#33 妖精
「さてと、ここからは油断禁物よ。妖精が現れるから、気をつけて。」
「わ、分かったわよ。」
アイリーンに忠告すると、マイリスと共に歩き出すクラーラ。その後ろをついていくアイリーン。
見たところ何もいない。静かなものだ。本当に警戒すべき相手がいるのか?
などと考えていると、それは現れた。
「……ふふふ、ふふふ……」
奇妙な笑い声が聞こえる。アイリーンは、ふと見上げる。
森の木々の間を、羽の生えた奇妙なものが飛んでいる。それは30センチほどの大きさで、人の形をしている。
そんなものが、10、いや、20匹ほどだろうか?木々の間から次々と現れる。
「まあ、人間よ、人間。」
「本当だ、人間だわ。汚らわしい……」
随分と口の悪い妖精だ。一瞬、額がピクっとするアイリーン。
だが、ここでクラーラの忠告を思い出す。下手に動揺すれば、取り込まれると言っていた。アイリーンは、脳内で呟く。
(静かなること林の如く、静かなること林の如く……)
エリシュカの言葉を思い出し、それを心の中で唱えるアイリーン。だが、妖精らは勝手なことを言い始める。
「げぇ……火の魔導士がいるわ。」
「うわぁ、汚らわしい。」
「だけど、こっちは見たことがない人間よ。」
「本当だ、なにこれ?どうして入ってこられたのかしら?」
「さあね、わかんないけど、面白そうよ。」
なぜか、アイリーンの元にわらわらと妖精が集まってくる。そして、アイリーンの長い髪を引っ張り始める。
「うわっ!面白いわ、これ。」
「柔らかい髪、エルフよりも、触り心地いいわ。」
「見て見て!ほっぺたも柔らかいわよ!」
次々と集まる妖精達。アイリーンの髪の毛や顔をベタベタと触り出す。
心の中でエリシュカの言葉を念じながら、アイリーンはクラーラとマイリスの方を見る。不思議なことに、あの2人には妖精は群がってはいない。
マイリスは、おそらくここの住人だから、妖精にとって興味がないのだろう。だが、なぜクラーラには妖精が来ないのか?
そんなことを考えているうちに、徐々に妖精達の悪戯がエスカレートしていく。
アイリーンの手足にまで群がる。指や耳を引っ張ったり、太ももにあたりを物色する妖精まで現れた。
我慢の限界に達しかけたその時、胸元に取り付いた妖精が、こんなことを口走る。
「見てこの人間、胸が小さいわ。」
この一言で、アイリーンはついにブチ切れる。
「っさいわね!!余計なお世話よ!」
この一言で、アイリーンに取り付いていた妖精達がわっと離れる。が、すぐにアイリーンの周りを回り始めた。
「汚らわしい人間!追い出さなきゃ!」
「そうよ、追い出さなきゃ!」
無数の妖精が、アイリーンを取り囲む。そして、一斉に襲いかかる。それを振り払うアイリーン。だが、後から後から妖精が身体にしがみついてくる。
(まずい、取り込まれる!)
危険を察知したアイリーンは、スティックを取り出してまたがり、宙に浮く。すると、妖精達は叫ぶ。
「何この人間、空を飛べるの!?」
「妖精じゃないのに、生意気な!」
この一言が、かえってアイリーンを奮起させる。
「うっさい!空飛ぶだけじゃないわよ!捕まえられるものなら、捕まえてみなさいよ!」
森の木の上でわらわらと群がる妖精達を振り切るように、アイリーンは増速する。
アイリーンは、エリシュカの言葉を唱える。
「疾きこと、風の如く!」
一気に速度を上げたアイリーン。アイリーンにしがみついていた妖精の何匹かが、その勢いで吹き飛ばされる。
すでに時速200キロに達していたアイリーン。だが1匹だけ、胸元にしがみついていた。
「しっつこいわね!いい加減、離れなさいよ!」
「いや……いや……」
「いい根性してるわね!いいわ、こうなったら、是が非でも振り切ってやるわ!」
そう叫ぶと、アイリーンは上昇に転じる。速力は、すでに270キロに達している。
そして、高度2000メートルに達する。妖精が追ってこないのを見たアイリーンは、そこで停止した。
「ちょっと、あんた!いつまでつかまってんのよ!離れなさい!」
胸元にしがみついたこの1匹を掴み、剥がしにかかるアイリーン。だが、その妖精はアイリーンに嘆願する。
「やめて……ここで下されたら、死んじゃう……」
「何言ってんのよ!あんた、空飛べるでしょうが!」
「こんな高いところ、無理……」
「高々2000メートルの、どこが高いのよ!」
「妖精は地面から湧き出す魔力で飛んでるの……こんな高いところでは、飛べない……」
「何よそれ!?ほんとなの!?」
掴んだ妖精の顔を見ると、顔色が真っ青だ。羽をバタバタさせているが、確かに揚力をほとんど感じない。
それを見たアイリーンは、なんだか気の毒になる。そして、その妖精を胸に抱えて、アイリーンは一気に降下する。
「ひええええっ!」
「ちょっとくらい我慢しなさい!叫ぶと手、離すわよ!」
そして一気に森の木の上まで降下すると、木々の上で止まる。
「ほら、着いたわよ。ここなら飛べる?」
「は、はい、なんとか……」
そばには、心配そうに見る無数の妖精がいた。その群の中に、ふらふらと飛んでいくその妖精。
それを見届けたアイリーンは、地上に降りる。
「……やっぱり、こうなったわね。」
クラーラが、アイリーンに呟く。
「何よ、見透かしたように言ってくれるわね。」
「そりゃそうよ。私も2年前に、同じようなことをやったから……」
そしてクラーラは、ふと森の木を指差す。そこには、真っ黒に焼けた木の根元だけが残されていた。アイリーンは、察する。
「……だから、あんたにはあの妖精が群がらないのね。もしかして、最初に会った時に私の力を見極めるって言ってたけど、こういうことだったの?」
「そうよ。ここで妖精を振り切れないようでは、この先には進めないわ。」
「それじゃあ、振り切れなかったら、どうなってたのよ。」
「簡単よ。妖精が寄ってたかって、あの入り口に放り込まれていたわ。」
要するにあの妖精の役割とは、間違ってこの世界に入り込んだ人間を排除することだったようだ。だから妖精を手なずけなければ、この先には行けない。
アイリーンの力を知った妖精達は、距離をおく。距離を取りながらも、わらわらとついてくる。
「あの人間、怖い……」
「火の魔導士よりおっかない。エルフの矢よりも速いなんて、化け物だわ……」
だが、もはやアイリーンは黙ってはいない。
「うるさいわね!もう一回、勝負したいの!?」
それを聞いた妖精達は、アイリーンから離れる。だがしばらくすると、懲りもせずにまた集まってくる。
好奇心が旺盛なのだろう。思ったことを全部喋るから不快に思うだけで、アイリーンのことが気になって仕方がないようだ。
「……あの髪の毛、もう一回触りたいなあ……」
ある妖精が呟く。すると、アイリーンが振り向いて、キッと睨みつける。再び緊張する妖精達。
「……いいわよ、髪の毛くらいなら。」
アイリーンのこの言葉を聞いた妖精は、わっとアイリーンの髪の毛に群がる。
「うわぁ……この髪の毛、柔らかすぎ……?」
「ほんと、巣に持って帰りたい。」
「胸が小さい分、ここがふくよかなのかな?」
「でもほんと、柔らかいなあ、この髪の毛……」
勝手気ままな妖精達は、勝手なことを口走りながらも、しばらくアイリーンの髪の毛に群がっている。よほどアイリーンの髪が気に入ったらしい。
「いいの、あんた。頭に妖精がいっぱいついてるわよ?」
「いいわよ、別に。これくらいなら、気にしないわ。」
そして頭にたくさんの妖精を集めたまま、森の奥へと進むアイリーン達。そしてついに、行手に何かが見えてきた。
家だ。木の上に、家がある。そしてそこには、たくさんの人々がいる。
いや、それは人ではない。マイリスと同じエルフだ。耳の長い種族が10人ほど、歩いている。
そんなエルフを見て、ここが異なる世界なのだと認識するアイリーン。彼らのその姿に、驚きを隠せない。
だが、驚いたのはむしろ、エルフの方だ。
頭にたくさんの妖精をはべらせて歩くこの人間。おそらく、200~300年は生きているであろうエルフらも、初めて見る光景だ。
妖精らをはべらせたまま、奥にある一際大きな家に向かう。
その家の前に立つ人物が見える。
「……まったく、これまで妖精を震え上がらせた人間はいたが、まさか妖精をはべらせる人間が現れるとはな。」
いかにも、老人のエルフだ。おそらく、600歳は下らない。
その老エルフの姿を見た妖精達は、一斉にアイリーンから離れて森に帰っていく。
その老エルフを見たアイリーンは、クラーラに尋ねる。
「まさか、あのエルフが……」
「そうよ、あれがエルフの長よ。」
ついに接触人は、この里の指導者に接触する。




