#34 龍撃
「お初にお目にかかります、長殿。」
「誰だ、お前は?ここに来られたということは、普通の人間ではないな?」
「はい、そうです。私の名は、アイリーン。接触人であり、魔女でもあります。」
「魔女……で、お前は、何ができるのじゃ?」
「はい、空を飛べます。」
「空を舞う人族か……珍しいな。というか、そんな人族、聞いたことがないわ。」
「ええ、私はこの星の者ではありません。地球760という星から来たのです、長殿。」
「空高くから参ったという者か。まさか、ここに入り込める者がおるとは……」
長は、アイリーン達を手招きする。そしてアイリーンはハシゴを登って、その家の中へと入る。
簡素な家だ。中には、ほとんど家財と言えるものはない。奥は一段高くなっており、その上に敷かれた茣蓙のようなものの上に、先ほどの老人が座っている。
「まあ、だいたい想像はつくが、お前の話、一応は聞いておこうかの。」
「はい。恐れ入ります。」
アイリーンはその中に入り、老人の前で正座する。そして、単刀直入に言い出す。
「すでに聞き及んでおると思いますが、我々、宇宙統一連合は、あなた方との同盟締結を望んでおります。」
「うむ、それはすでにクラーラから聞いた。だが、その同盟とやらを結ぶと、我らには何の利があるというのか?」
「はい、遥かに進んだ文化に技術が手に入ります。」
「ほう。例えば?」
「豊富で美味しい食事、誰もが空を舞うことができる乗り物、たくさんの娯楽に、やりがいのある仕事。そういうものが、あなた方にもたらされます。」
「うむ、なるほどな……」
それを聞いて、少し考え込むエルフの長。そして、しばらくしてアイリーンに応える。
「ならば、答えは同じじゃ。我ら聖霊の里は、お前達の同盟とやらを、受け入れられぬ。」
「……なぜでございますか?理由を、お聞かせ願いたい。」
「簡単じゃよ。我らはここで、なんの苦労もなく、不自由もなく暮らしておる。お前達のもたらす新たな文化とやらの必要性が、まったくないのじゃよ。」
「で、ですが……」
「どうせお前達は、我らエルフの長寿の秘密を探りたいのであろう。我らをたぶらかし、その秘密を探る。いかにも、人間どもの考えそうなことだ。それゆえに我らは、人間を拒絶してきたのじゃ。」
あまりに図星なこのエルフの長のこの言葉に、アイリーンは返す言葉を失った。だが、アイリーンはなんとか応える。
「……本当に、必要性がないとお考えですか?」
「なんじゃと?」
「こう言ってはなんですが、ここには不測の事態に対する備えがありません。山火事に暴風雨など、何かが起これば、あっという間にこの里は全滅しかねない。そのような脆弱な里に、未来があるとお考えですか?」
「なんだと!?おい、人間!長様に向かって、なんということを!」
側近らしき若いエルフが、アイリーンを恫喝する。それを制止するエルフの長。
「お前の言うことは、決して間違ってはおらぬ。だが、そのようなことは、ここでは何百年に一度しか起こらぬこと。そのような稀なことに、いちいち備えなど不要である。」
そう言い放つ長を前に、引き下がるしかないアイリーン。
「ああ、もう!なんなのよあの長は!」
「しょうがないわよ。ああやって数百年もの間生き延びてきた種族なのだから。」
「ああ言えばこう言う、老人の典型的な返しよね!人間より長く生きてる分、余計厄介だわ!」
「そんなこと言っても仕方がないわよ。現に彼らは何百年もの間、そうやって生きてきたのだから。」
怒り狂うアイリーンを宥めるクラーラ。
「仕方ないわね。せっかくきたんだから、この村を少し巡らせてもらうわ。」
「いいけど、そんなことしても対して得られるものなんてないわよ。」
「いいのよ!このまま手ぶらで帰ったってしょうがないでしょう!」
などとぶつぶつ言いながら、アイリーンはエルフの村をめぐりはじめる。
ここの文化は、彼らの基準によれば文化レベル1と言ったところ。つまり、農耕革命前の原始的な時代の文化。これほど低い文化レベルの星は、この宇宙でもほとんど見られない。
ほどよい気候で、常にここは春の陽気が続いている。果実や穀物はそこらじゅうで勝手に実り、それを収穫すれば簡単に食べるものが得られる世界。それがこの、聖霊の里だ。
おまけに聖霊は、流行病には無縁の種族。しかもここは、暴風や地震といった天変地異も存在しない。毎日が、穏やかな気候。なるほど、確かにエルフの長の言う通り、何不自由のない暮らしが続けられる環境だ。
これでは、アイリーン達の文化や技術の入り込む余地など存在しない。
エルフの村を巡り、それを痛感するアイリーン。
「あーあ、なんてことよ……本当にここ、何不自由ない暮らしをしてるのね。」
「でしょう?だから私も説得できなかったのよ。でも困ったわねぇ、どうやったらエドガルドの希望を叶えてあげられるのかしら?」
「うーん、本当よね。このままじゃ、私も接触人失格よね。どうしようかしら……」
途中で見つけた大きな切り株の上に座り込み、考え込むアイリーンとクラーラ。そこに先ほどの脱走エルフ、マイリスが現れる。
「あの……2人とも、何を考え込んでるんです?」
「決まってるでしょう。どうやったらこの里に、私たちの文化の素晴らしさを伝えて、同盟締結に引きずり込めばいいのかって考えてるのよ。」
「はあ、そうなんですか。でも僕は、あなた方の文化に触れてみたいなぁ。」
その言葉に、思わず食いつくアイリーン。
「ねえ、マイリス。なんでそう思うの?だってここは、何不自由ない里なんでしょう?」
さっきの長の言葉が引っかかっていたアイリーンは、少し意地の悪い尋ね方をする。
「ええ、生活する上では、何の不自由もありませんよ。それゆえに、僕は嫌なんです。」
「妙なことを言うわね。不自由がないのなら、別にいいんじゃないの?」
「なんて言えばいいんでしょうか……僕は、ここが退屈で仕方がないんです。毎日毎日、同じ暮らし、同じ食べ物、出会うのは同じエルフや妖精達……こんな退屈な場所、息が詰まりそうです。」
「ふうん、そうなんだ。エルフでも、そんなことを考える人がいるんだ。」
アイリーンはうなずく。
「でも、これは僕だけじゃないですよ。他の若いエルフだって、皆同じこと考えてるんです。」
「そ、そうなんだ。若いエルフがね……」
若いと言っても、こいつは170歳。人間とはかなり歳の感覚が異なる種族だ。アイリーンの一生が終わるくらいの長い時を経てもまだ若さが持続できるこのエルフを、少し羨ましく思う。
だが、アイリーンはここで、ふとある違和感を感じる。それをこの若いエルフに尋ねてみた。
「ねえ、そういえばエルフって、1000年生きるって聞いたけど、本当なの?」
「はい、1000年はちょっと言い過ぎだけど、700年くらいは……」
「だけどさ、さっきぐるりとこの村を見てたけど、見た目がせいぜい30歳以下のエルフばかりで、老人はさっきの長くらいだったわ。他の老エルフは、どこにいるの?」
「そうですね……言われてみれば、長様以外には、老エルフはおりませんね。」
「ねえ、ちょっとそれ、おかしくない?病にもかからず、食べるものにも困らないこの里のエルフが、ある世代以上から急にいなくなるなんて、どう考えてもおかしいわよ!」
「そんなこと、考えたこともなかったですね。そういえば、僕の父母もいませんし。」
「父母がいないって……じゃああんた、今までどうやって育てられたの!?」
「いや、普通に村の保育小屋で育ったんです。この村の多くの若いエルフは、保育小屋育ちですよ。」
この能天気過ぎるエルフに、思わずイラッとするアイリーン。170年も生きてて、どうしてこんな基本的なことに違和感を覚えないのか?再び村を巡るアイリーン。
村の住人を細かく観察するが、若いエルフが多い一方で、40代以上、いや、エルフ的には400歳以上のエルフがほとんどいない。これは一体、どういうことか?
そこでアイリーンは、さっきの老エルフの言葉を思い出す。
「そういえばあの長、何百年に一度しか天変地異は起こらないと言ってたわね。だけど、エルフって、何百も生きる種族。だったらこの世代の断絶には、その何百年に一度の何かが関わっていることになるわね……でも一体それは、なんなの?」
「さ、さあ。長は何も話しては下さらないので……」
「てことは何!?700年は生きると言ってるエルフなのに、700年近く生きたエルフが1人しかいないことに、あんた達はなんの違和感も感じなかったの!?あの長にそのことを、誰も尋ねなかったの!?」
「ええ……そんなこと、考えたこともなかったです。」
ダメだこりゃ、アイリーンは呆れ果てる。もしかしてここにいる精霊は、能天気バカばかりではないのか?
「私、長を問いただしてくる!」
「アイリーン、それはちょっとまずくない?」
「なんでよ、クラーラ!」
「だって、長はあえてそのことに触れていない感じがするわ。そこを突いちゃったら、2度と面会してくれないかもしれないんだよ。」
「うっ……」
アイリーンの目的は、この里の精霊達と連合との同盟締結だ。確かにこの件は、アイリーンにとって管轄外。それにこだわって同盟締結の件を破談に追い込んでしまったら、元も子もない。
再び、切り株の上で考え込むアイリーン。
静か過ぎる森、豊か過ぎる村、綺麗過ぎる空。
ここと比べれば、アイリーンの世界はまさしく地獄だ。喧騒の地上、多忙な街、戦乱の宇宙……そんな人々とエルフが手を結ぶなど、到底考えられない。
アイリーンが切り株の上で座っていると、再び妖精達が群がってきた。わらわらと髪の毛に群がり、勝手なことを呟く妖精。
その中の1匹、先ほどアイリーンが上空2000メートルで放り投げようとした、あの妖精が目に止まる。
すっかり元気を取り戻したようで、アイリーンの胸元にしがみついて、勝手なことを呟いている。
「この胸、薄いけど気持ちいい!」
この失礼な妖精に、アイリーンは尋ねる。
「ねえ、あんた。」
「なあに?」
「妖精ってのは、どれくらい生きるの?」
「分かんない。」
「分かんないって……」
「だって、エルフと違って、暦持ってないんだもん。」
「はあ!?そんなんでよく暮らせるわね!」
「毎日、食べたい時に食べて、寝たい時に寝る。暦なんていらない。」
結局、妖精は短命なのか長寿なのか、さっぱり分からない。アイリーンは質問を変える。
「ねえ、ここには病気も天変地異も無いって、本当なの?」
「病気はあるよ。ただ、エルフはそういうものにかからない。それだけ。」
「なんだ、じゃあ妖精はかかるんだ。」
「そう。よくかかるよ。くしゃみが止まらなくなったり、お腹痛くなったり。まれにこじらせて、死んじゃうの。」
「なんだ、妖精の方は人間とあまり変わらないわね。」
「だけど、エルフだってバタバタ死ぬことがあるよ。」
「……何よそれ、まさか、エルフにやばい病気があるの!?」
「違うよ。襲ってくるの。」
「襲うって、何が?」
「なんて言うのかな、あの魔導士のように火を吐く、大きなトカゲみたいなのが、空から降りてくるの。」
「ちょっと待って、それってつまり、怪獣か何かってこと!?」
「私、見たことないから、分かんない。でも昔、そういうのがきたって、お爺ちゃんのお婆ちゃんの、そのまたお爺ちゃんが言ってた。」
思わぬ情報を耳にしたアイリーン。もしかしてあのエルフの世代断絶は、それが原因なのか?
アイリーンは、まさにエルフの悲惨な過去の核心部分を知ろうとした、その時だ。
突然、この静かな森が一変する。
ズシーンという大きな音が鳴り響き、地面が揺れる。その衝撃に驚いた妖精達は、一斉に飛び立つ。
アイリーンは、村の中央にある広場を見た。
信じられないものが、そこに立っている。
アイリーンの知る限り、それは「ドラゴン」と呼ばれる生き物だった。




