#3 魔女無双
群衆の後ろの方から、突然叫ぶこの娘に、その貴族と群衆は釘付けになる。すでに丸太に縛られて、足元に薪を並べられていた。
「おい、なんだ、小娘!」
「その罪状に、異議ありって言ったのよ!」
「なんだと!どういうことだ!?」
「明らかに彼女は、魔女じゃないわ!」
「なんだ、我々の調べに、お前ごときがケチをつけるというのか!?」
突然の異議申し立てする娘に、ざわめく群衆。怒り狂う貴族。アイリーンは続ける。
「本当の魔女ならば、あんたらに捕まえられるはずがないわ!捕まったそのことが、魔女でない何よりの証拠!」
「なんだと!?つまりお前は我々に、魔女が捕まえられないと、そう申すか!?」
「そうよ!」
そして、あの短い棒にまたがるアイリーン。
「見せてあげるわ!本物の魔女ってやつを!」
唖然とする群衆らを前に、こう啖呵を切ったアイリーン。そしてアイリーンは、その棒をぎゅっと握り、力を込める。
周囲に一瞬、そよ風が起こる。その風で、アイリーンのスカートがふわっと舞い上がる。と同時に、まるで風に舞い上げられた綿毛のように、アイリーンも空中に浮かび上がる。
群衆の端でみるみる上昇するアイリーン。彼女は群衆の前、いや上に姿を現す。
そしてそのまま群衆の真上をゆっくりと前進し、その貴族の前へと向かう。その合間に、耳元につけたヘッドセットのスイッチを押し、小声で話す。
「1番機、こちらアイリーン。応答せよ。」
『こちら1番機!どうしました!?』
「緊急事態発生。駆逐艦5130号艦へ、直ちに発進要請。」
『りょ、了解!しかし、いきなり駆逐艦を繰り出すのは……』
「行政執行よ。人の命がかかっているの、急いでちょうだい。私の位置、分かるわね?」
『はい、トレースしてます!』
「駆逐艦5130号艦にはこちらに急行するよう、接触人権限で要請します。直ちに実行するよう。」
『はっ!了解しました!』
一通りの無線連絡を終えた時、すでに眼下にはあの貴族や兵士、そして罪人となった「魔女」がすぐ下に見えてきた。
にしても、不可思議な光景だ。空に、棒にまたがっただけの娘が浮かんでいる。いまだかつて見たことのない光景を前に、群衆は何事かと注視している。
「おのれ……お前は何者だ!?」
「私は魔女のアイリーン!」
「な、なんだと!?魔女!?」
「そうよ、ご覧の通りの魔女よ!こんなこと、普通の人にできるかしら?」
貴族はこの不可解な娘の登場を、まだ飲み込めていないようだ。ちらっと丸太に縛られた娘を見て、アイリーンは続ける。
「見たところその娘は、地をはう兵士に捕まる程度の娘なのね。そんな娘が魔女だなんて、とても考えられないわ!」
「な、何!?」
「なんなら、私を捕らえてみなさい!言っとくけど、本物の魔女はそう簡単には捕まらないわよ!」
アイリーンのこの煽り文句に、その貴族は激昂する。
「くそっ!無礼な魔女め!おい、こやつを捕らえろ!生死は問わぬ!」
それを聞いた2人の兵士が、長槍を構える。そしてその先を、アイリーンに突き出した。低空で浮かぶアイリーンを、まさにその槍先が捉えようとしていた。
「でやっ!」
そして掛け声一発、兵士が槍をアイリーンに突き出したその時だった。突然その槍先は、アイリーンの直前でまるで破裂するかのように消滅する。
この時アイリーンは、腰にある「携帯バリアシステム」のスイッチを押していた。
バリアシステム。防御兵器の一種で、バリア粒子と呼ばれる、物理的衝撃に対して反作用を起こす粒子を空中に散布し、その攻撃を弾き返すという仕組みである。その携帯版を、アイリーンは発動させた。
強力なビーム兵器の攻撃さえ弾き返すほどの防御兵器だ。槍ごときが、敵うわけがない。それを見た貴族らは、驚愕する。
「なな……なんだ、今のは!?」
「どう?魔女の力、思い知ったかしら?」
「く、くそーっ!」
悔しがる貴族に、アイリーンは叫ぶ。
「魔女の力はね、こんなものじゃないわよ!よーく見てなさい!」
そういいながら、アイリーンは徐々に高度を上げる。高度50メートルほどのところで垂直上向きに向きを変えて、そこから一気に上昇する。
ぐんぐんと上がるアイリーン。ちらりと、腕に付けたスマートウォッチを見る。高度計はすでに1000メートル、速力は150キロ。アイリーン自身は300キロまで出すことが可能だが、この服ではとても時速300キロに耐えられない。
高度1500に達したところでくるりと向きを変え、今度は急降下するアイリーン。眼下に見えるオルドビアの街が、ぐんぐんと迫ってくる。
広場の手前の大通りに到達し、時速150キロのままアイリーンは道沿いに飛ぶ。そのまま中央の広場に向かい、群衆の上を一瞬で通過し、そして急停止する。
黒い棒にまたがったまま、すました顔でその棒の先を見るアイリーン。
その棒の先には、あの貴族の顔。その鼻先までわずか数センチ。唖然とするその貴族に、アイリーンは得意げな顔で言う。
「どう?これが魔女の力よ。あの娘にこんな力、あるのかしら?」
涼しい顔で、この貴族の前に再び現れたこの魔女に、すでに石段の上にいる者は言葉を失った。
そして、さらに彼らが言葉を失う事態が発生する。
「な、なんだ、あれは!?」
群衆の中の一人が叫ぶ。その指先には、彼らにとっては信じられないものが浮かんでいた。
全長300メートル、先端は30メートル四方の四角い先端に丸い大きな穴、そしてその後方は高さ75メートルほどの末広がりな艦尾が見える。それは、アイリーンが呼び寄せた駆逐艦5130号艦だ。
怪しげな技を使い、目にも止まらない速さで飛ぶ自称魔女に、上空に現れた無気味な灰色の空中の城。この2つの得体の知れないものの登場に、貴族は言葉を失ったままだ。
そしてアイリーンは、目の前の貴族に言う。
「……取り引きよ。」
「は?」
「あの娘、ルフィナとか言ったわね、その魔女もどきの娘を、こっちに引き渡しなさい!」
「なんだと!?そんなこと……」
「そう、じゃあ仕方ないわね。」
アイリーンは、ヘッドセットのボタンを押す。そして呟く。
「5130号艦、高度20まで降下!」
その声に呼応して、上空の駆逐艦がゆっくりと降りてくる。重力子エンジンの低い音が、広場いっぱいに響き渡る。地上にいる人々は、この化け物の接近に、たちまちパニックを起こす。
逃げ惑う人々を前に、恐怖に慄く兵士達と貴族。だが、この状況であのルフィナという娘は、虚な顔でぐったりしたままだ。
もしかして、虐待されたのだろうか?そういえばさっきから様子がおかしい。アイリーンは考える。
(……これはあまり、時間がないわね。)
広場からは群衆は逃げ去り、空き地となった。それを見たアイリーンは、再び無線で知らせる。
「駆逐艦5130号艦、強行着陸!あと、こっちに数人ほど寄越して!」
その声に反応し、空中でゆっくりと回転し始める5130号艦。大通りの上に艦首を向けた後、ゆっくりと降下を始める。
そして、突き出した艦底部が地面に接する。ズシーンという音と揺れが、辺り一帯に響く。
着陸するや、すぐに艦底部のハッチが開く。そこから3人の士官が現れ、低空で浮かぶアイリーンの元へと走り寄る。
「接触人殿!どうしました!?」
「ああ、来たわね。あの丸太に縛られている娘の身柄を確保、直ちに医務室へ!」
「はっ、了解しました!」
「それから、幕僚のエーギル大尉に連絡!こちらに来てもらって!」
「はっ!」
そのやりとりを見たこの貴族は、ようやく口を開く。
「な、何者だ、お前は!ただの魔女ではないな!」
それを聞いたアイリーンは、地面に降り立つ。そしてその貴族の前に進み、会釈しながら言う。
「私は宇宙統一連合より派遣された、地球760出身の交渉官補佐、アイリーンと言います、オルレアンス閣下。」
「う、宇宙統一……どこだその国は、聞いたことないぞ!?」
「ええ、私達はつい先ほど、この空のずっと向こうから降りてきたばかりなの。」
「空の向こう!?なんだそれは!?」
アイリーンは、チラッとあの娘の方を見る。縄は解かれ、1人の士官に背負われて、まさに連れて行かれようとしていた。
「細かい話は後でじっくりさせてもらうとして。私の目的は2つ。一つは、この星との同盟締結を実現すること。」
「ど、同盟?」
「そう、我々は宇宙で、銀河解放連盟という勢力と戦っているの。その仲間に加わっていただくこと。それが、同盟よ。」
「なんだ、その銀河なんとか連盟というのは!?」
「強大な敵よ。この船を1万隻並べても、勝てない相手。だから我々は、仲間を欲してるの。」
「そ、そんな恐ろしい奴がいるのか?」
「いるわ。」
「だが、我らはそんな恐ろしい連中と戦うことなどできぬぞ!どうするというのか!?」
「簡単よ。この星でもこの船を作ればいいのよ。」
「はぁ!?作る!?どうやって!?」
「それはおいおい教えるわ。でもね、それだけじゃないわよ。」
「なんだ、まだあるのか!?」
「ある行商人から聞いたわ。この街は、この先にある港町と王都の間にある中継地だって。」
「あ、ああ、そうだ。ボルディッチの港からは、隣国への船が出ている。香辛料や貴金属などを買い付けて、我らイベリカ王国に富をもたらしておる。」
「なら、分かるでしょう?これだけ大きな船が、何千、何万もあって、それらがもたらす富の大きさを。」
「な、なんだと!?何千、何万もの空飛ぶ船だって!?」
「同盟成立の暁には、交易による富が約束されるわ。」
この話に、この公爵は考える。確かに、これだけ大きな船がもたらす富は大きい。だが、いささか話がうますぎる。何か落とし穴があるのではないか?この魔女の突拍子もない話に、慎重になる公爵。
だが、アイリーンは続ける。
「さて、もう一つの目的。これは、我々にとって、最も重要なことよ。」
「なんだ、それは!?」
ついに本性を出すか?怪しげな力を背景に、とんでもない条件を突きつけてくるのか?身構える公爵。だが、公爵の予想とはまったく異なる言葉が出てきた。
「人命救助よ。」
「じ、人命、救助!?」
「そう、人の命を救う。これは、いかなる案件にも優先されることなの。本当に罪を犯した者ならば仕方ないけど、なんの罪もない人が殺されるのを、黙って見てなんかいられない。だから、私は動いた。たった1人の、魔女に仕立て上げられた娘を救うために。」
「何を言うか!あの黒死病は魔女の仕業であると、王都でも言われておることだぞ!何をもってあの娘に罪はないと言い切れるのか!?」
「じゃあ、その黒死病の流行っている王都では、魔女を殺したら治ったとでも言うの!?」
「うっ……いや、それは……」
「同盟だの交易だのは、まず地上の無益な命のやり取りを止めるところからよ!それが確約されない限り、我々はその相手とは決して手を組まないわ!」
詰め寄るアイリーン。だが、急に笑顔で、公爵を諭すように言う。
「だけどね、それが今ならあの娘の命一つ、そしてこの先、魔女狩りをしないって言うだけで、あなたはこの宇宙の富を手にすることができるのよ、公爵閣下。」
その不敵な笑みに、何やら背筋に冷たいものを感じるオルレアンス公爵。
「それにね、黒死病、我々がペストと呼ぶその病気、その病気の原因を我々は知っているわ。」
「な、なんだと!?」
「あの病気は、ペスト菌という目に見えないほど小さなものによってもたらされる病なの。だから、いくら魔女を殺したところで、治るわけがないのよ。」
「……では、どうすれば良いというのか!?」
「ワクチンを使うの。」
「ワクチン?」
「早い話が薬よ。それを使えば、治る病気よ。」
「何だそれは!?そんな薬があると申すか!じゃが、そんなものがあるのなら、すぐに王都に持って行かねば……」
「……ねえ、そんなに黒死病って、王都で流行ってるの?」
「数はそれほどではない。4万人の王都で、200人ほどがかかっている程度だ。だが先日、王族が1人、黒死病で死んだ。それで王都中が大騒ぎになっとる。」
「大騒ぎ?」
「毎日のように魔女狩りをしておるんじゃよ。怪しげな娘を片っ端から探し出しては捕まえて、その娘らを毎週金曜日にまとめて、広場で火あぶりの刑を行なっとるんじゃ。」
「な、何ですって!?」
魔女のアイリーンにとっては、聞き捨てならない話だ。毎週金曜日には、魔女が火あぶりにされている。今、こうしているうちにも、罪なき娘が「魔女」にされているのだと。
「すぐにでも止めなきゃ……ちょっと!公爵閣下さん!」
この街の当主を呼びつけるアイリーン。
「なんじゃ!」
「ちょっと来てちょうだい!王都のこと、詳しく聞かせて!」
「はあ!?」
「それに、あなたも私達のこと、知りたいでしょう!?そこの兵士もついでに相手してあげるから、ついてらっしゃい!」
ちょうどそこに、幕僚のエーギル大尉が現れる。そして、この幕僚にオルレアンス公爵らを押し付けて、艦内に入る。
艦内の会議室で、王都の状況を聞く。それは、深刻な事態に陥っている王都の現状だった。
「魔女」とされる根拠は、たわいもないことだ。水晶玉を持っているなどと言うのは序の口で、腕を怪我して血が出たのにすぐに止まった、転びそうになったのに踏みとどまった、というレベルのことで魔女認定されている。中には、気に入らない娘を「魔女」だと訴えるケースもあるようだ。
なかなか治らないペストの猛威に、王国は周辺の街にも「魔女狩り」を要請してきた。その一環で行われたのが、今回の魔女狩りだという。
そして、明日がその金曜日だという。昼には、その週に捕まった魔女達が王都の広場に並べられて、殺されることになっていた。
アイリーンは、決断する。
「じゃあ、明日の公開処刑に乗り込むわ!魔女として、絶対に阻止してやる!」
「しかし魔女さんよ、王都の警備は、このオルドビアの比ではないぞ。見物人だって多い。助けると言ったって、至難の業じゃ!」
「それでも、何としてでも助けるわ!何よ、そんな理不尽な話!私1人でも……」
と、ちょうどその時、アイリーンのスマホがピローンと鳴る。アイリーンがスマホの画面を見ると、メールが1通、届いていた。
それを見たアイリーンは、直ちに指示を出す。
「エーギル大尉!司令部に緊急要請!ペスト用ワクチンを可能な限り用意、駆逐艦を数十隻、待機させて、それから……」
アイリーンの接触人としての初仕事は、想定外の方向へと拡大し続けていた。