#36 融和
「同盟締結をしろとは言ったが、まさかその人々を連れてくるとはな……」
エドガルド交渉官は、いきなり大量の異民族の受け入れに接し、頭を抱えている。そんな交渉官の頭を撫でながら慰めるクラーラ。
「仕方ないですよ、交渉官殿!何せ天変地異が発生し、あの里にはいられなくなったのですから!」
アイリーンは弁明する。だが交渉官は顔を上げて、アイリーンに告げる。
「いずれにせよ、貴殿の役目はこれで終了だ。彼らを交渉の舞台に引き揚げてくれたことには間違いない。それにだ、あの精霊達がこっちにいてくれる方が、むしろ上層部としては好ましいと思うだろうな。」
「はあ、それはそうでしょうね……彼らを研究することが目的ですから。」
「よし、こうなったら、彼らを里に帰らせないために、手を尽くすとしよう!」
「ええーっ!?まさか、彼らを拘禁するんじゃあ……」
「そんなことはしない。餌付けと快楽。人々を足止めするには、これが最良の手段だ。」
「うげぇ……えげつないですね……」
「マキャベリズムの基礎の基礎だ。目的のためならば、手段を選ばず。接触人ならば、それくらいのことは心得ているだろう。」
精霊達を文明の虜にしてしまおうというエドガルド交渉官のこの提案に、アイリーンは思わず引く。
そんな思惑とは無関係に、エルフ達は帝都宇宙港に併設された街を巡っている。
「うわぁ、何ここ……キラキラした板に、見たこともない服、そして、透明な板に囲まれた建物……なんなのですか、ここは!?」
「これは店といって、いろいろなものを売ってるんですよ。」
「売ってるって、それはどういうことです?」
「ええと……売るというのは、お金を引き換えに、物品を渡すことですよ。」
「あの、お金って、なんですか?」
「ええーっ!?そこから!?」
エルフの相手をするカナエ。何せ相手は、売買という概念すらない。せいぜい物々交換しかしたことのない種族に悪戦苦闘するカナエ。
エルフは、基本的には菜食主義だ。ただし、乳製品などはOKで、肉類はダメ。そう言う種族だという。
ということで、エルフが食べられるものは限られる。しかし、この宇宙にはそう言う種族はすでに存在しているため、それ用のアプリと言うものが存在する。
「ああ、これなら食べられますよ。」
「ええーっ!?こ、これは、食べ物なんですか!?僕は今までこんな食べ物、見たことないなぁ……」
「果実に乳製品、砂糖に小麦粉などなど、大丈夫です!肉は使ってませんよ!」
カナエがマイリスに見せているのは、イチゴパフェだ。上に載せられたイチゴ以外は、エルフにとっては未知の物体のこの食べ物。
だが、カナエは数人のエルフを連れて、そのスイーツ店に入る。ずらりと並べられたそのパフェを前に、エルフ達は硬直する。
「か、カナエ……もう一度聞くけど、これ本当に、食べ物なんですよね……?」
「大丈夫ですよ!いいから、食べてみてください!」
カナエに倣い、長いスプーンを使って恐る恐るそれをすくい取るマイリス。そして一口食べる。
イチゴの甘酸っぱい味と、クリームの甘味が口の中を覆う。一瞬で、マイリス達はこの味の虜になる。一心にパフェを頬ばるエルフ達、それを見たカナエは、不敵な笑みを浮かべる。
一方、エリシュカは広場に立っていた。そこでは妖精達が、勝手気ままに飛び回っている。そんな妖精達に、メガホンを向けて叫ぶ。
「おい!カトンボども!集まれ!」
エリシュカのこの声に、一斉に集まり整列する妖精達。エリシュカは、妖精達に告げる。
「働かざる者、食うべからず!これはこの世の真理、避けられない運命である!私はこれから、お前達にその生きるべく術を教えてやる!」
それを聞いた妖精達は、ざわざわと騒ぎ始める。
「ええーっ!?働くって、何?」
「面倒なことは、嫌だなぁ。」
相変わらず勝手なこの妖精どもに、エリシュカは続ける。
「大丈夫だ!お前達にもできる仕事が、たった一つだけある!」
それを聞いた妖精達は一瞬、静まり返る。
「……なんなの、その仕事って?」
「『おもてなし』だ!」
「お、おもてなし……?」
「そうだ!人々の心に安穏をもたらし、その対価をいただく、それが『おもてなし』だ!王国侍女として、最高の『おもてなし』をお前らに叩き込んでやる!ついて参れ!」
いつになく厳しい口調のこのエリシュカに、パタパタと羽をばたつかせてついていく102匹の妖精達。
「なんだか、妙なことになってきたわね。」
「そうかな。カナエもエリシュカも、活き活きしてるように見えるけど。」
「いや、それよりもあの精霊達、もうあの森には戻れないわね……」
あちこちで、この街の仕組みについてレクチャーを受けつつ、餌付けされていくエルフ達。一方、エリシュカに社会の基本を叩き込まれつつ、こちらも餌付けされていく妖精達。
そして、3日が経つ。
「ほら、アイリーンさん!見てください!僕もスマホ、手に入れましたよ!」
嬉しそうにスマホを見せびらかすマイリス。
「ああ、とうとうそこまで染まっちゃったのね……で、どうなのよ、この街の暮らしは?」
「いやあもう最高ですよ!毎日が刺激だらけで、精霊の里にはもう戻れませんね!」
「そうでしょうね。あっちじゃスマホは、圏外だから。」
「そうそう、昨日、こんな料理を食べたんですよ。」
「こんな料理って……って、ちょっと!これ、肉料理じゃない!」
「えっ!?そうなんですか?」
「エルフって、肉ダメじゃないの!?いいの、あんた!」
「いや、ダメだって言ってるのは長だけだし、他のエルフもあまり気にしてませんよ。ほら。」
マイリスの指す方を見ると、ステーキ店が見えた。そこに、明らかに耳の長い種族が美味しそうに何かを食べている。
「なんてことよ……たった3日で、こんなになっちゃうなんて……」
「まあ、しょうがないわよ。いずれこうなることは、目に見えていたんだから。」
そこにふらっと現れたのは、クラーラだった。
「なによ、これもあんたの旦那の思惑通りっていうの?」
「いえ、思惑以上かしら?エドガルドもまさかこの街の中にまで、エルフを引き連れてくるなんて思ってなかったようだし。」
「それはそうよね。私もそこまでは考えてなかったわ。」
「でもいいじゃないの。あんたも接触人としての評価が上がり、エドガルドの給料も上がる。この先、エルフや妖精がどうなろうが、知ったことじゃないわ。」
「……あんたも、随分と酷いこと言うわね。」
赤いワンピースに身を包む、赤髪のこの火の魔導士は、上機嫌にアイリーンに話しかける。
と、そこに、妖精達を引き連れたエリシュカが現れる。エリシュカは、手に持った軍配を上に掲げ、それを前にかざす。すると妖精達は一斉に離散する。
そして、店にいる人々に、妖精達が降り立った。
「うわぁ、お姉さん、綺麗!」
「ほんとです!この髪も柔らかくて、とても綺麗!」
なんだかよく分からないが、あちこちでお世辞を言い始めた妖精達。そんな妖精達に気を良くする人々。食べ物を分けたり、妖精に小物を与えたりする人も現れる。
「ちょっと、エリシュカ。あの妖精達に、何をやったの?」
「我が王国侍女の技と心得と、やつらの性格とを鑑みた結果、ああなりました。結果として、多くの人が癒されれます。結果オーライかと。」
人々に媚を売る妖精が、たったの3日間で養成されてしまった。今日はその最後の実践訓練だという。
「ある人材派遣会社に、彼らのことを委任しました。なんでも、すでに3社から彼らの派遣要請が入ったそうです。5匹単位で派遣し、社内の慰労のため使われるそうです。」
「うげぇ、そうなの……」
「これで妖精達も社会の一員として機能することでしょう。働かざる者、食うべからず。使えるものは、妖精でも使え、でございますよ。」
不敵な笑みを浮かべるエリシュカ。アイリーンは、この侍女に妖精のことを任せてしまったことを、少し後悔する。
この状況を鑑み、エルフの長は、同盟締結に同意せざるを得なくなった。もはや、あの森には戻れまい。ドラゴンが現れた時点で、エルフの長にはすでに選択肢がなかったのだ。
これを見届けたアイリーン達は、次の赴任地へと旅立つ。街に入り込んでしまった、精霊達の行末を案じながら……
「アイリーン様。」
「何よ。」
「アイリーン様の頭に、カトンボが1匹、張り付いておりますよ。」
「は?」
すでにアイリーン達の乗る駆逐艦は大気圏を離脱し、地球869星系の小惑星帯に向かっていた。が、よくみればアイリーンの髪の毛に1匹、妙なものが取り憑いている。
すやすやと髪の毛の中で眠るその妖精。それは、アイリーンが2000メートル上空で投げ捨てようとした、あの妖精だった。
この瞬間、アイリーン一行に妙な仲間が1匹、、増えてしまった……




