#30 報い
「ちょっと待って、それどういうこと!?」
アイリーンが食い下がる。クラーク中佐は応える。
「いえ、事の重大さを考えれば、当然のことです。」
冷徹に応える中佐。
「いや、だけど、どうして交渉官殿が極刑に……」
「もしアイリーン殿が無断砲撃を決断しなければ、この都市、および半径数千キロにある都市とその住人のほとんどが消滅していたことでしょう。その数、おそらく数千万人は下らないはず。重要局面に至って決断を保留した交渉官殿の罪は、あまりにも大きいのです。」
アイリーンに、あの交渉官の処分が通達された。それは、あまりにも苛烈な処分内容だった。
「でも、極刑とはちょっと重過ぎなんじゃあ……」
「接触人殿。交渉官、およびその補佐官であるあなたの使命とは一体、何ですか!?」
「それは、連合憲章第1条にある、『この宇宙の人々を統一し、平和と秩序を回復することで、人々の生命と自由を保障する宇宙社会を実現する』ことよ。」
「なれば今回の件では、交渉官殿はこの星の生命と自由を、保障できたのでしょうか?」
「う……」
「すでに地球434政府によって新たな交渉官が任命されており、その交渉官が接触人殿の今回の決断を追認。また、接触人殿はすでにこの星の報道機関との接触を開始しております。よって接触人殿についての処分はなく、このまま職務を遂行願いたい。これが艦隊総司令部、および地球434政府の決定であります。」
「そう、分かったわ。ありがとう。」
「では、小官はこれで。」
用事の済んだその幕僚が哨戒機に乗り込むと、さっさと離陸して飛び去ってしまった。艦内に入るアイリーン。
「おい、アイリーン!さっき、司令部から処分を知らせるために幕僚を派遣するって知らせが……」
通路を歩くアイリーンの姿を見るや、エルヴェルトが慌ててやってきた。
「ええ、たった今、その幕僚に会ったわ。」
「そうなのか!?で、なんだって!?」
「私については、お咎めなし。このまま、職務を続行せよ、だってさ。」
「そ、そうか、そうだったのか……よかった……」
「ちょ、ちょっと、エルヴェルト!」
狭い通路の中、エルヴェルトはアイリーンを抱きしめる。アイリーンの顔は真っ赤だ。
「そうだったんですか!?よかった~!」
「さすがは地球434政府、見事な裁きです。」
カナエとエリシュカも現れた。
「いやあ、よかったよかった!じゃあみんなで食事でも……あれ?アイリーン、浮かない顔だな。」
「……後味、悪いわね……」
処分なしとの通達を受けたアイリーンだが、どうにも喜べない。
もしあの時、交渉官を説得できていたら、交渉官は死なずに済んだ。その後ろめたさが、アイリーンの心の中に影を落とす。
「仕方がないよ、それは。もう説得する時間もなかったんだろう?」
「そうよ。あと30秒しか残されてなかったから、どのみち、ああせざるを得なかったわ。」
「なら、後悔したって仕方がない。それにだ。」
エルヴェルトは、食堂のモニターに映るビル群を指差す。
「あの摩天楼の一つ一つには、大勢の人々がいる。もしアイリーンの決死の決断が一瞬でも遅れていたら、ここにいる人達は今、この世になかったわけだ。自分の命を顧みず、彼らを守る決断を下した。結果、そんな決断をこの魔女に強いた報いが、あの優柔不断な交渉官に降りかかった。それだけのことだ。」
そう応えるエルヴェルトに、スープをすすりながらうなずくアイリーン。あのビルの数だけ、命がある。確かにアイリーンの決断は、数多くの人々を救ったことに間違いはない。
「あ、いたいた、接触人殿!お客さんですよ。」
と、そこに士官が1人現れた。
「お客さん?誰よ?」
「テレビ・フラストプールのジャネットさんという方だそうですが……」
「はぁ!?ジャネット!?」
「あの、ご存知の方で?」
「さっき、ビルの上で取材してたテレビ局の人よ。また会いましょうとは言ったけど、まさか、もう来ちゃったの?」
「どうしますか?出直してもらいます?」
「いや、いいわ。せっかくだし、取材してもらいましょう。」
「あの、取材って……」
「この艦の中を撮ってもらうのよ。」
「ええーっ!?艦内の取材ですか!?」
「そうよ。その方が、この地上の人達の警戒心も薄れるでしょう?」
「いや、それはそうですが……テレビ局の取材だなんて、緊張しますね。」
「そう?別に緊張なんてしないけど。」
一度艦橋に出向き、艦長から艦内の取材許可を得たのち、アイリーンは駆逐艦の出入口に向かう。
そこには、笑顔なジャネットと、無理矢理連れてこられたであろうカメラマンが待っていた。
「アイリーンさん!早速来ちゃいました!」
「あんた、よくこの駆逐艦にこられたわね。おっかなくないの?」
「あの隕石衝突で死ぬ覚悟ができてましたからね!今さら、宇宙人相手にビビったりしませんよ!」
あれ、こんな人物だったっけ?ビルの上で出会った人物とは随分と違う気がする。はじけたというか、明るくなったというか……アイリーンは思う。彼女はさっき、この世に終わりをもたらすほどの巨大隕石の衝突を前に、死の淵に立たされていた、おまけにその後、未知の宇宙船が突然、空に現れた。極度の緊張状態にさらされていたわけだ。むしろこちらが本来の彼女の姿なのだろう、とアイリーンは考える。
「まあいいわ。じゃあ、約束通り、この中を取材させてあげるわよ。ついてらっしゃい。」
「はい!ついていきます!よろしくお願いします!」
入り口から入り、エレベーターへと向かう。テレビカメラが、アイリーンの後ろ姿を撮す。
「ところでアイリーンさん、ここは、撮っちゃいけない場所などあるんですか?」
「そうねえ、個人部屋とか、お風呂場とか……」
「いや、そうではなくて、エンジンとか、あの大砲とか、それに戦闘指揮所とか……」
「ああ、それくらい、見たければ見てもいいわよ。」
「ええーっ!?いいんですか!?」
「別に秘密にするようなものじゃないし、案内するわ。」
「じゃあ、お願いします!まずはあの大砲から!」
というので、アイリーンはまず、砲撃指揮所から連れて行く。
「主砲身の中にはさすがに入れないけど、そこを制御する砲撃指揮所と、その外側なら簡単に見せられるわよ。」
「ここは……その砲撃指揮所ですか?とても狭いですね。」
「そうよ。砲撃手が2人に、バリア担当が1人、それらを指揮する砲撃長が1人の、計4人で撃つのよ。」
今は通常態勢であるため、ここには誰もいない。計器類だけが光っている。
「あの、その主砲って、どれくらいの射程距離があるんですか?」
「30万キロよ。光の速さで、1秒かかる距離まで届くわ。」
「うわぁ、そんなに遠くにまで……で、威力は?」
「そうねえ……この都市なら、一撃で消滅させられるほどの威力があるわ。」
「ひええっ!そんなにあるんですか!?」
「あ、でも、もちろんそういうことは禁止されてるから!基本的に、大気圏内で撃っちゃダメなのよ!そんなことをすれば、極刑は免れないわ!だから、大丈夫だって!」
と、この調子で、機関室に食堂などを案内する。
そして、最後に艦橋へとたどり着く。
「ようこそ、我が駆逐艦4330号艦へ。挨拶が遅れましたが、私がこの艦の艦長、トレヴァー大佐と申します。」
「艦長ですか!?ちょっとお聞きしてよろしいです!?」
この艦の最高責任者である艦長の登場に、再び興奮するナレーターのジャネット。
「あの巨大隕石を迎撃された時の心境をお聞かせください。」
「はぁ、そうですね。心境と言っても、我々はただ自らの職務としてあの隕石を狙い撃ちしただけです。」
「そうなのですか?ですが、あれだけ大きな隕石を、何の迷いもなく撃てるものなのですか?」
「いや、迷いはありましたよ。ですがそれは、隕石を撃つことではなく、大気圏内で砲撃することですが。」
「ああ、そういえば先ほどアイリーンさんから、基本的には大気圏の中であの砲を撃ってはいけないと伺いましたが。」
「ええ、そうです。ですから、直前までアイリーン殿が許可を取ろうとしていたんですよ。ところが許可を出すべき人物が、出さなかった。」
「そ、そうなのですか?」
「責任の重さに耐えかねたのでしょう。それで結局、アイリーン殿が責任を持つと言われ、それで我々は砲撃を行うことができたのです。」
「そ、そうだったんですか……ってことは、もしかして!?」
「そうですよ。アイリーン殿は極刑覚悟で、決断したのです。ですから、我々は迷うことなく任務を全うできた。この星が守られたのは、すべてこの接触人殿のおかげなのです。」
艦長がそう言うと、皆、一斉にアイリーンの方を向く。そして艦長以下20名が、アイリーンに向かって敬礼する。その様子を撮すカメラ。
「ちょ、ちょっと!私はあれよ、ただ、仕事しただけだから!べ、別にそんな偉いことをしたわけじゃ、ないんだからね!」
顔を真っ赤にして、慌てるアイリーン。
「何言ってるんだ。みんなの英雄じゃないか、アイリーン。」
「そうですよ、いつものように『やっぱり私じゃなきゃダメね!』的に、高飛車に吠えて下さいよ!」
「アイリーン様、普段は宇宙最速を誇る魔女だなどと自称しておきながら、本当に世界を救われたというのに狼狽なさるとは情けのうございます。どうかここは、いつも通りに強気に振る舞われてはいかがですか?」
あの3人が現れて、フォローしているのかいないのか分からない言葉を投げかけられる。艦橋内は、笑いの渦に包まれる。
その様子は、その日のうちに電波に乗り、アルメシア共和国全土に放送される。そしてその放送では、アイリーンをこう評して結んだ。
「この宇宙最速魔女は、我が国に『未来』をもたらした」と。




