#35 避難
「ぎゃああああっ!」
この圧倒的な怪物の登場に、里は一気に緊張に包まれる。体長は20メートルほどのそのドラゴンは、エルフの家の一つに襲いかかる。
ばりばりと音を立てて、ドラゴンはその短い手で家を引き裂いた。その中にいたエルフを見つけると、手掴みする。
あっという間だった。捕まったエルフは、ドラゴンに飲み込まれる。それを見たエルフ達は、パニックに陥る。
泣き叫びながら、森の中を走り回るエルフ達。そこに、エルフの長が現れる。
「皆の者!森の狭間から逃げよ!」
アイリーンは、クラーラに尋ねる。
「ねえ、森の狭間ってどこよ!?」
「私達が通ってきた、あの入り口のことよ!」
「てことは、あそこまでエルフが逃げ込めば、ドラゴンの襲撃から逃れられるってこと!?」
「ドラゴン……?あのでっかいやつのこと!?ええ、多分!」
「分かったわ。じゃあ、時間稼ぎすればいいのね!」
「ちょ、ちょっと!アイリーン!」
「あんたも1発だけ、あの火の魔導ってやつを撃ってちょうだい!その後は、私がなんとかするわ!」
「なんとかって……何をするのよ!?」
「いいから!」
逃げ惑うエルフ達を追って迫るドラゴン。アイリーンはスティックを取り出し、宙に浮く。クラーラは、右手を前に差し出す。
「……火の女神ブリギッドよ、我を照覧せよ!我が右手に炎の力を与え、彼の者を業火で焼き尽くせ!」
詠唱の後に、あの炎がクラーラの右手から吐き出される。それはドラゴンの顔を捉える。
数秒間の火炎放射ののちに、炎が消える。だが、ドラゴンの顔はなんともない。
「なんてこと……私の炎が、効かないなんて……」
すると今度は、ドラゴンがクラーラの方を向く。口の中に、真っ赤な火の玉が見える。立ち尽くすクラーラ。
そして、そのクラーラ目掛けて、ドラゴンは炎を吐き出した。
クラーラは、迫る炎を見て呆然としていた。が、突然、クラーラは空に引っ張られる。
「バカ!なにボーッとしてんのよ!」
アイリーンが、クラーラを引っ張り上げていた。そのままクラーラを釣り上げたまま、アイリーンはエルフの集団のあたりまでクラーラを運ぶ。
「あんたも、エルフ達と共に逃げるのよ!」
「アイリーンはどうするのよ!?」
「私は時間を稼ぐ!あんた達が無事逃げられたら、私も後を追うわ!」
「分かった!気をつけて!」
そう言いながら、クラーラはエルフと共に走る。アイリーンは再び、宙に浮く。
ゆっくりと、ドラゴンの周囲を旋回するアイリーン。そんなアイリーンを見つけ、目で追うドラゴン。
そして、ドラゴンも宙に浮き上がる。
「大したものね!そんなに重いのに、空を飛べるなんて!」
アイリーンはドラゴンに向かって叫ぶ。すると、ドラゴンの口の中が再び赤く光る。
紅蓮の炎が、アイリーンに向かって伸びる。だが、アイリーンは加速し、それを避ける。ドラゴンはといえば、アイリーンにその炎を浴びせかけようと首を振る。それを巧みに避けるアイリーン。
「だけど重いから、私の動きにはついていけないようね!そんなんじゃ、私を捉えられないわ!」
アイリーンは、腰にある銃を取り出す。そして、ドラゴンの羽を目掛けて発砲する。
羽に命中するアイリーンのビーム。だが、クラーラの炎ですら効かなかったドラゴン。アイリーンの対人銃など、まるで効き目がない。
「やるわね!」
アイリーンは加速する。上昇し、空中でくるりと向きを変えて、ドラゴン目掛けて突っ込んでくる。
ドラゴンのすぐ脇を通過するアイリーン。再びアイリーンは上昇し、またドラゴン目掛けて突っ込んできた。
ドラゴンは、その短い手を使ってアイリーンを捕まえようとする。だがアイリーンはそれをかわして、再びドラゴンに向かう。
これを3度ほど繰り返したところで、アイリーンはドラゴンの前をくるくると回りだす。このアイリーンの挑発に、まんまと乗るドラゴン。炎を吹きながら、アイリーンを追いかけてきた。
「あはははは!大トカゲ風情が私を捕まえようだなんて、300年早いわよ!」
ドラゴンの速度に合わせて、左右に大きく揺れながら飛ぶアイリーン。それを追うドラゴン。森の上で、この奇妙な追いかけっこが続く。
「さてと、そろそろ時間稼ぎも、終わりかしら?」
そう呟くと、アイリーンは再び銃を取り出す。そして、銃のダイヤルを目一杯ひねる。
最大出力に設定した銃を、ドラゴンに向ける。そして1発放った。
家一軒くらいなら吹き飛ばせるほどの威力のビームが、ドラゴンの顔に直撃する。ビーム発射の衝撃で、後ろに吹き飛ばされるアイリーン。アイリーンは体勢を立て直し、ドラゴンの方を見る。
ドラゴンは顔を抱えてもがいている。貫通こそできなかったが、なんとかアイリーンが逃げられるだけの時間を稼げそうだ。アイリーンは速度を上げて、あの入り口へと向かう。
空を飛んだまま、アイリーンは入り口に飛び込んだ。ふっと、周りの風景が変わる。
目の前には、哨戒機が見える。その周囲にはエルフ達もいる。クラーラもその中にいた。アイリーンは空中で停止し、ゆっくりと地上に降り立つ。
突然現れたたくさんのエルフと妖精に、戸惑うカナエ。
「ちょ、ちょっと!アイリーンさん!なんなのですかこの人達は!?」
「ああ、カナエ、ちょっといろいろとあってね。みんな逃げてきたのよ。」
「なにがどう、いろいろあったら、こうなるんですか!?」
「後で話すわ。まずはこのエルフ達を保護しないとね。」
アイリーンはスマホを取り出す。無線アプリを起動し、帝都の司令部に連絡する。
「接触人より帝都司令部。現在、エルフの避難民多数発生、駆逐艦一隻の派遣を乞う。送れ。」
『司令部より接触人。了解した、近辺を航行中の駆逐艦2923号艦を向かわせる。』
アイリーンは、不安そうに見つめるエルフ達に向かって叫ぶ。
「さて、エルフ諸君!ドラゴンから無事逃げられたけど、ここじゃ何にもないから、我々が保護するわ!今から大きな船が来るけど、慌てないで指示に従ってね!」
そう叫ぶアイリーンの元に、あの老エルフが歩み寄る。
「……無事ではない……」
「は!?なによ、この後に及んで、まだ何かあるの!?」
「無事ではない!今すぐ、ここから皆は逃げるのじゃ!」
「ちょ、ちょっと待ってよ!ドラゴンからは逃げられたじゃないの!」
「いや、まだ逃げられたわけではない!やつはやってくる!この人間どもの森に、だ!」
「……どういうこと?」
「170年前と同じじゃよ。あの時も、逃げ延びた我々をあの龍は追ってきた。そして、この森で大勢のエルフが死んだ。」
「ちょ、ちょっと待ってよ、じゃあもしかして……」
「この辺りだけ、木々がないじゃろう?これはその時、ドラゴンが放った炎によるものじゃ。子供らを逃すために、大人のエルフが盾となった。彼らのほとんどは、そこで死んだのじゃ……」
「長殿!そう言うことは、もっと早く言いなさいよ!」
再び緊張が走る。森の中に逃げ始めるエルフと妖精。クラーラとカナエは、哨戒機に乗り込む。
と、そこに、薄らと黒い影が見えてきた。それは徐々に、姿を現す。
あのドラゴンが、この地に現れた。全長20メートルのドラゴンが、アイリーンを睨みつける。硬直するアイリーン。
「アイリーン様!」
ハッチを開けて、エリシュカが叫ぶ。アイリーンはその声で我にかえり、ハッチに飛び込んだ。哨戒機は発進する。その場所に、ドラゴンの炎が吹き付けられる。
「エルヴェルト!」
「なんだい、アイリーン。」
「まだこの辺りにエルフ達がいるわ!あのドラゴンをもう少しの間、引き付けて!」
「分かった。でも、その後はどうする?」
「ええと……どうしようかしら……」
「とにかく、時間を稼ぐ!その間に考えるんだ!カナエ!」
「はいなぁ!」
助手席に座ったカナエが、怪しげな機械を取り出す。この哨戒機には、通常の哨戒機についている中型ビーム砲がない。代わりに、銃と同じ小型のビーム兵器が取り付けられており、それを制御するKWS (カナエ・ウェポン・システム)もある。
「まさかここでドラゴンと対決することになろうとは……ふっふっふっ……トカゲ野郎め!目に物見せてくれるわ!」
発狂モードに入ったカナエは、早速ドラゴンに向けてKWSを発動する。連続発射で、正確にドラゴンの顔を捉えるビーム。
だが、この威力の兵器ではまるで効かない。すでに数十発以上を撃つが、一向にダメージを与えられない。この小賢しい攻撃を加えてくる哨戒機に怒り心頭なドラゴンは宙に舞い、哨戒機を追いかけてくる。
どうにかドラゴンを精霊達から引き離すことができた。しかし、次の一手がない。どうしたものか?アイリーンは窓の外を眺めながら、考えていた。
「アイリーン様、いい考えがあります。」
と、そこに、エリシュカが口を開く。
「なによ、いい考えって!?」
「今ここに、駆逐艦が向かっているのですよね?」
「ええ、向かってるわ。でも、それがどうしたのよ!?」
「その駆逐艦を使うのです。」
「いや、ダメでしょう!大気圏内砲撃はダメだって、あんたも知ってるでしょう!?いくらなんでも、ドラゴン相手に砲撃は認めてもらえないわ!」
「いえ、大気圏内で認められた手段のみで、あれを倒す方法がございます。」
「えっ?ほんと?」
「こちらに向かっている駆逐艦に連絡願います。その方法は……」
アイリーンは、エリシュカのこの案を採用した。
すでにKWSを使ってドラゴンを挑発しながら、なんとか上空1000メートルほどまでドラゴンを引き付けることに成功していた。
そのドラゴン目掛けて、駆逐艦2923号艦が突入してくる。それを見届けた哨戒機は、ドラゴンから離脱する。
速度を落とすことなく、悠々とドラゴンに突っ込む灰色の駆逐艦。それを見たドラゴンは、駆逐艦に向かって炎を吐く。
だが、大口径ビーム砲の直撃すら弾き返すバリアを展開して突入する駆逐艦に、ドラゴンの炎など通用しない。そのままドラゴン目掛けて突入を続ける。
そして、ドラゴンにそのバリアが接触する。
あっという間の出来事だった。ドラゴンの身体が、バラバラに吹き飛ぶ。そしてその破片は、ぼろぼろと真下の森の中に落ちていく。
考えてみれば、バリアシステムは防御兵器ではあるが、突撃兵器として使うことも可能だ。まさに、発想の転換である。
「使えるものは、親でも使えと申します。この際は、駆逐艦に備えられたこの仕組みを使うことが、最も簡単でございましょう。」
「恐ろしい発想ね……思いつきもしなかったわ。でもまあ、さすがのドラゴンもあの駆逐艦のバリアには敵わなかったわね。」
アイリーンの乗る哨戒機は、エルフと妖精が潜伏する森に戻る。駆逐艦2923号艦も、その場に着陸を果たす。
ドラゴンを一蹴し、圧倒的な存在感を示すこの灰色の船に、聖霊の森からやってきた住人達は唖然として見上げる。
「さあ、みんな、中に入ってちょうだい!」
エルフと妖精を招き入れるアイリーン。生き残ったエルフは、全部で52人。妖精は全部で102匹。この異様な集団に、今度は駆逐艦2923号艦の乗員が唖然とする。
「接触人殿……これは一体……」
「ああ、連合の上層部直々の命を受けて彼らと同盟を結ぼうとしたら、彼らの里にさっきのドラゴンが襲いかかってきてね……」
「はあ……そうですか。」
そう言われても、話が飛躍しすぎて全くついていけない士官。そんな異形な住人らを乗せて、駆逐艦2923号艦は発進する。
「お礼を言うわ、艦長殿。」
「いえ、ちょうど宇宙港に向かっていたところです。通り道ですから、我々には対して影響はございませんよ。」
などと言う艦長だったが、乗員は大変なことになっていた。
「ねえ、ここの人間、同じ服ばっかり着てる。」
「本当だ、おかしい!」
バタバタと船内を飛び回る妖精達。食堂では、食事中の乗員にちょっかいを出す妖精もいる。乗員が食べているその食べ物を横取りして、ムシャムシャと食べ始める一匹の妖精。
「うわぁ、これ、美味しいよ!」
「ほんと!?食べる~!」
それを聞いた妖精が、一斉に食堂の食べ物に群がる。だが、その1匹がある人物のさらに手を伸ばす。
「何をするんですか、このカトンボども!」
よりによって、エリシュカのピザにちょっかいを出した妖精がいた。辛辣な一言を浴びせられる妖精。
「だって、美味しそうなんだもん……」
「ならば、礼を尽くし、食べ物を分けてもらえるよう嘆願するのが筋ではありませんか?そのような無礼な輩は、先ほどのドラゴンのように粉砕してやりましょうか!?」
この恫喝に、さすがの妖精もビビる。
「こ、怖い……あのかっ飛び魔女よりおっかない……」
「こっち睨んだ……今にも妖精を手掴みで食いそうな目だよ……何、あの化け物……」
この一件で、妖精の中では一目置かれる存在となったエリシュカだった。
で、エルフの方はと言えば。
「はっ!ちょっと待たれよ!龍は死んだのじゃから、わしらは人間のところに行かなくても良いのではないのか!?」
すでに帝都宇宙港に着陸態勢に入っていた駆逐艦2923号艦の艦橋で、突然叫ぶエルフの長。
「ああ……気づいちゃったようね。でももう、遅いわ。ここまで来たからには人間の力を、徹底的に見せつけてやるわよ!」
「な、なんじゃと!?お、お前!エルフの民を脅すつもりか!?」
「ふっふっふっ……立場を考えた方がいいわよ。なにせ私達は、あのドラゴンすら一撃で倒せる種族なのだから……」
「ひええぇ!なんじゃこの魔女は!?さっきまでと態度が違うぞ!?」
豹変したアイリーンにビビるエルフの長。そんなエルフ達と身勝手な妖精どもを乗せて、駆逐艦2923号艦は帝都宇宙港へと入港する。




