が先に寝るなど、あり得ませぬ。」
「さようか……」
力なく答えるトキツネ。ナツは、トキツネの傍らに寄り添い、その鎧を外す。
「そなたにはもっと早くに嫁ぎ先を決めるべきであったな。」
そう呟くトキツネに、ナツは首を振って応える。
「いいえ、父上。その時は、妾は父上の訃報を遠くの地にて聞くこととなりましょう。ましてや、この城が落ちればノダの天下、その時は妾も死を賜るのは必然。なれば、父上と共に戦い、父上と共に死ぬるは本懐かと。」
気丈に応えるこの娘に、トキツネはむしろ申し訳なく思う。
ノダ氏より、恭順を促す書状が届いたのは三月前のこと。それを一蹴し、籠城戦を決めたのはトキツネであった。が、相手はいくつもの大大名を滅ぼした奇才の武将。鉄砲を取り入れ、長槍による集団戦法で野戦で負けなしの快進撃を続けた相手。
天下はすでに、ノダ氏のものであった。
それを見誤ったトキツネ、家臣に娘を巻き込んでの籠城戦。だがすでに堀一つ向こうには敵の兵が押し寄せており、明日にでも落城は必至という状況であった。
外の軍勢は、内堀のすぐ外にいる。本丸と二の丸、そして天守閣のみを残すばかりのこの城で、ナツは眠れない夜を過ごす。
そして迎えた翌朝。
突然、10万の軍勢が一斉に鬨の声をあげる。神々の唸り声のようなその声は、城内にまで響き渡る。1000の兵と武将達は、その声に恐れをなす。
そして、城を四方から同時に攻め始める。内堀の上に板を並べ、唯一の通り道である城門の前には、数十人が丸太を抱えて突入する。
城兵が、その集団めがけて鉄砲の一斉射撃を加える。バタバタと倒れる兵、だが、その後ろから新たな兵が補充される。
城の周囲では、弓矢、鉄砲、槍による攻防が行なわれるが、多勢に無勢、押し寄せる10万もの兵に、城は圧倒され始めた。
「姫様!ここは危のうございます!奥へ!」
「何を言うか!この城で安泰な場所など、すでにどこにもないであろう!」
薙刀を片手に、城門のそばにナツはいた。鉄砲の砲声、兵の雄叫びや呻き声、そして城門を突く音。この城の最後の守りが、まさに崩されようとしていた。
そしてついに、城門が打ち破られる。城門の扉から、丸太が突き出した。
門を抑えていた兵士の何人かが、その衝撃で後ろに吹き飛ばされる。大勢の敵兵が、破られた門の扉を引き剥がしにかかる。それを槍で応戦する城兵達。
だが、敵はあまりにも多い。後から後から、まるでアリ塚から吹き出すアリの大群のように、黒い甲冑に身を包んだノダ軍の兵士が城門に群がる。
それを見たナツは、死を覚悟する。薙刀を構え、まさに最後の戦いに望もうとしていた。
が、その時、異変が起きる。
突然、城門の内側に、黒く分厚い鉄の板のようなものが降りてきた。1枚ではない、3、4枚の鉄板が、城門を覆う。
ナツは、上を見上げる。そこには、白くて四角い奇妙なものが、鉄の板をぶら下げて降りてくるのが見える。
門だけではない。郭に沿って、鉄の板をぶら下げたこの白いものが、空に浮かんでいた。
「ちょっと!そこの兵士達!バリゲートを下ろすから、塀から離れてちょうだい!」
と、そこに棒にまたがった不思議な女が、郭のそばで奮闘する兵達に向かって叫んでいる。その声に応じて兵が下がると、そこに重い鉄板がズシンと下ろされる。
「3540号艦以下、10隻の駆逐艦へ!城の真上まで高度を下げて!」
一人で叫ぶこの女の声に応じて、さらに信じがたいものが降りてきた。灰色の、まるで岩城のような奇妙なものが、雲のように浮かんでいる。それがこの城のすぐ上に迫ってくる。ナツは、その灰色の岩城に驚愕する。
それも、一つや二つではない。全部で10の岩城が、この城の真上を覆っている。
棒にまたがった女は、続けて叫ぶ。
「哨戒機隊!威嚇射撃!この城の外の……そうね、あの小高い山目掛けて、思い切り撃ってちょうだい!」
果たして、この女の指図通り、上に浮かぶ白いものから、一斉に青白い光が放たれる。
ガガーンという雷のような音を立てながら、その光は城の向こうにある小高い丘に落ちる。すると、猛烈な爆発音を立てて、その小高い丘は火に包まれた。
「哨戒機1番機!外の軍勢の様子は!?……そう、後退し始めたのね……分かった。じゃあ、あとはこっちでやるから。」
棒にまたがった女は、何やらぶつぶつと独り言を呟いたのちに、ゆっくりと降りてくる。
もはやこれまでと思っていた城の中は、突然放り込まれたこの黒い板に守られるかっこうで、落ち着きを取り戻しつつあった。
だが、今目の前に降りたこの女は、一体何者か?ナツは警戒し、薙刀を構える。
分かっていることは、空から現れ、見たこともない服を着て、空を飛ぶ灰色や白の奇妙なものを操っているということだ。いずれも、聞いたことも見たこともない
確かに、この女に命は救われたものの、味方とは限らない。第一、落城寸前のこの城の者を助けたところで、なんの得があるのか分からない。だが、こやつはなんらかの見返りを要求してくるはずだ。そう考えたナツは、この女に向かって叫ぶ。
「妾は、この城の城主、ゴウジョウ・トキツネが娘、ナツである!そなたは、何者であるか!?」
すると、空から舞い降りたその女が、ナツに応える。
「私は、接触人のアイリーン!」
「こ、こんたくたあ……?」
聞いたことのない名前、それが何を意味するのか、ナツは想像すらつかない。いや、そもそも、アイリーンという名前もこの地の人々には奇妙な響きの名前である。
「もしや……そなた、異国のものか?」
「まあ、そうよね。宇宙から来たんだから、異国どころじゃないけどね。」
「うちゅう……?なんじゃそれは、どこの国であるか?」
「星よ、星。空高く輝く星、あれの一つからやってきたのよ。」
まるで想像もつかない回答をするアイリーンに、ナツは混乱する。だが目の前のこの女は、空からやってきた。信じがたいことだが、理にはかなっている。
「……して、わざわざ星の国より参られたというそなたの用件とは、なんでござるか?」
「あなた達と、話し合いがしたいの。」
「話し合い?なにを話し合うと申されるのか?」
「外にいる軍勢と、和睦するのよ。」
「和睦!?つまり、この城の主人を捕らえ、その首をノダの主人に差し出すつもりか!?」
「そんなことしたら、助けた意味がないでしょう!私達の目的は、命のやりとりを停止することなの!」
この城にいる者にとっては、願ってもない話だ。そんな話を、この女は口にする。だが、あまりに唐突すぎる。ナツは尋ねる。
「なにゆえ我らを助ける?何が望みか?この城か?それとも我らが国か?あるいは、妾のこの身を差し出せと申すか!?」
「何言ってんのよ、そんなものいらないわよ!」
「では何が望みだと申されるのか!?見ての通り、落城の淵に立たされた城じゃ、他に出せるものなどあろうはずもないでござろう!」
「見返りを求めて助けたんじゃないわよ!私達は、これが仕事なの!」
などというが、このアイリーンの応えに、今ひとつ納得がいかないナツ。
人は、利によって動く。外の軍勢を率いるノダ氏は、多くの武将の欲につけ込んで自身の味方を増やし、天下一統の目前まで上り詰めた。あとはこのスガルの国、ただ一国を残すだけである。
東国と都を結ぶ街道に、港による海の道を併せ持つこのスガルの国は、交通の要衝とされ、長らくゴウジョウ家の富の礎となっていた。
そんな港も街道も、もはやノダ軍が押さえている。残るはこの城にいるゴウジョウ家のみ。それを倒せば、ノダ氏の天下である。
落城寸前のコダワラ城にいまさら加勢したところで、得るものなどない。それゆえに、このアイリーンという女の意図が読めない。
「助けてもらって言うのはなんだが、何の見返りもなく手助けとは理にかなわぬ!そなたらが、何ゆえ我らを助けると申すか?筋が通らぬでは、我らは納得できぬ!」
「はあ!?なによそれ!?人の命を助けることに、わざわざ理由がいるの!?」
アイリーンはアイリーンで、このナツという娘が何を考えているか分からない。人命救助するのは当たり前だと思ってるから、理由を聞かれても答えなど考えたこともない。だが、アイリーンは少し考える。
「……私の仕事は、この星の人と宇宙統一連合という星の共同体との同盟関係を築く手伝いをしている者なのよ。」
「さようであるか。じゃが、それがどうしたというのか?」
「だからね……ええと、なんていうのかなあ……例えば、仲良くしたい相手が目の前に2人いて、その2人が大喧嘩していたら、あなたはどうするの?」
「その者と仲良くするつもりであれば、当然、その喧嘩の仲裁に入るであろうな。」
「そう!私達がやってるのは、まさにそれよ!争い事を放置してたら、同盟もへったくれもないでしょう!?」
「しかしじゃ、こう言ってはなんだが、我らはまもなく滅びる身。ゴウジョウ家が滅びれば、この天下から争い事はなくなる。その後に、外におるノダ氏と同盟とやらを結べば良いのではござらぬか?」
「ダメよ、そんなの!もしかしたらこの城に、すっごくいい人材がいるかもしれないんだよ!?それは、この星の人にとって大きな損失になるかもしれないんだって!見殺しにはできないわ!」
「人材……なんであるか、それは?」
「例えば、そうね、あんたよ!」
「妾が、どうしたというのじゃ?」
「美人だし、空から降りてきた私を相手に、堂々と振る舞っているじゃない!そういう人材が、この先は活躍する時代になるのよ!」
「……いや、妾は女ゆえ、活躍などできぬゆえ。」
「何言ってんのよ!女だって、バンバンでしゃばっていかなきゃ!」
「何を申す!そのようなこと、できるわけがなかろう!」
「現に私は、この駆逐艦10隻とその哨戒機を指揮したわ。見てたでしょう?」
「確かに……いや、しかし、女だというのに、何ゆえ指揮などしておるのか?」
「我々には、性別なんて関係ないわよ。女だって、やりたいことがあり、それをできる能力があれば、できる世の中。それが、我々がもたらすものの一つなのよ。」
アイリーンの語る話に、今ひとつピンときていない様子のナツだが、アイリーンの言う通り、この女は実際に空を舞うこの不思議な物体を操っていた。
ナツは、アイリーンに興味を抱く。空を舞うその姿にも惹かれていたが、それよりもたった一人で、10万の軍勢に抗えるだけの力を持つ女。未だかつて見たことも聞いたこともない、この不思議な女を、もっと知りたいと考えた。
「……承知した。ならば、そなたらのその話、妾が父上に話すとしよう。」
ナツは、この得体の知れない女に賭けることに決めたのだった。




