#31 魔女と魔導士
「えっ!?地球869に!?」
『そうだ。ただちに、その星に向かって欲しい。』
「ですが、地球869と言えば、私が接触人の仕事を始めるより前に発見された星。とっくに同盟締結が軌道に乗り始めている星であり、接触人など不必要なのではありませんか?」
『そうだ。が、ある地域の住人だけが、我々との同盟交渉を拒否しているそうだ。』
「……それは、長い時間をかけて説得するより、ほかに方法がないのではないですか?」
『いや、そうもいかない事情があるのだ。貴殿にしかできない仕事だ。受けてはもらえないか?』
宇宙統一連合の交渉広報本部の本部長から直々に、アイリーンの元に恒星間通信が入る。そこでアイリーンは、この奇妙な仕事の依頼を受ける。
アイリーンにしかできない仕事。それが一体、何のことなのか分からないが、とにかくこの一言が、アイリーンにこの仕事の依頼を承諾させることとなった。
そしてアイリーン達は、地球869に到着する。
ここはすでに、半数以上の国と条約締結が進んでおり、残りの国もほぼ目処がついている状態だ。宇宙港もすでにいくつか設置されており、その一つ、グローヴェスバルトリッヒ帝国の帝都ヴェルターヒューゲルの宇宙港に降り立つ。
ここは地球315の管轄であり、ヴェルターヒューゲル宇宙港の横には、彼らの街も作られている。
「うわぁ、なんですかここは?めちゃくちゃ未来な街じゃないですか!」
カナエが感動している。宇宙港の周辺にはビルがいくつか立ち並び、戦艦の中の街と同様に、ビルの間に空中回廊も張り巡らされている。その横には、軍民の船舶を繋留するいくつもにドックが並ぶ宇宙港が見える。
そしてその向こう側は、まだ中世のままの大都市が広がっている。この星最大の国家であるグローヴェスバルトリッヒ帝国の帝都というだけあって、多くの石造りの建物が並んでいた。帝都の中央には広場があり、そばには市場らしきものが、そしてその向こうには巨大な宮殿が見える。
「そういえば、カナエは宇宙港を見るのは初めてね。」
「ええ、初めてです!まさかこんなに大掛かりなものだったとは、まったく知りませんでした!てことは、こういうものが私の故郷である、地球876にもできるってことですか!?」
「今ごろは宇宙港の一つや二つ、できてる頃じゃないの?この程度の街なら、あっという間に作れちゃうわよ。」
「へぇー、そうなんだ。僕のいた地球875でも、今ごろはこんなものがあるってことだ。」
「そういえば、エルヴェルトも初めてだったわね。今までずっと、船から船を渡り歩いてたから。」
「私もでございますよ、アイリーン様。」
「……分かってるわよ、エリシュカ。今、そう言おうと思ってたのよ。」
アイリーン以外は、標準的な宇宙港のことを知らない。通常は大都市のすぐ脇の海や山などを切り開いて、宇宙港とそれに併設する街を築く。その星が自前の艦隊を持つまで、そこを担当する星の人々が住むためだ。そこは、10年という期限付きで治外法権が認められ、居住権もその担当星の人々に限定されている。
が、外から来た彼らと、この星の人々が交流した結果、異星同士の夫婦も誕生してしまうことはよくある話であり、結果、ここに住むこの星の人々も出始めている。街の出入り自体は比較的自由であるため、帝国の人々も大勢、この街を訪れている。
そんな異星の街を歩くアイリーン一行。アイリーンにとっては見慣れた光景だが、他の3人にとっては初めて見る現代的な地上の街だ。
戦艦内の街に似てはいるが、似て非なる場所だ。何せ、規模が違う。空には人工灯もなく、眺めもいい。
ビルの上からは、中世風の街と現代の街とが並ぶ不思議な光景が見える。その光景を唖然として見るアイリーン以外の3人。
「アイリーンさんの街も、こんな感じなんですか?」
「うーん、こんな感じといえばそうだけど、宇宙港の街はすでに解放されちゃってて、もう王都の一部になってるわ。おまけに私の住む王都も再開発が進んでて、もう旧宇宙港の街との境目が分からなくなってるわよ。昔の面影が残っているのは、陛下の住む宮殿や貴族の街くらいね。」
「そういえば、アイリーンさんのところは王国だって言ってましたよね。てことは、王様や貴族がいるんですよね。」
「そうよ。未だに社交界なんてものを開いてるから、パパも大変なのよ。」
「えっ!?社交界に、アイリーンさんのお父さんも参加されてるんですか!?」
「そりゃあそうよ、だって王国貴族なんだから。」
「あれ!?アイリーンさんのお父さんって、中将閣下だと……」
「元パイロットで、今は地球760の1000隻を率いる艦隊司令であり、かつ王国の子爵でもあるの。」
「ええーっ!?それって貴族じゃないですか!それは知りませんでしたよ!」
「あれ、カナエには言ってなかったっけ?」
「僕は知ってるよ。」
「私もです。」
「ええーっ!?なんで私だけ知らないんですかぁ!」
「カナエ殿が聞かないからでしょう。まったく、アイリーン様のことに対して、あなたは無関心すぎです。」
ビルの一室で、たわいもない会話が続く。そこに、ある人物があらわれる。
「遠路はるばるご苦労だった。ようこそ、地球869へ。私は地球315政府所属の交渉官、エドガルドだ。」
「お初にお目にかかります、私は接触人のアイリーンです。」
「ああ、聞いている。宇宙最速の魔女だということもね。」
「ところで、この星で交渉すら応じない人々がいると聞いたのですが……」
「ああ、いる。そこで、貴殿の出番というわけだ。」
「はあ……」
ビルの一室で、いきなり交渉官との仕事の話に入る。
「交渉官殿、その人々というのは……」
「うむ、正確には、彼らは『人々』ではない。」
「は?それは、どういうことですか?」
「この帝国では、彼らは『精霊』と呼ばれている存在だ。」
「精霊……?」
「妖精やエルフといった存在がいるらしい。この帝都の外、広い森の一角に、彼らは住んでいるそうだ。」
「そうですか。で、交渉官殿は、実際にその地に赴いたのですか?」
「いや、行っていない。」
「……ならば、すぐに行かれたらどうなのですか?その地に赴くことなく交渉できないと結論づけるのは、いささか性急すぎるのではないかと。」
「いや、正確に言えば、行けないのだ。」
「行けない?それは、どういうことです?」
「その地に入ろうにも、入れないのだよ。魔法のようなものがかけられていて、普通の人はそこに入ることができないのだ。」
「なんですか、それは?ならば哨戒機を使い、空から入れば……」
「いや、それもできない。そもそもその地は、森にあって、森にはない。」
「……交渉官殿の言われることが、よく分かりません。」
「そうだな、なんと言えば良いか……つまりだ、入り口は確かに森にある。だが、その先は別の場所につながっている。そう表現するのがいいだろうか。とにかく、そういうところだ。」
「はあ……では、その地の精霊とやらと交渉することが、なぜ私の任務なのですか?」
「その地に踏み入れるには、ある条件が必要だからだ。」
「何ですか、その条件とは?」
「それは、魔力を有する者であること。そうでない者は、その入り口を潜って彼らの地に足を踏み入れることなど叶わない。」
「はあ、なるほど。それで私というわけですか。」
「そうだ。連合の接触人や交渉官の中で、魔力を持つ者はただ一人、貴殿のみだ。」
「ですが、帝都にはその地に足を踏み入れられる者はいないのですか?」
「いや、5人いる。」
「……たったの5人ですか。」
「ああ、いずれも魔導士と呼ばれる存在だ。」
「魔導士?」
「この星では、火や水、風や闇を操れる者をそう呼んでいる。だいたい1万人に1人、魔導を宿した者が現れると言われているそうだ。」
「ならば、彼らの1人に任せれば良いのではありませんか?」
「ああ、すでにやった。だが、うまくいかなかった。」
「……そうなのですか?でも、なぜ?」
「そもそも彼らには、交渉術などというものがない。そして、我々の持つ文化や技術のことを伝えることができない。それでは、交渉などならないだろう。」
「そうなのですか……ですが、ならばその地にこだわる理由が分かりません。入り口しか存在しない土地など、放置しておけばよろしいのではありませんか?」
「そうだな。それは確かにその通りなのだが、連合の上層部はその地の人々との接触を望んでいる。」
「はあ、それはまた、なぜです?」
「その地に住む精霊は、寿命1000年を超えるといわれているらしい。」
「……それはすごいですね。でも、そのことがなぜ、接触を望む理由になるのです?」
「長寿に関する研究は、我々人類にとっては古来より重要視されたテーマでもある。その答えが、もしかしたらその森の奥にあるかも知れない。上層部はそう考えているのだ。」
「……なるほど、神秘な力というものは、連合側にとっても大きな財産ですからね。」
「そうだ。貴殿の住む地球760における魔女の研究が我々に貢献した実績を考えれば、その神秘な力との接触にこだわる理由も分かるだろう。」
「はい、承知しました。では接触人アイリーン、かの地に赴くことにいたします。」
「うむ、頼んだぞ。」
アイリーンは、少し複雑な心境だ。要するにこれは、連合の一部の人々の欲求と思惑を満たすためだけの任務だ。そのために私は駆り出されたのだ、と。
アイリーンの故郷、地球760では今も魔女の研究が進んでいる。その過程で、重力子エンジンの改良や、高感度の重力子センサーの開発が行われた歴史がある。それは昨今の連合、連盟間の力のバランスを崩し始めている。
「我々も、貴殿ただ1人をその地に送り出すことはしない。案内人を一人つけることにする。」
「案内人?だけどその地には、普通の人が入れないって……」
「その案内人とは、先ほど話した5人のうちの一人だ。」
「ああ、魔導士の方ですか。」
「そうだ。すでにここに呼んでいる。紹介しよう。おい!クラーラ!」
隣の部屋に向かって叫ぶエドガルド交渉官。すると扉が開き、二十歳前後の赤い髪の女性がひょいと顔を出す。
「何よ、エドガルド。」
「仕事だ。昨日話した、接触人がいらっしゃったのだ」
「ふうん……」
「精霊の森の案内役を頼む。彼女をエルフの長のところまで、案内してくれ。」
「いいわよ。だけど、その前に確認したいことがあるの。」
けげんそうな顔をして、アイリーン達の部屋に入るクラーラという赤髪の女性。彼女はアイリーンを見て言った。
「エルフの長は、生半可な魔導士では会えないわよ。あなたにその資格があるか、見極めてあげるわ。」
「そうなの?」
「そう言うわけだから、下にいきましょう。」
いきなり、アイリーンに向かって挑発気味なこの魔導士。皆を引き連れて、エレベーターで下まで降りる。
そして宇宙港のそばにある、ビルの建設予定地に入った。
「ここならば、思う存分魔力を出せるわよ。じゃあ私に、あなたの魔力を見せてみて。」
「そこまでいうからには、あなたもそれなりの魔力を持っているのよね。まずはそちらから見せるのが、礼儀じゃないの?」
この2人の魔法使いは、いきなり睨み合いになる。一触即発、だが、クラーラは応える。
「ええ、いいわよ。だけど私は帝国一の魔導士、その力、見せてあげるわ。」
そしてクラーラは、右手をその空き地のど真ん中にある小さな看板に向ける。そして、何かを唱え始める。
「……火の女神ブリギッドよ、我を照覧せよ!我が右手に炎の力を与え、彼の者を業火で焼き尽くせ!」
その魔導士が物騒な詠唱を唱えると、その右手から突然、炎が吹き出す。そこにあった小さな看板は、あっという間に炎に包まれた。
その火柱が4、5秒ほど出続けたのちに、炎は消える。そこにはすでに、看板の姿はない。赤く溶けた土が、看板のあった場所を覆う。
「これくらいの力はないと、エルフの長には会えないわよ。他の4人の魔導士は、あの地には入れても長に会うことは叶わなかったわ。」
「ふうん、そうなんだ。」
「さあ、あなたの番よ。見せてもらおうかしら、あなたの力を。」
この挑戦的ともいえるクラーラの言葉に、アイリーンは奮起する。魔女スティックを取り出してそれにまたがると、フワッと宙に浮き上がる。
「!?空中浮遊……?そんな、人が空に飛ぶなんて、そんなことが……」
「私の星には、空飛ぶ魔女は大勢いるわよ。」
「だけど、あの地には空を舞う妖精がたくさんいるわ。空に浮く程度では、エルフの長を納得させることはできないわよ!」
「そうなんでしょうね。じゃあ、私も全力を出さなきゃね!」
アイリーンは一言吐き捨てると、猛烈な速度で上昇する。あっという間に、ビルの天辺を超えて、さらに高くまで上昇する。
一瞬、見えなくなるが、アイリーンはすぐに現れる。ただし、猛烈な速度でビルの合間を一瞬で通り抜け、再びその姿を消す。
その速力は、アイリーンが出せる時速300キロ。弓矢よりもはるかに速い魔女に、唖然とする魔導士。
そしてアイリーンは、その空き地に戻ってくる。急減速して、クラーラの手前で止まる。
「どうかしら、これが私の全力よ。もっとも、これ以上スピードを出すと身体がもたないから、これでもちょっと抑えてるのだけど。」
「……分かったわ。これならば、エルフの長にもおそらく、会えるでしょうね。」
この魔導士は、アイリーンの力を納得してくれたらしい。
こうしてアイリーンは、その精霊のいる場所へと向かうことになった。




